広辞苑に載ってない言葉を調べ、理解する部
このサイトで書くのは初めてです。
少し緊張しました。楽しんでくれたら嬉しいです。
唐突で申し訳ないが、僕の幼馴染は少し変だ。クラスに馴染めないとか、浮いているとかそんなことはちっともない。
クラスの位置も一軍と言わないまでも、それくらいにクラスに順応しているイメージだ。
彼女は学校生活を満喫している……ように見える。実際してはいるのだが……。
「はぁ、今日も広辞苑に載っていない言葉がいっぱい出てきて焦ったよ」
幼馴染はそう言う。
今は放課後、ここは部室。僕と幼馴染は同じ部活をしている。まあ、二人だけの小さな部活なのだが。
「そっか、なら今日も調べるか?」
「当然!」
そう言って彼女はカタカタとパソコンを叩き出す。
僕らの部活は、『広辞苑に載ってない言葉を調べ、理解する部』。略称募集中だ。
しかし、この部室に広辞苑など一冊もない。
どうやって、それが広辞苑に載ってないか判断するかって?
そりゃ、目の前にいるこいつが全部やってくれる。
彼女の名前は宮路七海。僕は彼女をこう呼んでいる。歩く辞書……と。
彼女は広辞苑に収録されている、約24万語の意味を全て理解している。
彼女の小さい頃の愛読書が広辞苑。まあ、正直、親同士が仲良くなかったらこんな人とは関わらなかったかもしれない。
でも、関わってみなけりゃわからなかったこいつの魅力も当然ある。
「へぇー、てへぺろって声優さんの発祥の言葉なんだ」
彼女は基本、テレビを見ない。だから、今の流行語なんかにはめっぽう疎い。
じゃあ、テレビを見ない間は何をしているのか。
なぜか、僕に電話をかけてくる。「テレビを見てるより、あなたと話すほうが有意義だよ」なんて言ってくる。
「なあ、七海?」
「何?」
パソコンを必死に打ちながら聞いてくる七海。ちなみにパソコンに関しても七海はこの部を設立する際に初めて見たらしく、とても感動していた。
「なんで、僕のことを名前で呼んでくれないの?」
「は、はあ? 別にいいでしょ?そんなこと!」
歩く辞書の七海だが、最近少しずつ若者言葉にも慣れてきた気がする。
単刀直入に言おう、僕は七海が好きだ。幼馴染を好きになるなんてありきたりで当然だろう?
だから、少し七海の気持ちを聞き出すためにこんな質問をした。
カタカタカタ……カタッ。七海のパソコンを打つ手が止まった。
「ねぇ、愛とか恋とかって何なのかな?」
「え?」
急に頬を赤く染めて聞いてくる七海。
「男女間の相手を慕う情けって辞書には載ってるんだけど……最近、それが本当に正しいのか、わかんないの……」
……ゴクリっ。
「ねぇ、私に愛とか恋とかを教えて……」
この瞬間僕の思考回路はショートし、何かを考えるより真っ先に七海を抱きしめたくなった。
「ふへへ……もちろんいいよ。ぎゅううう」
「わ、キモッ。引くわ」
……ん? 後輩の罵倒で目がさめる。やめてくれ、僕にどM属性はないぞ。……て、え?
……そうゆうオチか。まあ、七海とはそうゆう展開は期待できないか。
ちなみに僕を罵倒してきたのは、歩くクーラーこと、坪井香澄。
彼女を僕が歩くクーラーと呼ぶ理由は二つ。一つ目は先ほどのような冷たい言葉。かなりのどSなのだ。
そして、二つ目は……
「七海先輩、あんな変態は見ずに、水でも飲んでください」
そう、大のダジャレ好きなのだ。くだらない空気で場を凍りつかせるから歩くクーラー。
僕的に言わせれば、もうそろそろ歩く冷凍庫に昇格かな、なんて考えている。
しかし、この部室にはそんなくだらないギャグにもにっこり笑ってくれる人がいる。
「ふふふ、香澄ちゃんのギャグ、今日も面白いね」
香澄のギャグは面白くないのだが、この笑顔が見れるなら何度滑ってもらっても結構。この天使の笑顔に何度癒しをもらったことか。
歩く天使……間違えた、歩くぬいぐるみ。彼女の名前は小鳥遊結菜。この部活の癒し担当だ。
「水ありがとね。それにしても、ねぇ?何やってたの?」
その視線は、僕の方を向いていた。何やってたの?って答えられるわけないじゃないか!
「え、えーと……夢落ち?」
キラキラって効果音が聞こえてそうなくらい好奇心むき出しでこちらを見ている。やめて、その視線つらいからやめて。
ゴニョゴニョゴニョ。すると、香澄が七海に突然耳打ちし始めた。
七海の顔はどんどん赤く……なるわけもなく、青ざめていった。そして、一言。
「最低」
だから、僕にどM属性はないんだって。なんていうか、こうゆう空気が読めないところも香澄の歩くクーラーたる所以だ。
さて、この部室にいるのも少し気まずくなってきたので飲み物を買いに自販機に行くことにした。
ついでにみんなの分も頼まれてみたのだが。
七海が
「これでいい」
と手元の水を差した。その瞬間は優しいなと感じたが、よくよく考えてみると僕とあまり会話を交わしたくないので、たった5文字で会話を終了させたのかもしれない。
続いて、香澄が
「うちはリポビタン」
全く、今から滋養強壮してどうするんだよ……。滋養強壮ってなんだっけ? 今度、七海に聞いてみよう。
最後に結菜。
「私は……みるくてぃ」
あ、もう可愛い。チョイスも可愛い。あー、最高っす。
結菜のことを思い浮かべながらホワホワした気持ちで、オロナミンとキャラクターの絵が描かれたハチミツ入りレモネードを買った。
さて、いきなりだが、僕にも歩く○○みたいな異名あるんだよ。
部室へ戻る帰り道、突然、クラスメートに声をかけられた。
「なぁ、ニャースって何番だった?」
は?急に何聞いてくるんだよ。
「No.052だよ」
これくらい常識だ! 覚えておけ。
そう、僕は歩くポケモン図鑑。いや、ゲームとかは全然やってないけど、なぜかポケモンの名前とナンバーとタイプだけは見事に把握している。
全くいらない特技である。
さてさて、部室に戻って真っ先に飛んできたのは罵倒。
「先輩! 何を考えてこれを買ってきたんですか!? これじゃ、滋養強壮できないじゃないですか!!」
「何って、アルファベットのつく飲み物って考えて……」
あ、滋養強壮って何かを聞かないと。
「もう二度と、先輩にはお使い頼みません! 結菜ちゃんもなんか言ってやりなよ」
「あ、私はこれでもいいですよ。これも好きですし」
かわいい飲み物だったらなんでもいいなんてさすが、結菜たん。
「ちっ、逆効果だったか」
冷たい視線を送ってくる歩くクーラー。でも、目の前の歩くぬいぐるみには湯たんぽ機能でもあるのだろうか。ちっとも香澄の攻撃が効かない。
そんな、僕らを眺める七海の視線に僕は気づくことができなかった。
七海はキーボードでkoiと打って、検索にカーソルを合わせクリックしようとしたが、首を横に振ってやめた。