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I'm Crazy

作者: 埴輪


今日は卒業式だ。

でも私は今マックにいる。

制服を着たまま、コートはテキトーに脱ぎ捨てて、氷が溶けて薄くなったコーラを時々吸いながら。

朝のマクドナルドの店内にはこれから仕事に出かけるようなきっちりした服装の人とラフな感じのお年寄りが多かった。

少なくとも私みたいに制服を着ている人はいない。

そりゃそうだ。

時刻はもう午前九時。

今日は卒業式なんだから。

卒業式の日、学校にも行かずこうして一人でストローを延々と齧っている私を皆どんな風に見ているんだろう。

人目につかない奥の席を陣取ったけど、時々ちらちらと視線を感じる。

声をかけられないように、鞄の中に入っていた文庫本を読むふりをする。

冬休みの読書感想文の課題だった本だ。

結局冬休みに出せなくて、再提出する予定だったけど、まったく読まずに鞄に入れっぱなしだった。

名作だって言ってたけど、題名からして意味不明だ。

ライ麦畑って日本にないし。

つかまえてってなんか気持ち悪いし。


店内には食欲をそそる匂いが充満していて、結構辛い。

本当は美味しそうなハンバーガーとか食べたかったけど、お金が底をついている。

昨日の晩からほとんど何も食べていない。

預金のカードを財布に入れ忘れたのが悔しい。

そんな空腹を紛らわすように、窓の外を見た。

本はやっぱり読む気になれなかった。


ファミレスのドリンクバーにすればよかったと、後悔した。


ぼーっと窓の外を眺めているとテーブルに置いたままのケータイがぶるぶる震えてランプが点滅した。

メールが一件。

これで五件目だ。

着信は六件ほどあったけど、ずっと無視していた。

もう私のことはほっといてほしかったけど、ケータイがまた点滅する。

テーブルにバイブの振動が伝わり、少し煩い。

しばらくするとそれも止んだ。

充電もそろそろ危ないかもしれない。

着信とメールの件数が表示される。

それを見るのが嫌で、テーブルに突っ伏した。

目尻にじわりと涙がにじんだけど、気付かないふりをする。


そして夢を見た。


高校に入りたての頃の私が通学路を歩いている。

目に痛すぎるチェック模様のスカートが気になって、上げたり下げたりしながら。

後ろから声をかけられた。

中学時代の部活仲間だ。

一番仲が良くて、高校が別れても連絡し合うと約束した子だ。

何か言っているけど、スカートの方に夢中で無視していたら、先を越された。


そうしたら次に高校で初めてアドレスを交換した友達が横にいた。

当時おとなしかった私に初めて声をかけてきた子だ。

今度は髪が気になって美容院に行きたかったからその子と別れて通学路から外れた小道へ行った。

後ろから学校はー?って聞かれたけど、無視した。


美容院に行ったはずだけど、いつの間にか学校にいた。

教室に入ると皆いなかった。

二時限目は確か体育だ。

とりあえず机に鞄を置いて急いで体育館に行こうとした。

するといつの間にか担任の先生がこっちを睨んでいた。

また説教されると思って、そのまま体育館へ逃げた。

でもジャージ袋を持ってくるのを忘れていた。

困っているとジャージ姿のクラスメートが横にいた。

明日テストだね、勉強した?と聞かれた。

してないって答えるとクラスメートも笑いながら一緒だ、と言った。

なんだか安心してそのまま家に帰ることにした。


家に帰ると両親が怒っていた。

何を怒っているのか分からなかったけど、ムカついてそのままバイトに行った。

バイト先には仲のいい友達がいっぱいいた。

皆同い年なのにすごくお洒落できれいだった。

いいなあの服。

ケータイも新しいので、すごくカッコいいし、メイク道具もいっぱい持ってて羨ましい。

お金が欲しいなー。

もっとバイトしなきゃなー。

店長がやって来て明日空いてる?と聞かれた。

明日はテストだったけど、笑って大丈夫だと言った。

一回ぐらいさぼっても大丈夫だと、皆が言っていたから、これは嘘ではない。


でもいつの間にかまた通学路にいた。

なんだかダルイ。

歩きたくなくて立ち止まっていると、皆がプリントとか教科書を見ながら私を追い越して学校へ行く。

横を見ると親友がいた。

同じように髪を染めていたのに、黒くなっていた。

おかしくて笑うと、同じように笑い返してくれた。

どうしたの?と聞くと先生にやられたと言って、そのまま私を追い越して学校へ行った。

親友の隣りには先生がいて、親友はしぶしぶスカートの丈を下ろしていた。

かわいそうだなーと思って見ていると、いつの間にか雪が降っていた。

寒いな。

学校の玄関前で一人でぽつんと立ったまま動けなかった。

寒いから暖房のある教室に入りたいのに。

でも、足が動けない。

学校からにぎやかな男子の声や女子の笑い声、怒鳴る先生の声がする。

寒くて寂しくなって、そうだ、彼氏に電話しようといつの間にか握り締めていたケータイを耳に当てた。


そして、ケータイのバイブで目が覚めた。


突っ伏したまま寝てしまったらしい。

学校でもよくこの体勢で寝ていたので特に辛くはなかった。

時間は結構経ったらしい。

朝マックが、普通のマックになってる。

ケータイを開くと、今度は彼氏からの着信だった。

しばらく手に持ったままじっとしていたら、今度はメールが来た。

何故だか無視できなくて恐る恐る受信ボックスを開いた。

また、彼氏からだった。

いや、もうすぐ別れることになるから元彼と呼んだほうがいいのかもしれない。

メールには一言。



『今卒業した。』



目の前が暗くなった。

おめでとう、と明るく絵文字でもつけて返したかったけど、無理だった。

こんなに残酷で痛いメールは初めてだ。









『ライ麦畑でつかまえて』はあらすじしか知らない。

主人公のホールデン青年が成績不振で退学宣告され、自暴自棄になって寮を飛び出して実家に帰るまでの三日間、ニューヨークで放浪し散々な目に遭う話。

でも最後は自分の夢が何かに気付いて……で終わる名作らしい。

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