歩む道。歩んだ途。歩むべき途。
イミナの精神的な側面描写が多くあります。
面倒な方は、流し読みを。
イミナ=ヴァルキュリスの家はファルネーゼ王国内、小都市ラナック程近くの、コルト村にある。
冒険者ギルドに登録する際に便利だった為、ラナックにも家を持っているが、仕事以外の時はコルト村で生活・研究をしている。
村は良くも悪くも、ラナックから徒歩で1日の距離にある為、馬車であれば村の主産業である薬草の納品は家畜に比べて運ぶのに気を使わないので、都市への申請・販売先への納品までしても、1日で帰って来る事ができる。
その為、コルト村は静かに暮らしたい者や、薬草研究をする薬師やイミナの様に研究をしたい者などが多く集まっている。
その為に経済的な発展は無く、商売は精々、生活必需品を売るよろず屋と研究者や薬師が必要とする。ドーンとアイル夫婦のフロウ道具店くらいのものである。
中位冒険者として活動しているイミナは、コルト村の中では最も収入のある層の村人で、最大戦力でもある。
冒険者とは、冒険者ギルドに所属している者を指し、ギルドに所属せず、パーティや個人で仕事をする者は、移ろい者と呼ばれる。
都市や国家間を移動しない者はそれほど不便を感じないだろうが、依頼によって移動が多い冒険者には、冒険者ギルドがら発行される冒険者証が重要な身分証明となる。
より高位の物になる程に信用度が高まり、国や街に入る際の審査の時間が短縮される。
都市に入る際の審査は特に時間がかかり、大都市ともなると、商業審査と個人審査があるが、ファルネーゼ王国の首都レス・ファルネーゼともなると、繁忙期には個人審査で1〜2日、商業審査で4〜5日という事も珍しくない。
ヤクト聖教国の首都は規模と審査の厳重さから、商業審査で20日以上かかったことがあるという。
冒険者ギルドへの都市からの依頼の中に、都市審査待ちの人々は街の外に野営するしか無いので、その護衛というものもあるくらいだ。
審査に時間がかかるが、安全の為、しないという事はあり得ない。
この世界には、身分証といったものが整備されていないが、徴税の為のある程度の住民調査票は存在する。
精度は低い事も多いが、各村・街単位で調べ、誤魔化しが発覚すると、その年の税が多めに追加されたり、役人の評価にも繋がる為、信頼度は低くない。
しかし、証明するのに色々な情報を擦り合わせる必要があったり、その資料を見つける事にも時間がかかるので、どうしても時間がかかってしまう。
特に調査票が無いので、国家間の移動などは、王侯貴族などの特別な身分の者か、世界的に共通の身分証を発行しているギルドに所属し、中位ランク以上の者で無ければ認められていない。
この様に各国の世界的な繋がりがあまり無い世界で、共通する身分証を担保出来ているのは、代表的なものが冒険者ギルド・傭兵ギルド・商会ギルドの3大ギルドである。
冒険者・傭兵の両ギルドは個人で登録し、商会ギルドは商会として登録するギルドである。
冒険者・傭兵の両ギルドにはランクがあり、登録時のE〜Aまでのクラスは2つに分かれている。
通常登録の新人はEbクラスとなり、上位のAaクラス、そして英雄級と言われるS・SS、伝説級のSSSまでの全13クラスが存在し、それぞれに武具などにも使われる鉱物の名前が当てはめられている。
ランクとしては、Ebが青銅・Eaが黄銅・Dbが鉄・Daが軽銀・Cbが鋼・Caが銀・Bbが金銀混合・Baが金・Abが白銀・Aaが精霊銀Sが精神感応鋼SSが高炭素鋼SSSが不破壊鋼…
それぞれ該当する金属によって、ギルド身分証が作られ、Baクラス以上からは念写魔法により、身分証に似姿が投影される。
そして、大陸公路の中央に位置する、自由都市国家・フリーデンの世界ギルド本部に登録され、各国ギルドに情報共有される事される。その事により、身分照会が可能になるので、国家間を移動できる様になる。
オリハルコンクラス以上は特級クラスとも言われ、定期的にクラスに相応しい依頼をこなしていれば、王侯貴族並の生活をしている者もいる程で、英雄クラス以上は各国、各都市の審査も殆ど顔パスの様なものになる。
これは、特級クラスに昇格するには、依頼実績・財産・品行の各種審査を世界ギルド本部で受ける必要がある為だ。
傭兵ギルドは、剣士や魔術師として純粋に傭兵として働く者と、騎士や宮廷魔術師等として国家に所属する事を目的としている者に分ける事ができ、基本的には個人で依頼をこなして行く事となる。
一方、冒険者ギルドはパーティ登録も可能であり、パーティとして依頼をこなしランクアップする事も出来る。
