表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

『エジプトの薔薇』ロードピス

この作品はPixivにある、いさおギルティさまの超美麗イラスト『シンデレラの魔法使いの恋』(http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=12957348)にインスピレーションを得て、書かれたものです。

この作品を書くきっかけをもらったことについて、いさおギルティさまに深く感謝を捧げたいと思います。



 

 では、貴女もあの有名なお話を聞いて、この街へやってきたのですね。

 お話にあったさまざまな素晴らしいことが、本当かどうかを知りたくて心を鳩のように羽ばたかせながら。

 わかりますとも。だって、20年前にお城であの大舞踏会があり、王子さまが若くて美しい花嫁を迎えてから、貴女のような方が何人も、何百人もこの街へやってきたのですから。

 そのたびに、私たち住人たちは同じ答えを返してきたものですよ。


「ええ、その通りよ! 貴女がたが耳にしたことは全てほんと! かぼちゃの馬車も、ネズミの召使も、真夜中の鐘と共にあの白い絹の形をした炎のドレスは消えてしまったけど、お城へ行けば名高いガラスの靴を見ることは出来るし、王子さまと灰かぶり(ああ、今は王さまとお妃さまでしたね)は愛らしく美しく賢い、息子や娘たちに囲まれて幸せに暮らしています」とね。

 

 でも、貴女は不思議に思わなかったかしら?

 あの夜、王子さまの舞踏会に出たく出られなかった娘さんは、たくさんいたわ。

 なぜ、その中から灰かぶりが選ばれたのかしら?

 なぜ、魔法使いの魔法は、真夜中の鐘に解けてしまったのかしら?

 なぜ、ガラスの靴だけは、他の魔法の品々と一緒に消えてしまわなかったのかしら?

 そもそも、かわいそうな灰かぶりを助けた魔法使いとは、誰だったのでしょう?


 そう、貴女の知っている『灰かぶり』には、まだたくさんの『なぜ』が隠されているわ。

 ふふふ、貴女は運のいい人よ。

 この街の住人で、『灰かぶりのお話』を知らない人はいないわ。

 でも、貴女の知りたがっている『なぜ』『どうして』に答えられる人間はたったの三人。

 そして、私はその一人なのよ。


 お時間は大丈夫かしら? あら、よかったわ。

 どうぞ、そこの椅子にお座りになって。

 お茶を頼みましょう。お菓子もいるわね。

 何しろ、長いお話なるのですから。


 まず最初に、貴女の一番知りたがっていることについてお答えしましょうか?

 『灰かぶりを助けた、魔法使いとは誰だったのか?』

 その謎に答えるためには、時間の紡ぎ車を千年ばかり巻き戻す必要があるわね。

 ときはギリシアにまだアテネがあり、詩人と哲学者たちが言葉を戦わせていたころ。

 場所はナイルの河がとうとうと流れ、ファラオが支配するアフリカの北の端。


 おや、ちょっと時間をさかのぼり過ぎていませんかって?

 いえいえ、そんなことはありませんわ。

 だって、全てはあのエジプトの大地から始まったのですから……。

 

 

 1、『エジプトの薔薇』ロードピス


 

 千年前、ギリシアの地に愛らしいひとりの女の子がいました。

 その子の名はドーリカ。薔薇色の頬に、乳色の肌、髪の毛は秋の夕日を浴びた麦畑。

 踊れば火のごとし、唄えば銀のごとし。

 ドーリカはまさしく、ご両親にとっての生き甲斐であり喜びそのものでした。

 

 しかし、ある日、ドーリカの誕生日に家族で旅行に出かけたときに、一家に不幸が襲いかかりました。不幸は髭面で曲がった剣を携えた海賊の形をしていました。

 海賊たちはご両親を殺し、一家の財産を奪い、幼いドーリカをさらいました


 酷い話ですね。でも、ドーリカの不幸はまだ始まったばかりだったのです。

 海賊たちはドーリカの名前を変え、彼女を奴隷として売り飛ばしました。

 こうしてドーリカはエジプト風にロードピス。

 すなわち『薔薇の顔』と呼ばれるようになりました。


 ロードピスは何度か主人を変えながら、最後にはエジプトで働くことになりました。

 ロードピスの最後の主人は、イアドモンと言って、たいへんなお金持ちでした。

 彼のお屋敷では、あの有名なイソップも奴隷として仕えていました。

 しかし、お屋敷はあまり広く、召使いの数は多すぎて、イアドモンは自分の手の中にある『薔薇色の宝石』に気付かなかったのです。


 ロードピスはこのお屋敷で、ずっと同僚たちに苛められてきました。

 イアドモンの侍女たちは、少女をこき使い、自分たちの仕事を押し付け、主人の目に隠れてロードピスを叩きました。

 頬を叩く手や残酷な鞭よりも、少女を傷つけたのが、同僚たちの言葉でした。

 

 オリーヴ色の肌と黒檀の髪をした女たちは、事あるごとに自分たちとは違うロードピスの肌や髪の色をなじりました。

「あんたのその生白い肌なに? 何か変な病気にかかっているの?」

「薄気味の悪い目だね、青くて光ってまるで幽霊みたいだよ」

「気に食わない髪だね、抜いちまおうかしらね?」

 頬をつねられ、髪を引っ張られるたびにロードピスは同僚たちの手から逃げて、炉辺でこっそり泣きました。

 お母さまやお父さまから受けついた体を悪く言われることが何よりつらかったのです。

 

