ヤクソク
愛海が紅牙を誘ったと聞いて、また、あの胸の痛みと、どうしようもない感情。
交流会が終わった後の…しかも、それまで酔っていた相手からの口約束を覚えているなんて、私はつくづく紅牙が好きで…あんな小さな約束が嬉しかったんだと思い知らされた。
私、馬鹿みたいじゃないか。
「で、それはともかく。燎は何を言おうとしたんだよ?」
「べ、別に…」
「ウソ。何か、絶対に言いたいことがあるんだろ?言ってみな」
私に目線を合わせて、でも逃げないように肩を掴んでくる紅牙に、言うしか私には選択肢がないと思った。
よし、言ったら、部屋に戻ろう。
明日は部屋に引きこもろう。
「…明日、」
「あ、やっぱりストップ」
えぇ~…。
唇を人差し指で押さえられて、黙るしかなくなった。
長い付き合いだし、紅牙は頭の回転が速いから、私の言いそうなことは分かるだろう。
どっちかを断って傷つけたくないから黙らされたんだろうか。
…そりゃ、紅牙が女の子に優しいのは知ってるし、どっちと出かけるかは彼が決めることだけど、覚悟を決めて口を開いたのに黙らせるって、酷くないか…。
いや、読心術を使えるわけでもあるまいに、私の覚悟なんて知らないだろうけど。
「それはオレから言わせて。明日、街から遠い場所にオレと一緒に出かけてくれない?」
「え?」
「燎の時間…明日を一日、オレに頂戴?」
「……」
ダメだ、思考が追いつかない。
え?紅牙は愛海にお出かけに誘われたって言ってたのに…。
何で、私を誘うんだ?
「燎のことだから、覚えてると思ったんだけどな…。交流会の夜に強盗事件が片付いたらどこか…精霊の声しか聞こえない場所に遊びに行こうって約束しただろ?」
「覚えてたんだ…」
「酷いな。オレなりに楽しみにしてたんだけど?」
私が素直に驚いた声を出すと、紅牙はむっ、とした顔で唇を少しだけ尖らせた。
「さっきだって、時間が時間ではあるけど、今言わないとって思って燎にそれを言いに行こうとしたのにさ。そうしたらロビーにいるから、燎も約束を楽しみにしてて、オレに言いに来ようとしてくれてたのかと思ってたのに」
「…そうだよ。ちょっと楽しみだったから私から言おうとしたら、紅牙が愛海に誘われた、なんて言うから…忘れちゃってるのかと…」
「ゴメン。ちょっとイジワルしてみたくなってさ。ちゃんと断ったことを言おうと思ったら、今にも泣くんじゃないかってくらい落ち込んだ顔したから驚いたよ」
「う…そんな顔、してた?」
「してたよ。可愛いけど、何度も見るのは辛いかな。それで、燎の返事は?」
「話の流れで分かってるくせに。明日は、一緒に出かけよう。私の時間をあげる代わりに、紅牙の時間、もらうからね」
「燎といられるなら安いものだよ。それじゃあ、もう休まないと明日が辛いし、寝ようか」
「うん、おやすみ」
「おやすみ。あ、そうそう」
「?」
「夜更けに男の部屋に来ようとするのは、例え燎が強くても…無用心だよ」
一瞬、背筋が凍るような、ギラギラとした眼をした紅牙が口元に薄い笑みを浮かべながら言った。
つまりは、喰われても文句は言えないぞ、と言いたいらしい。
自分のしようとしていたことの大胆さが今更恥ずかしくなったことと、見たことのない―違うかな、紅牙が私に見せようとしなかった男性としての面を見て言葉が見つからなかった私は、ただ黙って頷いただけだったけど、それで満足したのか、彼はいつもの笑みを浮かべて階段を上がっていった。
次回は燎と紅牙のデート(笑)編です。
また少し更新が亀更新になって遅れます。
一週間ならマシ、一ヶ月かかるかもしれません…それでも待ってくださる方がいらっしゃることを祈りながら、続きを執筆していきたいと思います。
読んでくださり、ありがとうございました。
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