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出会い

 五年前の冬の夜。

 街の中にある噴水を囲む公園。中央の泉には、色取り取りのライトが闇を彩った。

 辺りには、大勢の人が行き来している。そして、至る所で若い男女が一人で立っているのが見える。しかし、一人、また一人と、迎えに来る者と一緒に去って行った。その場所は、多くの男女が待ち合わせをする所だった。

 そんな場所に、一人の男が立っていた。その男は、何度も腕時計を見ながら周りに目をやった。その男も、誰かを待っていた。

その男こそ、清弘だったのだ。

 黒いトレンチコートに身を包んだ清弘は、氷の様に冷たくなった両手を口に当てて、息を吹きかけながら誰かを待っていた。指の隙間から洩れる白い息。その温かみを噛み締めながらの時間だった。

待ち合わせをしている男女が周りから姿を消していく中、少しずつ寂しさが増してきた頃に、遠くの方から清弘を呼ぶ声が聞こえてきた。

「清弘さん、すいません。事故の為に電車が遅れて。お待ちになったでしょ」

 そう言いながら走り寄ってきたのは八重子だった。黒いロングドレスに、温かそうなファーを首に巻いた八重子。見るからにセレブを醸し出していた。それもその筈、八重子は清弘が勤めている銀行の総取の娘だったのだ。清弘は、そんな八重子と交際していた。

「いいや。僕もさっき来たところだから」

 そう言った清弘の腕に、八重子が腕をからめると、

「今日は、僕の友人がシェフをやっている店に行こう。とても美味しい店と評判でね。君も気に入ってくれると思うよ」

 笑顔の清弘の言葉を後に、二人は公園から去って行った。

 暫く歩くと、大きな交差点に差し掛かった。そこから見上げた正面のビル。その二階に、清弘の言った店があった。

「あの店がそうだよ」

 清弘が指を差すと、紫色の薄暗い光に照らされた窓越しに、夜景を眺める様にテーブルの並んだ淡いムードの店が見えていた。

「あの店ですか。そこのシェフとお知り合い」

 驚いて、胸が高鳴る八重子だった。

 その店は巷でも有名な店で、地方から来る客も居るほどだった。

「一度、行ってみたいと思っていたの」

 満面の笑顔を見せる八重子に、

「そう。それじゃ、友人に頼んで格別美味しい料理を準備させるよ」

 清弘は得意気にそう言いながら、八重子の手を引いて店に入って行った。

「いらっしゃいませ」

 黒いベストに蝶ネクタイをした店員が、二人の目の前に現れた。

「予約をしていた者だが……」

 と清弘が言うと、静かにお辞儀をした店員は、二人を先導して店の奥へと歩き出した。そして店員の勧めで、その店で一番良い席に通された二人だった。その時、椅子に座ろうとしていた八重子に、いきなり清弘が声を掛けた。

「ちょっと待っていてくれないか。友人に挨拶をしてくるから」

「う、うん」

 困惑気味に返事をした八重子だった。その顔を笑顔で見ながら、清弘は店の厨房に向かったのだ。

 そこでは、数名のコック達が忙しなく動いていた。その中心にいる人物に声を掛ける清弘だった。

「誠二。来てやったぞ」

「おお、待っていたよ。どれどれ、清弘さんの恋人の顔を見てみようかな」

 清弘の声に気付いたこの店のコック長『朝倉誠二』が、コック帽を脱ぎながらそう言った。すると、

「おい、いいよ。今日は食事に誘っただけだから」

 照れ臭そうにそう言いながら誠二の腕を取る清弘だったが、強引に厨房を出る誠二に、困った表情で追い駆ける清弘だった。

 コック帽を胸に当てて、窓辺の席の方に歩いて行く誠二。目線の先には、八重子が窓の下の夜景を見ていた。そこへ、

「こんばんは」

 と声を掛ける誠二だった。

その声に気付いて誠二の方を見た八重子は、服装とコック帽を見て、それが清弘の言っていた友人だと解ると、

「ああ。どうも、八重子と言います」

 そう言いながら、慌てて立ち上がった。そこへ、緊張した表情の清弘が帰って来ると、

「おい誠二。彼女も驚いているじゃないか」

 そう言って八重子の方を見ると、緊張した面持ちで、

「ぼ、僕の友人で、ここのコック長をやっている」

 そう言った。すると、横から清弘を押し退けて来た誠二が、

「朝倉、朝倉誠二といいます。清弘さんは私の先輩でして、料理学校での」

 そう言ったのだ。すると、

「そうそう、僕が通っていた料理学校でね。二つ下の後輩」

 慌てた口調でそう言った清弘だった。

「今日は、私の店に来て頂いて光栄です。腕によりを掛けて料理を作りますので、どうぞ召し上がって下さい」

 丁寧にそう挨拶をした誠二は、素早く振り返ると厨房の方に歩いて行った。それを見ながら椅子に座った清弘は、

「あいつ、毎回強引なんだからな」

 呆れた顔でそう言った。それを聞いた八重子は、

「毎回って。清弘さん、そんなに女性をここに連れて来るのですか」

 と微笑んで言ったのである。すると、慌てた清弘は、

「いいえ。会社の同僚とか、友人ですよ。まいったな」

 と困り果てていた。そんな清弘の姿を笑って見ている八重子が、ゆっくりと椅子に座っていた。


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