召喚魔法成功…そしてー
廃鉱跡迷宮は、かつて鉱山としてラナックの繁栄を長らく支えたが、資源の枯渇と共に人の手が入らなくなった事で、魔物達が住み着く様になった。
何人もの冒険者がダンジョンに入り、モンスターを倒し、宝を手に入れ、数年前に完全攻略されてからは、ラナックやコルト村を始めとする幾つかある鉱山衛星村の研究者の実験スペースとして利用されている為、モンスターが出現する事は殆どない。あっても、スライム位のものだ。
イミナは、ダンジョンの管理をしている、コルト村の村長から、事前に貸切できる様に手配していたので、人の気配はない。
何度も足を運んでいるので、イミナは躊躇うことなく足を踏み入れる。
肌寒い季節とはいえ、まだ震える程ではない気候だが、廃鉱の中は温度が低いが、今日は特に寒い様に感じ、イミナは思わず、身体をぶるっと震わせた。
「ふぅ、今日はいつもより寒いわね。まぁ、頭が冴える分には良いけれど…」
そう嘆息して、イミナは廃鉱の奥、最も大きな空洞のある場所へと進んで行く。
やはり、イミナは少し浮き足立っていたのかも知れない。冒険者としての経験を積んだ普段の彼女ならば、気づいただろう。普段、入り口付近ならいざ知らず、最奧の空間を目指していたら、一度は遭遇するスライムの姿が無い事に…。巧みに覆い隠されているとはいえ、感じただろう。
この日の廃鉱内の、悍ましい気配にー
1時間弱ほど、歩き辛い廃鉱内を進むと、大きく開けた空間に出た。
その空間は横幅は100メートル、奥行きは50メートル以上ありそうだ。高さも、優に20メートルはある廃坑ドームだ。
空間内には実験用であろう、机や椅子が置いてあり、本棚もある。また、動力部に灯り《ライト》の魔法をかければ、ひと月ほど光量が持続する持続光設備や精密計量器具などのあまり見ない道具もあった。おそらく、研究者達が次に来た時、不自由が無い様に共用で置いていったのだろう。
物置棚に食料やすぐに使わない荷物をしまい、召喚魔法に使うアイテムを取り出し机に並べる。
魔法陣を描く塗料に混ぜる鉄砂、召喚する最に貢物とする宝石類・金貨等々…
そして、特に大事なアイテムを収縮袋から取り出す。
この収縮袋はリュックサック状の袋の中が異空間に繋がっており、重さを感じることなく、ザック込められた空間分に入るだけの荷物を運べる魔導具である。ランクの低い物で、1㎥から、高ランクの者で、大きな屋敷を丸ごと収められる程の者もあるという。
このザックの容量は、元々のアイテムとしての質と、持つ者の魔力量によって容量が変わる。いくら高ランクの物を手に入れても、根本魔力量が少ないと、性能は期待されるサイズの10分の1程になってしまう。
イミナの持っている、異空袋は、基本性能は10㎥程の程ランクの物だが、イミナの根本魔力量により、小さな家1件分ほどは使える様になっている。
その異空袋中から、厳重に鍵付きの箱を取り出す。
中の物に出来るだけ刺激を与えない様、宝物を扱う手つきで、机にそっと置き、首から下げていた鍵を差し込み、ゆっくりと回した。
カチャリと音が鳴る。しっかりと開いたことを確認し、イミナはそうっと蓋を開けた。
中には、この世の物とは思えない程、美しい、青薔薇が入っていたー
青いバラは、通常、自然界で自生する事は無く、不可能の代名詞だと思われていた。しかし、近年、色に安定性は無いが魔の瘴気、魔瘴気の濃度が高い場所でごく稀に突然変異して自生する事が分かったのだ。
イミナは、数年前にある人物から、幼い頃に亡くなった両親が記したのたという研究書を渡され、読み解く内に、両親が金色ー『金色の闇』と呼ぶ者の力の召喚には、その奇跡とも云うべき、青薔薇が必要だという事が分かった。
イミナの両親以前にも、この『金色の闇』を研究した者はいた様だが、最終的に青薔薇が必要な事までは解明出来ず、両親も何とか自生の青薔薇を入手して実験した様だが失敗している。
