託宣
1話のボリュームを増やしてみました。
跪く少女の前に立つ、託宣官の男はここに来る前から、不機嫌そうであった。
それは、ヤクト聖教国・侯爵にして聖教会本部の中でも選ばれた者しかなれない託宣官であり、ファルネーゼ王国支部長でもある自分の託宣を与える相手がこの様な小娘と言うのが不満なのだ。
(この小娘が、本当に真なる勇者へと、少しでも成長出来るのだろうか?出来なければ私の評価にも影響が出る…)
ヤクト聖教国は聖教会の為の国家と言っても過言では無い。
国家である以上、国王そして王国貴族議会がある、立憲君主国家だ。
何事も無い平時は――
ヤクト聖教会の聖女は国の象徴であると同時に、その託宣《言葉》は国王や議会を上回る。
その言葉こそが聖教国の最優先すべき法なのだ。
故に、貴族であっても、聖教会での地位が上がる、つまりは聖女に認められる事が、栄達の近道となる。
確かに託宣官はエリートだが、託宣を伝えた勇者が上手く育たねば聖女からの評価は落ちる。
何としても、真なる勇者に近づく者を選ばなければならない。その事こそが、聖女への影響を高める事に繋がるのだから。
だからこそ不満だった…
彼が提出したリストの中では、最も期待出来なさそうな者が選ばれてしまった。
聖女が選んだのだから、何かあるのかも知れない。しかし個人的には、ファルネーゼ王国の英雄の1人である、王国の第三王子で王国近衛騎士団長のジグムント=エクス=ファルネーゼを最初にリストアップし、期待していた。
しかし、聖女から指定された人物は年若い、まだ大した実績も無い少女だった。
勇者は年齢や身分といった常識では測れない事は承知しているが、染み付いたこの世界の常識からは中々に逃れられない。
(全く、この様な平民の小娘に我が未来を賭けねば為らんとは…)
(しかし、こやつが何とか少しでも、モノになってくれんと、ワシが聖女に取り入る計画が進まん。)
(せめて1柱で良い。名前付きの悪魔を屠ってから死んでくれん事にはな。)
その様な事を考えていると、目の前に跪いている少女が少し、身動ぎした。
(さて、やらねば為らぬ以上、ここまで来て帰る訳にもいかん…始めるか。)
託宣官は自信のある、朗々《ろうろう》と響く声を出す為と、少女の意識を更にこちらに引き付ける為、ひとつ、咳払いをして始める。
「ゔんっ…。汝に問う。」
「はい。」
「汝は、ファルネーゼ王国・ラナックに住まう、職業勇者・イミナ=ヴァルキュリスに相違無いか?」
「はい。相違ございません。」
(チッ、やはり間違いでは無いか…全くツイてない…)
「我は、ヤクト聖教会・託宣官にして、聖教会ファルネーゼ王国支部長、フォルカー=ゲノム=フォン=ハッセルブライド聖教国侯爵である。」
「聖女よりご下命賜りし、託宣を伝える。心平らかにして、静粛に傾聴せよ。」
少女はより一層頭を下げる事で、応えとする。
「汝、ファルネーゼ王国・ラナックに住まう職業勇者、イミナ=ヴァルキュリスを聖女様が賜りし、ヤクト神の託宣の元、勇者と認め、これよりは、託宣勇者と名乗る事を許し、託宣勇者に必要な召喚魔法具を下賜するものとする。」
「了ならば、進み出て受け取られよ。」
「・・・・」
少女は姿勢を変えず、言葉を発しない。
一瞬、喜びのあまり気を失ったのかと過ったが、なにやらブツブツと言っているので、聞き耳をたててみたが、一体何の事を言っているのか分からなかった。
(何なのだ、黙ったかと思えばブツブツと…
なになに?うーむ…良い声で鳴くブタがどうのとか、テカテカのキモいブタなどと…
平民だけあって、この場でも家畜の収穫の心配などでもしておるのか!?)
(いくら平民の糧とはいえ、託宣官たるワシの話を蔑ろにするとは!