冒険者の依頼は多岐に渡る。貴族や大商家の屋敷の清掃、手紙配達、薬草採取に失せ物探し、浮気調査の様な雑用の様なものから、魔物退治や迷宮攻略等の生命の危険が伴うものまである。
依頼は、冒険者ギルドを通し公募される、通常依頼と、国・団体や個人から特定の人物・パーティーに対してなされる指名依頼の大きく分けて2種類存在する。
通常依頼は冒険者ギルドが手数料を引いた報酬となる。その代わりに、事前調査を行い、難易度に対する適正クラス分け及び可能な限りの詳細が調べられており、ギルド調査の間違いによって依頼失敗となっても、段階的に一定額の損失補償がなされる。
指名依頼は、当事者間の交渉次第で決まる。事前調査が無い分、危険度は高い事も多いが、特殊な依頼も多く、報酬は高い。
冒険者ギルドへ手数料を払う事によって事前調査のみを依頼する事も出来るが、補償は無い。
この様な内容に基づき、依頼を達成する事でランクアップしてゆく。
ギルドの構造としては、トップに世界ギルドがあり、その下に冒険者・傭兵・商会の3大ギルド。
その直下に冒険者学校がある。更に下部には各職業ギルドが存在し、職業ギルドは依頼を受けるよりは、冒険者や傭兵や平民でもだが、授業料を払い、各職業の知識・技術を得る学校に近い組織だ。
冒険者・傭兵両ギルドに所属したものは、まず入学式を支払い1年間は冒険者学校に通いながら、依頼をこなす事になる。
これは、中位以上の冒険者が好まない危険性は低いが、報酬の低い雑用系の依頼を半強制的にこなす事により、街からのギルドに対する信頼を高める。
と、同時に雑用を報酬をつけて依頼をするのは貴族が多いので、個人としても貴族からの知己を得る事で、今後の高位の仕事にも繋がる。
ファルネーゼ王国においては、王侯貴族は貴族学校に通うので、あり得ないが、国家によっては、子女を冒険者学校に通わせる者もいる。
冒険者や傭兵両ギルドは、平民の立身出世の一つの手段として、特に冒険者の印象は決して悪く無い。
イミナはゴールドクラスの冒険者である。ほぼ個人として行動している冒険者としては、一般的に限界といわれるクラスがエレクトラムと言われている。
その才能により限界は突破出来たが、1人ではここが限界である事も分かっている。
依頼の中には複数で無くてはこなせないものも多いので、相性や仲の良い冒険者と一時的なパーティーを組んだり、パーティーに参加する事はあるが、現在のクラスで特に不自由は感じないし、パーティーとは生涯、生死を共にする仲間達だとの考えから、今はまだ組む気は無い。
イミナのゴールドクラス冒険者としての収入は、活動は決して多い方では無いし、個人向けの依頼が殆どだが、少なく見積もっても一般的な平民の3倍程度はある。
首都クラスでもある程度、余裕のある暮らしが出来る程はあるし、蓄えもそれなりにはしている。
村の家はせいぜい、平均より少し大きいくらいで、その大半が研究道具や本を置く為の部屋で、生活用具は最低限しか無く、贅沢品も無い。元々、幼い頃から孤児であったイミナは、これでも贅沢かな?と感じている程だ。
その家の一室で、ラナックの家で託宣を受けて村に帰ってから、一度必要なものをフロウ道具店に買いに行っただけで、食事も忘れて召喚魔法の準備をしていた。
慣れれば時間短縮できるのだろうが、召喚魔法具を用いての初めての実践となる。
召喚魔法は一度呼び出したものは、詠唱のみで呼び出せるが、初めて召喚する時には、それぞれに魔法陣が必要となる。
託宣官からもたらされた情報では、真の勇者となるには、生命の樹を古き教えに従い、10のセフィラを廻り、試練をクリアする事で全ての天の加護を手にした者が真なる勇者であるとの事だった。
最初の試練は、創造・思考を象徴する王冠である。手に入れた、召喚魔法具を使い、召喚魔法を成功させるというものだった。
イミナは産まれてすぐに亡くした両親の唯一の遺品である、伝説の聖魔王に関する記述から、その武器である『太陽の欠片を鍛えて創られた』と言われる、宝剣【太陽】を召喚しようと考えていたのだ。
人づてに聞いた話では、亡くなった両親は聖魔王について調べていたのだが、時の流れに埋もれた古の存在であり、人間族に敵対する存在だとの言い伝えが多かったので、かなり迫害されていたようだった。
産まれや育ちの厳しさから、どこか現世に対して、どこか絶望している部分のあった子どもの頃のイミナにとって、繋ぎ止めてくれた大切な宝物の証明をしたいと考え、召喚魔法研究をして来たイミナには、この試練は渡りに船だ。
1日以上をかけてようやく、召喚魔法【サモンマジック》の準備が整った。
村の薬師や研究者は危険度の低い簡単な実験は、家でも出来ていたが、大掛かりな実験や初めて、危険性のあるものは、村近くにある攻略の完了している、廃鉱跡ダンジョンで行うのが通例だ。