これは、他の素材には最高の物を使用しているし、他の材料も気の遠くなる程に試したが、やはり両親の辿りついた材料を使用した際が最も良好な反応を示している。
イミナも確認の為、同じ条件や、何度か別条件でも実験してみたが、やはり、同じ結論に辿り着く。
青薔薇の質に原因がある…
そこでイミナは、青薔薇の自生の条件である魔瘴気の濃度に目を付けた。魔瘴気は、高濃度の魔力溜まりが、人間族等には悪性の性質を持ったものに変性したものー
つまり、高濃度の魔瘴気が必要なのでは無く、高濃度の魔力溜まりが必要なのではと。
通常の魔力溜まりは、魔瘴気化しない限り、召喚や魔法具の精製等をその場所で行う事が効率が極めて良く、発見次第、王宮や都市に報告され、王宮管理の元、使用される上、放置するとそのうち霧散してしまう為、長期に渡り魔力溜まりを維持する事が難しい。
魔族の領土であれば、魔瘴気しても、悪魔族はそれを喰らい、力に変える事が出来る為、論外だ。その上、魔瘴気化すると青薔薇の育成は求める方向には向かない様だった。
その仮説を立てたイミナは、実は王国でトップクラスの腕を持つが、変わり者で、わざわざ田舎に居る、フロウ夫妻の協力を得る為にコルト村に越して来たのだ。
当初は、新参者のイミナの依頼は断られていたが、村をモンスターが襲った際、夫婦の子どもを救った事で、協力を得ることが出来た。フロウ夫婦が材料費のみで協力すると言って謝礼を受け取ってくれないので、出来る限り、フロウ道具店で買い物をする様にしている。
フロウ夫婦の協力を得られた事により、魔導具、『魔力強化槽』が完成した。
これは、イミナの魔力を定期的に注ぎ込む事により、より高濃度の魔力溜まりを槽内に再現出来、濃度の調節もできるというものだ。この装置のおかげで、長期間、魔力溜まりを再現出来る為、素材の完成が飛躍的に効率的になった。
まだ、使用する魔力量が多く必要な為、イミナクラスの根本魔力量の持ち主でも、この装置は現在、掌に乗るサイズの物だが、イミナの求めるサイズとしては充分だし、研究を進めれば、これを一部屋分位のサイズにする事も可能だろう。
イミナは、魔力強化槽の魔力促進機能をOFFにし、中からそっと、青薔薇を取り出した。
それは、単に青薔薇と呼んで良いものか分からない位、美しい宝石で作られた様な花だった。
花弁の色合いは、瑞々しさを湛えながらも晴れ渡った夜空の蒼さ。
地球という世界に住まう者なら、地上と宇宙が混ざり合った色と例えたかもしれない。
緑釉の様な色の茎が嫋やかに伸び、楚々とした棘が金剛石の様に澄んだ美しさを醸し出す。
何よりも、すべての佇まいが、心の奥底に響く様に美しい…
イミナは心の中に産まれた、この召喚魔法で消費してしまうのが本当に惜しいと思う心を抑え込み、準備を続ける。
ーなるべく青薔薇を視界に入れない様にしながら。
ー廃鉱の地面に2メートルサイズの円形魔法陣を描く。
「それにしても、今日は少し気候がおかしいな…。寒さで手が震え無い様にしなきゃね。」
思わず声に出たのは、不安の為か。
召喚魔法の実行が近づき、高まった集中力により、廃鉱内の空気が通常とやはり違っており、気配に集中すると、寒いはずなのに、ジトッと汗ばむ様な緊張を感じる。
今までの様な実験であれば、早々に切り上げ、村長に報告し、冒険者ギルドに探索依頼が掛かっただろう。
しかし、今回は長く準備を繰り返した実験の集大成なのだ。それに、
(薔薇を魔力強化槽から出した時点で、もう後戻りは出来ない。一度機能をOFFにすると、再び同じ魔力濃度にする迄に時間がかかり、それまで薔薇の質を維持できず枯れてしまうだろう。)
(ここで止めてしまうと、この品質の青薔薇を生成する迄にまた2年を費やす事になってしまう… そんなワケにはいかない!)
