初戦〜VS悪神〜
ーイミナは言葉も出なかった。
高位の名持ち悪魔かもとは思ったが、まさか爵位も持ち、それも王とは…
悪魔の爵位は、軍団と個体能力の総体としてつけらており、序列は関係無い。なので個体武力には差があるが、簡単にランク解説をすると、男爵・子爵クラスで複数都市災害クラス、伯爵クラスで地方領域〜一国、侯爵クラスで複数ヶ国、公爵・大公クラスで大陸全土・それ以上の王クラスになると、想像もつかない程の厄災のレベルだ。
爵クラスまでなら、軍団数が多い悪魔は個体能力劣るという想定がつくが、王クラスにそれが通用するのだろうか…?
「まさか名持ちの魔族とはね。自分の力に自信が無いのか、72も軍団をお持ちのようだけど、王を僭称しおるか、魔族よ。」
イミナは、アスモデウスの力を測るべく、また時間を稼ぐ為に、挑発する。伯爵クラス位までなら、この程度の挑発でも激昂し、襲いかかってくる可能性もあるが、王とまで名乗る存在であり、自分の存在を歯牙にもかけていないと直感し、あえて、単純さを際立たせた質問を投げかけた。
(あくまでも、時間を稼がなきゃ。魔力の充填は止められたが、気づかれない程度には少しづつ再充填出来ている。『ソレイユ』を召喚し、それに賭けるしか、恐らく、生き残れない。)
(私は、諦めない。絶対に生き残って、証を立てる!)
アスモデウスはスッと紅眼を細め、イミナを見つつ、あくまでも優しげに答える。
足下のアリに慈悲をかけるように…
「名前を持つ事にしか特徴の無い、低爵位の者どもならば、そうでしょうが…王の位を持ち、さらには、名持ち《ネームド》悪魔72柱のうち、力ある7柱のみに与えられる、七つの死に至る罪・色欲のアスモデウスには意味を為さぬ尺度です。」
七つの死に至る罪……
それは、魔の眷属の高位存在、魔人と呼ばれる魔族の中でも力のある7柱を呼称する世界の原罪。
傲慢・憤怒・嫉妬・怠惰・強欲・暴食・色欲の七つがある。特に魔族の神々とも言うべき、邪神という存在は別格だが、天使族でも個体では、3対以上の羽を持つ熾天使クラスでなければ対処不可能という、伝説級のそう、魔神とも云うべき存在だ。
(その様な存在が何故、此処に現れた…)
イミナには、命の危機に直面していても、その事に納得がいかなかった。
「その大罪の貴様が、何故、私の様な一個人の行っている事に拘泥し、眷属ではなく、自ら姿を現した?」
「貴女、本当に理解していないのですね。ソレのもたらすものに…」
一瞬、今までの芝居がかった、憐れみとは違う、本当に卑小なモノにむける、憐憫を感じた様な表情と口調だった。それも、一瞬の事、また元の口調に戻る。
「ツフフッ。ソレは貴女方、人間族如きの手に負える代物では有りませんよ。ましてや、そちら側に属する、託宣勇者などの手に渡すなど、もってのほかです。」
「天才・イミナ=ヴァルキュリス。この国では、それ程評価されていない様ですが、我々は早期に警戒していたのですよ。それでも、これ程早くにソレを成功に導こうとは、この私でも、ツフフッ、驚きを禁じ得ませんよ。」
アスモデウスは笑ったが、紅眼の輝きが更に増し、圧力が更に高まる。
「だからこそ、貴女を放って置く事など、論外。まだ、蕾の内に、刈り取ってしまうとしましょう。」
アスモデウスの影がひと際大きくなり、そこに不気味な魔方陣浮かび上がるー
「出でよ、我が眷属・我が半身、狂暴なる悪神・アエーシュマ。」
アスモデウスの呼びかけに反応する様に魔方陣が昏い輝きを増し、そこから、闇が生み出され広がり、そして力を圧縮する様に縮まるー
逆再生されている様にも見えるが、決定的に違うのは、縮めば縮むほど、闇の気配が濃くなり、何かを形作ってゆくのだ。
イミナは動きたかった…只でさえ、強力な悪魔の王が、半身と言うのだから、恐らくは配下で最強の存在を召喚している。
しかし、イミナ自身の召喚魔方陣への魔力は未だ足らず、動くという賭けには出られなかった。
身体をが焔を纏った様な体毛に覆われており、やはり眼は魔族の紅。手には血塗られた1対の黒い短槍を持っている。
正に、暴力の化身とも云うべき姿だった。
「さて、イミナ=ヴァルキュリス。私が直接、手を下しても良いのですが、それでは興がなさ過ぎます。私も久々に現場に出張って来たのですから、楽しみたいですしね…」
「さぁ、魅せて貰いましょうか、現代の勇者の力とやらをー
踊れ!アエーシュマ!舞って魅せよ‼︎人間族の美しき勇者、イミナ=ヴァルキュリス‼︎」
力の解放への興奮と暴力への恍惚により、身を震わせながら、アスモデウスは支持を出すー
その瞬間、一言も発せず彫像のように佇立していたアエーシュマが、自らを縛りとめていた軛から解放されたかの様に、力が爆発し、奔流となったかの様に動き出した。
「グガァァァァァァアアア‼︎‼︎」
叫ぶが早いか、何の反動もつけずに跳躍したはずのアエーシュマが、20メートル程の距離を空け、最大限警戒をしていたはずのイミナの眼前まで、一瞬で襲いかかる。
イミナは視覚によらず、殺到する殺意に半ば、脊髄反射の様に剣を眼前に迫る双槍に向かって振り上げる。
ガキィーーンッ
イミナの剣と、アエーシュマの双槍が噛み合う。
その瞬間、イミナのは短詠唱化した魔術を発動するー
『最大限身体硬化!』
唱えたとほぼ同時に、脇腹を強烈な衝撃が襲い、弾き飛ばされる!
