14.侍、仁王になる の巻
ライラの朝は早い。
七の鐘が鳴る鐘三つ分も前に目を醒ます。準備体操、軽いランニング、型の確認、素振り、イメージトレーニング、敵を想定しての立ち合い。今までは立ち稽古に兄弟子達が居たのだがこの学園に入学してからは一人黙々と太刀を振るうのみだった。
「ふうっ」
鍛錬を一通り熟したら続けて水浴みだ。火照った体を冷水で引き締め、汗をかいた体を清める。こうしていると精神がより引き締まる気がしてライラはこの時間が最も好きだった。
風呂から上がると今度は厨で食事の用意だ。鍋からいりこと昆布を取り出す。今日は二番だしである。昆布はまとめて佃煮へ、いりこは細かく砕いてふりかけにした。大根をスッパリと切り分け短冊切りに。油揚げを油抜き、まとめて鍋へ。
鮭の切り身を焼きながらその隣ではほうれん草をサッと湯通しして軽く冷水で締めてから軽く絞る。
温まった鍋に自家製の味噌を溶かし込んで味を見る。
「うむ」
どうやら味に問題はなかったらしい。
ちょうど炊きあがった米を櫃へと移したら一段落だ。出来上がった料理を一通り盆に載せ、自室へ運ぶ。
ねぼすけな同居人とともに食事の時間だ。「わたくし、朝はパン派ですのに」と言いながらも器用に箸で三角食べを繰り返す黒髪おかっぱの少女。
「あら、お出汁変えましたの?」
「鰹節を切らしておってな……代わりにいりこを使ったのだ」
「そうでしたの」
ズズッと味噌汁を飲み干す姿は非常に堂に入ってる。
箸さばきはお手の物でヒョイパクヒョイパクと朝食が少女の胃に収まっていく。ものの数分ですべての食事を食べ尽くした。
「ご馳走様でした。本日も美味しかったですわ」
「お粗末さまでした。手抜きで申し訳ないがそう言って頂けると助かるでござる」
「食器はわたくしが洗いますわ」
「かたじけない」
食事の後処理は任せ、ライラは洗濯へ。
昨日は洗濯するのが遅れたため、まだ取り込んでいなかった洗濯物を取り込もうとしてようやくその異変に気が付いた。ない、ないのだ。この国に来てから入手したお気に入り。出身国にはなく、様々なバリエーションから選び抜いた選りすぐり。
それまでは不毛な生き方をしてきたのだ。恥ずべき生き方だ。ようやく、人並みらしい道を歩けるようになったと言うのに。
そう、洗濯物の一部が――細かく言えば(ギャルの)下着が――無くなっていたのだ。
ほんのすこーし背伸びした大人向けのえろちっくなおパンティだった(かつお高かった)のだから、当然下劣にして卑劣で矮小な下郎は膾切りにしてドンしてやらねばなるまい。
――ライラは仁王へと相成った。
* * *
「で、冒頭の長文ですか?ってかあのルームメイト誰!?」
「殺す」
「いやいやいやいや!」
「ライラちゃんはねー、探すの手伝ってほしいってー」
「読心術!?」
「殺す」
「下着は見ないようにしてー、犯人だけ捕まえてほしいんだってー」
「その読心術すごく便利だな!?あとお願いの難易度結構高くね!?」
「殺す」
「捕まえられたらどんな礼も辞さぬ、だってー」
「今なんでも、っとなんでもないです。それで?犯人を捕まえたらどうするんだ?」
「殺す」
「これは?」
「殺す、だって」
「あばばばば」
ライラがキレて言語能力を失った。間にファラを挟めば意思のやり取りも出来るが、なんとも物騒なことだ。
「殺す」
「もしかして犯人はティエルノくん?って聞いてるよー」
「断じてノー!全くありえません!」
「殺す」
「たしかにそうかも。女ごころがわかってないねー」
「何の話だ?」
「殺す」
「殺す、だってー」
「あーっ、困ります、お客様、あーっ、お客様、あーっ!」
ライラの抜刀術はとても早かった。
* * *
いきなりパ、パンティ――グフフッ!おっと表情が――を盗んだ犯人を探せと言われても?どうすれば良いのだろうか。こういうのは普通体は大人、頭脳は子供な人とか婆ちゃんの名にかける人とかに任せたほうがいいと思うんだ。
