6.幼馴染みは可愛い女の子です。
悪魔付きとなってから早四年、俺は五歳を迎えることになった。なんで四年も経過しているのかと言うと別に説明が面倒だったとかそんな事実は一切ございませんのであしからず。―-俺、誰に弁解してるんだろう?
相変わらず剣術も魔術も勉強することもままならず、延々と社会常識や地理や文字なぞを学んでいた。本来は成人である十五歳までに会得すべき知識であったが、完全に勉強付けの日々でおれはその大半を習得した。確かにそういった知識も生きる上では必要だろう。宗教観なんかも学びはしているが、無宗教で生きてきた俺にとってそんなものは関係もなかった。
「お兄様」
「お、どうした?」
俺の可愛い妹、エレノーラは非常に才気に満ち溢れ、俺と引けを取らないほどの賢さを持っているみたいだった。
「わたくし、上級魔法を覚えましたのよ」
「ええ!すごいじゃないか!」
俺はトラウマからもはや魔法を習得することを諦めていたため、その話を聞いたところで『じゃあ俺も!』とかなることもない。正直羨ましいという思いもないわけではないが、俺の異常な力が暴発する可能性は決して低くはない、というよりもかなり高い。今までの事の顛末を考えれば、かなり危ないと思う。というより危ない。下級魔法ですらあの火力だったのだ。上級魔法を唱えたらどんなことになるのだろうか。……まさか国が吹き飛んだりはしないだろう。……流石に。
ちなみに魔法は上級、中級、下級と分かれているらしい。生活に用いるレベルが下級、物を破壊したり治癒させたりと実用に堪える程度が中級、それ以上が上級と分類されているらしい。知らんけど。
「でもお兄様の方がわたくしよりも優秀ですわ」
「ははっ、エレノーラが魔法を勉強している時間を当てているだけだよ。それにエレノーラは僕よりも一つ下じゃないか」
「そんなことはございませんわ。お兄様の学んでいる分野、わたくしさっぱり分かりませんもの」
兄を立てる妹。本当にこんな妹が存在しているとは流石に想像することもできなかった。本当、二次元にしか存在していないのではないかと思っていた。いや、これなら三次元の妹もいいかもしれない。
「……ねえ、お兄様」
「ん?どうした?」
「あの女、今日も来るんですの?」
エレノーラの言うあの女とは、最近家に来る俺と同い年の女の子の事である。なんでも家の非常に近くに住んでいるらしく、言わば幼馴染であるらしい。『らしい』というのはこの四年間俺は家を出ることもなく引きこもりに進化していたからだ。外に出ることもない俺がご近所付き合いなるものを知っているはずもなく、隣人さんのお顔も知っているはずもなかった。
そんな俺のことを心配した父様、母様は俺のコミュニケーション能力に危機感を抱いたらしく、偶然同い年の女の子を客人として家に招くことを立案し、俺は止む無くそれを了承した。
ちなみに俺が引きこもりになったのは、この俺のよくわからない不幸体質のままに外へと繰り出した場合、凄惨な結末が待っている可能性すらあると危惧し、それならば危険の少ない我が家に引きこもるのが最善と考えたからだ。
――二歳の頃に家が全焼しかけたり、三歳の頃に勘違いしたストーカー気質の女に父様が刺されたり、四歳の頃に父様に十円禿が見つかった事以外、なんら大きな事件はなかった。このことから俺は選択肢が間違っていなかったことを確信し、鋭意引きこもり実施中なのだ。
話を戻そう。そして女の子を自宅に招き、自室へ女の子を連れ込むという誰しもが夢見た現実を再現することに成功したのだが、いかんせんお相手は五歳児。第二次性徴を迎えてすらいない女子を愛でる趣味は流石に俺にもない。しかし視点を変えてみよう。もしもこの女の子を俺の好みの通りの性格に育てることが出来たらどうだろうか。俺に尽くし俺の願望を叶えてくれる。そんな夢のような女の子が誕生するのだ。ちなみに俺は別段幼馴染萌えとかそんな属性はない。女の子で俺に好意を持ってくれるのであれば、誰だろうとウェルカムだ。
そして俺のそんな意図を持ち前のご慧眼で見抜いているかのような妹御は、ことあるごとにその女の子を排除しようと尽力してくるのだ。これが些細な嫉妬であるので可愛いものなのだが……。
「わたくし、あの女……」