そのまま、イミナはドーム内の壁面に激突する。
アエーシュマは、双槍が受けられると、すぐに蹴りを繰り出したのだ。
付与魔術が何とか間に合ったイミナは、激突の衝撃で剝がれ落ちた壁を払い除けつつ、立ち上がろうとするー
「ガハッッ…」
膝をつき、立ち上がろうとしたイミナの口から血が飛び散る。
どうやら、今の一撃で肋骨が折れたか、ヒビが入ったらしい。少し内臓も傷付いたかも知れない…
ガクガクと力の入らない、足を叱咤し、立ち上がった。立ち上がりつつ中位回復魔術を掛ける。致命傷でない限り、ほぼ回復するだろう。
『最大限能力強化』を唱え、油断なく剣を正眼に構える。
そして、イミナは懐ろから、淡く白に輝く玉を取り出し、剣の中央部に有る窪みに嵌める。
すると、「ブゥゥーーン」という音と共に、刀身が、白く、淡く輝き出した。
「ツフフッ。何か剣に小細工をしている様ですが、聖剣でもない限り、悪神であるアエーシュマには神聖属性を付与した程度の武器では、傷一つ負わせられませんよ。」
「そう、ならば試してみる事ね。配下を前に出して自らは観察者を気取る、変態魔人‼︎似非紳士面で隠しても、本性はただの変態でしょ‼︎」
半ば自暴自棄ではあったが、このまま事態が推移すれば、確実に待っているのは「死」だ、少しでも冷静さを失ってくれればと思うが、隙もない為、咄嗟に出た、毒舌だった。
しかし、イミナの予測は大きく外れるー
良すぎる方角へとーー
刹那、アスモデウスの慈悲さえ感じさせる様な憐れみの表情の顔に亀裂が走った。
口を開いただけだと脳では理解しているが、亀裂が走ったとしか見えず、憎悪を瘴気化した様な気配が漏れ出す…
「キ、キッ、キサマァ。この我をへへっ、ヘンタイダト⁉︎その様な呼び方を人間族に許した覚えはないワァァ‼︎」
「その様に、その様に呼ぶ事を認めているのはルシフェル様のみっ。人間族のぶぶっ、分際で、分際でーーー‼︎」
上手く言葉が出ない程に怒り狂っている。コレはコレでヤバいかも…とイミナは内心冷や汗を流す。
「アエーシュマ、遠慮はいらん!殺せ!その人間族を殺せぇ‼︎」
アスモデウスが、叫ぶと同時にアエーシュマがまたしても跳躍するー
(何度も同じ手を喰らわないわよ!)
イミナは視覚に依らず、アエーシュマが動いたと感じた瞬間に後ろに跳びのきつつ、詠唱するー
『聖なる閃光地雷!』
派手な閃光が、周囲を白く染め上げ、視界を奪う。
「その様な魔術がアエーシュマにー」
アスモデウスは嘲笑を浮かべたが、直ぐに違和感を感じ、押し黙った。
「グギャッ‼︎」
アエーシュマの悲鳴が、閃光の中から響いた。
やがて、閃光が収まった中からアエーシュマが現れ、変わらず槍を構えたままに見えたが、違和感を感じた。
双槍が、一本しか見えない。対するイミナの剣からは、青白い光と共に血が滴る。
アスモデウスがアエーシュマの足元に目をやると、短槍を握りしめたままの腕が自らの作り出した、赤い湖面に浮かんでいた。
荒い息をついているが、人間族は力は不完全とはいえ、魔の上位眷属たるアエーシュマの腕を切り落としたのだ。アスモデウスには信じられる事ではない。
(何か、何かあるはずだ!たかが人間族に出来る芸当では無いー
何をした⁉︎)
強化魔術は分かっている、だが、ソレだけでは無理だ。
(だとすると、何だ?他にした事は剣に白光の珠を…‼︎珠…アエーシュマを切断する力…)
(まさか⁉︎竜珠か‼︎だとすると奴は…)
その考えに至ったとき、アスモデウスに一気に冷静さが戻った。
「その剣に嵌まっているのは、竜珠ですか?」
一瞬で見破ってきたアスモデウスに驚きつつ、もう隠す必要も無い事だと考え、答える。
「そうよ。コレは古代聖竜の竜珠。そしてこの剣は、上位竜の牙から作り出した特別製よ。そのままだと、上位鉱物には及ばないけど、竜珠との相性は抜群で、力を増加させてくれる。」
「竜珠は手に入れられるとしても、竜の歯は討伐しない限り、手に入らない。イミナ=ヴァルキュリス、あなたは…竜殺し《ドラゴン・スレイヤー》だと?」
「そう、私は上位以上の竜を単独討伐した者に与えられる竜殺し《ドラゴン・スレイヤー》の称号を持っているわ。」
何とか戦闘開始まで来ましたが、臨場感が難しいですね。