人が死にそうだけどねまあきっとなんとかなるでしょ。
犯人を探すのは足、というのが刑事の通説らしいけど俺はそんなことしたくない。というかそんなことをしていたら偉いことに巻き込まれそうな気がする。気がするんじゃなくて巻き込まれること間違いなし。
こっそりと男子寮(の中の行き止まりにある隠し扉の奥)の自室に戻ろうとすると、男子寮入り口で何故かライラが待ち伏せていた。
「殺す」
「ラッ、ライラサン!?べべべべ別に部屋に戻ろうとした訳では――」
「殺す」
ライラはそれしか言わないが顔を赤くして俺から視線を反らした。
「殺す」
「あの……」
「殺す」
ファラがいないからライラが何を語っているのか分からない。しかし、今のライラが何を考えているのか嫌でも分からされた。――なぜなら、ライラが泣いていたからだ。
男の俺にこんな事を頼むのに羞恥がないわけがないだろう。それをこらえてこんな事を頼み込んでいるのだ。その思いを裏切って断ることができるほど、俺も人間を辞めてはいない。
「俺が悪かった。――犯人は俺が必ず捕まえてやる」
頭をポンポンしてやろうと思ったが、身長的に届かなかったのでライラの手を優しく握り込んだ。
「……殺す」
一体これはどんな意味なのだろうか。悪い意味だったらまずいのですぐに手を離しておいた。
「それにしても犯人を特定するのはなかなか難しいな」
「殺す」
「よくあるパターンだとライラをピンポイントで狙っていた人間がいる、ってパターンか?」
「殺す」
ライラは首を左右に振る。これは否定の意味か。
「恨みを買っていたりは?」
これもノーだ。
「それなら辻斬り的犯行……が濃厚だな」
となると目撃証言から犯人を特定するのが最善か。ならば女子寮に行くべきだろう。ただ、男である俺が入るわけにはいかないからライラとファラに――今のライラだと二人で行っても意味がないな。ならセイクリッドを呼ぶべきか?
いや待て。女子寮に入るには厳重な警戒網を回避しないといけない。となれば犯人は女子、あるいは――
「ワタシ、キレイ?」
考え込む俺に声がかけられた。この声、どこかで聞いた覚えが。
それは何を隠そう、俺らの担任、アイリーン先生だ。いつも通りマッスルポーズを決めているのはいい(よくない)。しかし上半身、全裸。下半身、股間にのみ可愛らしい黒のパンティ。以上。
目がああああああ!!
「き、きゃああああああ!」
可愛らしい悲鳴を挙げてライラは気絶した。泡を吹いている姿に全く可愛らしさは感じられない。
むしろ俺も一緒に気絶したほうが良かったのか!?
「ねえ、ふんっ!ワタシ、ふんっ!キレイ?ふんっ!」
「あああああああ!!ポマードポマードポマードポマードポマードポマードポマード!!バルスッ!!」
言葉の合間合間に挟んでくるマッスルポーズ。腰を高速で動かす様は視界を汚してくる。最悪の画面だ。カクカクと腰が。カクカクカクカクカクカク――
「もっと熱くなれよおおおお!ワタシのイチモ――」
「滅べ」
俺の殺意の波動が力となりて、周囲を含めアイリーン先生(ついでにライラも)を灰へと帰せしめた――
* * *
「はっ」
「気が付いたか、ティエルノ殿」
「ティエルノくんよかったー!」
「震えておる。よほど恐ろしい夢でも見ておったのか」
「ライ……ラ?生きてるのか?」
「へんなティエルノくんー。ライラちゃんはげんきだよー。夢でも見てたの?」
「そうか、夢、夢だよな……」
「うむ。まるで夢のような一撃であった。拙者が仁王モードでなかったら死んでおったでござる」
なんだ、ぜんぶゆめだったのか――
俺はもう一度眠りについた。
※しゅじんこうは、すべて ゆめオチとして かんがえることに した!