「ティエルノくーん!あーそーぼー!!」
今ドアノブが立ててはいけない音を立てて扉から剥がれ落ちました。飛び込んできたのはまるでビスクドールのように整った顔の少女。銀髪が幻想的に煌びやかであり、碧眼は透き通った海のようである。そしてその可愛らしい表情を上気させて満面の笑みだ。
思わず引き攣る顔を誤魔化しつつ少女に向き直る。
「ファラ……今日は、早いね?」
「ティエルノくんと遊びたかったから!」
うん、お前は世界の中心なのか?と尋ねてやりたい。幼馴染の調教……ゲフンゲフン、教育の話をしたが、実際の幼馴染は会ってみるとモンスターだった。なんでも生まれた時から常人の五倍の力を持っているらしく、触れたものを尽く壊していたというのだ。そもそも五倍ってどうやって測ったのだろうか。今なお力が強くなっていると言うのだから末恐ろしい。そして当然、三次嫁候補からは外れている。
「お兄様に近づくな、この雌犬!」
「えー、ファラ、犬じゃないよー」
エレノーラ、口が悪いですよ。というか四歳児がそんな言葉どこで覚えてきた。父様か?父様の書斎か?あの魔窟は本当に碌なことがないな。父様の株を下げておこう。
「貴女みたいな馬鹿な暴力女がお兄様に近付くなって言ってるのよ!」
エレノーラの手が翻り、ファラの頬を打つ。あ、これはまずいパターンだ……。
「……エレノーラちゃん、今日もバトルごっこ?」
「ごっこじゃない!決闘よ!」
スタンバイするんじゃない。というかいつもそれやってるじゃないか。俺はもう嫌だよ。疲れちゃったよ。もうゴールしてもいいよね?
「≪上級魔法≫、【焔竜縛鎖】っ!」
「おおーカッコいいー」
炎の竜巻が竜を象り、ファラの体を包み込む。待て待て!どうみても殺人事件の現場じゃないか!エレノーラ、火元はお前だ。じゃなくて流石にこれは……。
「エレノーラちゃん、身体が熱いよぉ……!」
「ちっ、この痴女っ!」
ごちそうさまでした。……じゃなくて楽しそうでした。じゃあ俺はこの隙に隠居します。あとはお若い二人でごゆっくり。
「お兄様、どこに行くんですの!?」
「ティエルノくん、行っちゃやだー」
なんで気付くんだ!というかどこに目がついてるんだ。そういう異常能力は要らないんだよ!そしてなんでこっちに来るんだ!
「ティエルノくんがいないとつまんないよー」
なんでシャドーボクシング?見えない敵と戦ってるんですかね?ビュッて風を切ってる音がしているのは勘違いだと思いたい。夢だ幻だ。
「あとは任せた!」
厄介なファラの相手を完全にエレノーラに任せ、俺は全力でこの場を脱出する。俺の頼みだったら流石のエレノーラも断ることは出来ない。現にエレノーラは次の呪文を唱えている。
「じゃまー」
ファラのアッパーカットがエレノーラの顎にクリティカルヒットしていた。今間合いを一瞬で詰めてなかったか?背中を冷たい汗が伝い落ちた。エレノーラ、君の命は無駄にしない……うん、一メートルくらい浮かび上がっていたけれど本当に大丈夫だよな?あ、立ち上がってる。
俺はその光景を尻目に駆け出した。そして追尾してくるファラ。ゴッだのガツッだの後ろから気味の悪い音が響いてるけど無視。塩の柱とか興味ないし!
耳元を切る風切り音が死のメロディーを刻々と刻む。耳の一部が切れてるんだけど鎌鼬とかそんなんじゃないですよね?回避に回避、回避を重ねた俺は最終的に玄関口へと追い込まれた。扉を開けようとしてもジャンプしなければ鍵へは届かない。このタイムロスはファラに絶好の好機であるのは間違いがない。
「ティエルノくん、つーかまーえた♪」
「ヒイイイイィィィ!」
それは拳だ!!
――ガチャ!
「ティエルノー、エレノーラー、父様が帰っ……ウボァ!」
ファラの正拳突きが丁度帰宅して扉を開けた父様の股間に的中した。
背筋がぞっとした。思わず自分の股間をキュッと抑えた。俺を真似るようにエレノーラも抑えている。
これは、男にとって最も恐ろしい光景だ。名状し難いその激痛、分かるが決して分かりたくはない。父様がピクピク体を震わせて倒れこんだ。口からは泡を吹いている。
「カニさんみたーい」
悪魔や……!悪魔がおるで!家に!家に!
……安らかに眠れ、アーメン。
父様は半日後に意識を取り戻しました。