イミナも、この実験は先例の無いものなので、万が一、魔法が失敗暴走した時の事も考えて、ダンジョンの一番大きな空間を使用する為に、幾ばくかの使用料を上乗せし村長に届け出た事で、1日、ダンジョンを貸し切る事が出来た。
準備が整ったイミナは、靴紐を決意を現す様に、いつもより固めに結んで、フッと息を吐いて立ち上がった。
「ヨシッ。それでは、いってきます。」
と、誰も居ない家に声をかけた。1人で暮らしているイミナに声をかける相手は居ないが、大切に住んでいる家に対して、「いってきます。」や「ただいま。」等の挨拶は区切りとして必ずしている。
「おはよう。イミナさん、おめでとう。」
「イミナちゃん、無理しないで頑張るんだよ。」
「イミナ姉ちゃん、スゲーなぁ!」
などと、通りで顔を合わせた村の人々が声を掛けてくる。
大きくも無い村なので、託宣官がイミナの家に勇者の託宣に来た事を噂で者も多い様だ。
挨拶とお礼を伝えつつ、イミナは2時間程歩き、廃坑跡へと向かう。
目的地である廃鉱跡は、およそ30年ほど前までは都市ラナックの基幹産業であった。
主に精霊銀を産出し、ごく稀には、中純度ではあるが、精神感応鋼の産出もあった。
鉱山が稼働していた最盛期には、ラナックはファルネーゼ王国でも有数の都市であった。
およそ80年程は資源を供給し続けたが、やがて、徐々に産出量が減り遂には枯渇した。
自然資源である以上、無限に湧いて来るものでは無いことは勿論誰でも知っている事だったが、他都市からも沢山の人が流入し、都市も税収が増えることで肥大していった都市は、さながら、巨鯨とも云うべき貪欲さで資源を貪り、人々を潤した。
その余裕の80年の間に、新たな産業を育成すれば、衰退も回避しえたかも知れないが、まだ大丈夫だろうと、問題を先送りし、悲観論は楽観論に打ち消された。
何時の時代も大衆は低きに流れやすく、特にこの世界の平民には、知識はそれ程必要とされておらず、知識層であるはずの領主やその代官たる都市長らも自らの利益の為に都市の富を利用する事しかしなかったし、王国としても国土の大半が平野部であり、山地が少なく貴重な武器資源をのんびり採掘する余裕は無く、国費を投じて、採掘用の魔導設備が開発された。
当初の様に手作業であれば、2〜300年はもったかも知れないが、人々の熱意と熱狂により、早く限界が訪れた。
その為、人々が目をそらすうちに頑健であった巨鯨も徐々に痩せ細り、発展の象徴だった幾本もの高層の鉱物精製魔導装置は都市の墓標となり、ゆっくりと死に向かってゆくことになる。
たが、イミナはそれで良いと思っている。栄光の残滓を引き摺っている者達は、もう一度夢を見たいと思っている様だ。
だが、それならば、老いさらばえた鯨に押し付けるのでは無く、自らの力で他の鯨を見つけるべきだろう。
人も、モンスターもドラゴンも、魔族ですら不死ではいられないのだから、その集合体である都市も、国もいずれは滅ぶ《死ぬ》。
ラナックにのみ滅びが訪れないと、どうして言えよう。
ラナックと言う鯨にさらなる負担を与えるのでは無く、共存して生きて行くのがあるべき姿だろうと思う。
現在のファルネーゼ王国は南に開けた海に港湾都市ギムルを建設し、国外からも物資が潤沢に輸入でき、国内物資はある程度、充実している。
つまり、ラナックと言う工業都市は、その役割を果たし終え、命数を使い果たしたのだ。
限りがあるからこそ、自らの命数を見定め、為すべきと決めた事を為さねばならない。
そして、特に人間族の生命は短いー
ドラゴンや魔族のように、数百年・数千年を望むべくも無い以上、何倍も命の灯火を燃やし尽くす必要がある。無駄に出来る命など無いのだ。
何を成したかったかではなく、何を成したかしか、後世には残らないのだから。
その様な事を考えながら歩いていると、少し遠くに廃鉱跡ダンジョンの入り口が見えてきた。
「いけない、いけない。ボーっと考え事をしてる時じゃなかったわね。気合いを入れなきゃっ。」
イミナは誰が聞いてる訳でもないが、声に出して、少し美しく艶やかな頬をパンッと叩いた。
彼女は、勇者を目指す事が無ければ、きっと歴史研究者を志望していただろう。冒険者として遺跡迷宮を巡り、歴史書を読み漁る。
そんな生活にも確かに、憧れはある。
しかし、彼女が命の灯火を燃やす対象は、真なる勇者であった。
彼女は後世の歴史家として、歴史を研究するのでは無く、後世の歴史家に研究される途を選んだのだから…
如何でしたでしょうか?
少しイミナの両親や、イミナの精神世界の一旦に触れてみました。
次は、戦闘シーンが入る予定です。
上手く描写出来るでしょうか…?