(召喚魔法を終えて、廃坑から出たら直ぐに報告する事にしよう。)
不安を払拭する様に、一心に準備を再開する。
やがて美しい円形魔法陣が描きあがった。それは、世界の成り立ちを描くが如き魔法陣だった。
「フゥ〜〜、さぁ始めよう。」
ひとつ、大きく息を吐き出したイミナは、心を平らかにする。イメージするのは、鏡の様な水面だ。
そして、召喚魔法詠唱が始まるー
「理征す力の一欠片よ。吾、求めたるは、太陽の欠片を鍛えたる汝の力への階。」
魔法陣から、青白い光が発生する。
「深淵なりし金色の闇。古より永き時に埋もれし、深淵なりし聖魔王。」
イミナの詠唱に反応する様に明滅する。
「すべては無。すべては有。我が元に汝の理を顕現せん。深淵なりし者、ロード=オブ=アビスの名の下に、汝が剣、『ソレイユ』を我が理とせんーー。」
「ソード・オブ・ジ・アビス‼︎」
ひと際強く光が爆発し、視界が真っ白に染まる。
ー召喚魔法の発動だ。
(やった!成功だ!このまま魔力を高めて、召喚まで維持すればー。)
「やれやれ、その様な危険な存在、呼び出して貰っては困りますねぇ…。」
更に魔力を高め様としていたイミナに、大きくは無いはずなのに、その声に、心の内側から鷲掴みにされる様な根源的な絶対者への恐怖が走った。
「何者だ!先程から、コソコソしているのは貴様か!」
イミナは、ともすれば、恐怖に囚われそうな心を奮いたたせ、虚空に向かい、叫ぶ。
そうすると、廃坑ドーム内の一角が、ポッカリと切り取られ、ブラックホールが発生した様に闇となる。
その闇から、ズルッとこちらを見ている顔が出てくる。
その顔はには、額から悪魔族の特徴である2本の角が生えているが、見たことが無い羊の様な形をしている。そして尖った耳。目は燃える様に紅く輝いている。
イミナは、目が有っただけで内臓を掻き回され、吐き気を催す程の圧力を感じた。
冒険者として、多くのモンスターと対峙して来た。もちろん悪魔族とも戦い、勝利した事もある。たがー
この、目の前の存在は何なのだろうか、この世の罪悪を一身に集めた様な悍ましさが、ある。
冒険者としてのイミナが、脳内で死を覚悟した警告を、ガンガンと発している。
ーそれ《この悪魔》と戦ってはいけない。せめて、逃げる努力をするべきだと。
「ツフフフフフッ、私が誰か知りたいのですか?これから貴女は死ぬのに?」
闇から首だけ出した状態で、語りかけるその姿は、空中に浮いた生首の様で、滑稽さすら感じさせるものだが、悍ましさを増す姿でしか無い。
やがて、ゆっくりと全身を現した、悪魔は王族が着る様な仕立ての良い暗灰色の上衣を来ており、引き締まった立派な体躯を包んでいる。
決定的に違うのは、腰の部分から生えた尾だろう。
それも、動物的な尾では無く、まさしくその尾は赤い口を開いてこちらを威嚇する蛇であった。
ただ、その存在のみで、この場の空気を汚染されたかの様に感じ、イミナは息すら出来ない。
「ツフフフッ。さて、とりあえず、その目障りな魔法を止めて頂きましょうか。」
おもむろに、しかし、ゆったりと言って良いほどの速さで悪魔は右手を振るった。
ゴウッッ!
っと言う、押し潰すような圧力を感じたたかと思うと、イミナの放出していた魔力が掻き消されてしまった。
「クッ、悪魔めっ、何のつもり⁉︎ 私の邪魔をして、どうしようというの?」
イミナは、敵意を隠そうともせず、怒りを悪魔に向ける。
すると、悪魔は、優しげにも見えるほどの笑顔を浮かべながら、イミナに話しかける。
「ツフフッ。貴女は自分が何を行おうとしているか、本当には理解していない様だ。 マァ、それは浅慮な人間、仕方ありませんか…。」
あまりに、優しげな表情だったので、貶されたと気づくのが一瞬遅れたイミナが、悪魔に言葉を返そうとする刹那、悪魔は軽く手を上げて、イミナの言葉を止める。
「モノゴトに順序があります。先ずは、貴女の最初の質問から答えて行く事にしましょう。先ずは自己紹介から。」
悪魔は完璧な貴族の礼をとって見せた。右手を優美に左肩口に当て、スッと腰を曲げる。まるで、この無骨な廃坑ドームが、王宮の中になったかの様だ。
「我が名は、アスモデウス。ソロモン王の小さき鍵の序列32番。72の悪魔族軍団を統べ、東の魔王子様と共に爵位は王に封じて頂いております。」
スミマセン、戦闘まで辿り着けませんでした…
なんとか次回、少しだけでも動きのある展開を!