ありえん!聖女、そして何よりも目の前のワシへの不敬では無いか!!)
(フンッ、少し脅してやるか。)
「イミナ=ヴァルキュリス!
汝は託宣官の下問に、無で返すとは、不敬であるばかりか、聖女様より下賜される品まで無視するとは!何たる不敬!!
この場で託宣勇者の託宣を受ける資格なしとし、取り消しても良いのだぞっ!!」
事実、若干の不敬には当たるかも知れないが、完全に無視している訳でも無いので、それ程の罪にはならないし、何より、聖女から発せられた託宣は、聖女以外には撤回出来ない。例え、聖教国国王であろうとも…
ハッセルブライドはこの不遜な平民を萎縮させてやり、暗い満足感を得たいだけなのだ。
一方、イミナは…
焦っていた。
(あわわわ、ま、マズイよ不味いよ~…
喜びと緊張で、なんかムカつくオヤジだけど、声は良かったから、意識が、「家畜のブタの分際で良い声で鳴くじゃないか、テカテカのくそキモいブタのクセに。」「いや、美味しく戴ける分、声だけのキモブタより、家畜のブタの方がよっぽど上だ。」なんて考えちゃってたーっっ)
(ダメだ、テンパるな、私!なんかくれる様な事を言ってた様な気がするし、ゆっくり立って貰えば良いんだよね⁉︎
でも、このブタはさっきの声に出てたからこんなに怒ってるんじゃ?あーーっ、ダメだ考えちゃいけない。前に居るのはジャガイモよ。ジャガイモ。テカテカのジャガイモ。って、そんなんアルカーーイッ。)
(イヤーーーッ。ダメだ全然何も考えがまとまらないし目が回ってきた…泣 でも、とにかく立たなくちゃっ、モンスターと対峙する時の様に冷静に、冷静に~あっ、タッ、タタナクチャッ!)
「何故、反応をせん!! 良いのだな、本当にー うおっっ!!!」
(なっ、何やねんっ。この姉ちゃん!いきなり立ちよって!しかも、腰の剣の鞘に手ぇかけとる!!)
(何も知らん様に見せかけて、イチ託宣官より、託宣勇者の方が立場は上やし、託宣勇者には聖教国の権力も基本的には及ばん、侯爵の立場も意味ないて知っとって、今までの態度をとっとったんか⁉︎)
(せやったら、アカンッ。マジでアカンわっ。コイツの動きは尋常じゃない上にワシを殺しても逃げ切れるし言い逃れ出来る思とるから、こんな行動とれるんやっ!)
(こわっっ‼︎ムッチャ怖ろしいヤツやん!聖女はんが認めるだけあるわ。ワシ、このまま殺されるんやろか……イヤヤッ、まだ死にたない!助けて、助けてっ!オカァーーチャーーン‼︎‼︎)
「アッ、アリガタク…チョウダイイタシマス…ハッセルブライドコウシャクサマ。」
「へっ!?受け取ってくれるのん?」
ハッセルブライドは剣に掛かった左手が右手と合わせて差し出された事に拍子抜けしてしまった。
「も、もう駄目ですか…?」
(そっ、そうか。見逃してくれるんか…何や意外とえぇヤツやん…何かカタコトやけど。)
「ウォホンッ。では、受け取られるが良い。これを持てば、正式に託宣勇者となり、二つ名が与えられる。汝は、『黄金』と名乗るが良い。これからは、『黄金の勇者イミナ』と!」
ハッセルブライドは思わず口にしてしまった、聖教国の西側の一部でのみ使われている、特殊方言が出てしまった事を誤魔化しつつ宣言する。
「『黄金の勇者』…。ありがとうございますっ。この名を、生涯大切にし、この世界に貢献できる、真の勇者となりますっ。」
これが、歴史に残す勇者、『黄金の勇者イミナ』の誕生であった。
そして、イミナの真の勇者を目指す、苦難に苦難、そして苦労、ちょっと愛の物語が始まる。
――まぁ、主役じゃない時点で不幸は決まった様なものである。