 やがてロードピスは炉の灰を手に取ると、それを自分の身体に塗りつけるようになりました。

 年上の侍女らになじられないように、金の髪や白い肌を灰の下に隠すようになったのです。

 時間が経つにつれて、お屋敷の住人は薔薇の顔を忘れ、少女を汚らしく醜い娘だと思い込み始めました。

 

 同じ奴隷で、変わり者のイソップだけは、ロードピスを我が子のように可愛がっていました。

 イソップはときどき動物たちを主人公にした滑稽なお話を作っては、少女に話して聞かせました。

 だが、それを除いては、卑しく醜い奴隷娘に近づく者もなく、ロードピスは常にひとりでした。


 ロードピスの孤独と悲しみを慰めてくれたのは、月の光とそれを移す黒いナイル河の流れでした。

 毎夜、少女で河の水で灰を洗い落とし、生まれたままの姿に戻りました。

 そして、川のほとりで女神イシスのほこらの前で、踊り歌いました。

 歌でご両親の思い出をよみがえらせ、優しかった記憶に心の傷を癒してもらったのです。

 

 ある夜、屋敷の主人イアドモンは、偉大な客を迎えて盛大な宴を開きました。

 お屋敷の住人たちは、主人の家族から奴隷に至るまで着飾って宴に参加しました。

 だけど、奴隷の中でもいちばん地位の低かったロードピスは宴に顔を出すことを許されませんでした。

 

 寂しくて、哀しくて、少女は再びナイル河へ走り、女神の前で踊りました。

 このとき、ロードピスは十七歳。少女から女へと花開く年頃でした。

 少女の体は月明かりを浴びた白い火柱、手を振るたびに花の香りを振り撒き、ひらめく足取りは稲妻そのものでした。

 

 踊るうちに、ロードピスは悩みを忘れ、悲しみを忘れ、時間さえも忘れました。

 そして、気付けば月は天高く登り、ときは真夜中、宴はとうに終わっています。

 ようやく疲れを思い出した手足を休めようとしたそのとき、ロードピスは河岸にいるのが自分一人じゃないことに気付いたのです。

 

 きらきらと星のように光る黒い眼が少女を見つめていました。

 怖くなってロードピスはその場から逃げ去ろうとしました。

 しかし、夜の闇から男の形をした影が飛び出し、豹のように素早く少女の手を捕らえました。

 泣き出しそうになったロードピスに、男が優しい声で囁きかけました。


「静かに! 貴女を傷つけるつもりはありません。ただ何者か教えて欲しいだけなのです。貴女はナイルの女神なのか? それとも砂漠の麗しい亡霊なのか? ああ、名前を教えてください、月の光と踊る方よ」

「私は亡霊ではありません。ましてや女神などと畏れ多い……」男の声の熱さに慄きながら、ロードピスは言いました。「私の昔の名はドーリカ、今はロードピス。イアドモン様にお仕えする奴隷の一人です」

「貴女が奴隷であるのならば、イアドモンの目は節穴に違いない! 今宵の宴にはナイルに繁る麻のように踊り子が出てきたが、貴女ほど見事に踊る者は一人もいなかった。どうか、おみ足を貸してください。あの稲妻の如きステップを生み出した足をもっと良く見たいのです……」


 ロードピスは渋りましたが、男の眼差しと言葉に抵抗することは出来ず、ついに言われるままに、たおやかな足を差し出したのです。

 男は少女の足を手に取ると、すかさず懐に隠し持っていたサンダルを履かせました。

 このサンダルがまた見事なものでした。なめした柔らかい子牛の皮を宝石で飾り、つま先には本物そっくりの薔薇の飾りがついていました。

 サンダルはまるであつらえたかのように、ロードピスの小さな足を包み込みました。


「ああ、やはり思ったとおり。ロードピス、貴女こそ我が運命の人。未来の花嫁に違いない」感極まった声で、男が叫びました。

「貴方はいったい誰なのですか?」すでに相手の正体に半ば気づきながら、ロードピスが聞きました。


 そのとき、月を隠していた雲が風に流れ、一筋の光が少女と男を照らしました。

 月光の下に現れたのは凛々しくもたくましい若者。

 ライオンのようにしなやかな黄金色の手足を持ち、口には真珠と輝く白い歯。

 若者が笑うとその華やかさに、夜が昼に変わったように思えました。


「私はアマシス。このナイルの河とメンフィスの都、そしてエジプト全てを支配するファラオである。そのサンダルは我が王妃となる人のために特別に作らせたものなのだ」


 若く美しいファラオに結婚を申し込まれて、舞い上がらない乙女がいるでしょうか?

 しかし、ロードピスはファラオの申し出に、喜びよりも不安と恐怖を覚えました。

 吹雪の中で過ごしてきた人間は、ぬるま湯でやけどをしたと勘違いすることがあります。

 不幸になれた少女の目には、希望の光があまりにまぶしく見えたのです。


「いけません! 私は卑しい奴隷。このような者と結婚しては御名が汚れます。家臣様の皆様も決して賛成しないでしょう」

「その謙虚なところがますます好ましい。だが、心配は要らぬ。策はあるのだ。ロードピスよ、その右足のサンダルを大切に持っておるのだ。私は左足のサンダルをメンフィスの都に持ち帰る。今日より三日後に、都で太陽神ラーをたたえる祭がある。そのとき、このサンダルを王家の隼に預けて、私の膝の上に落とさせる。そして、皆の前で宣言するのだ、『これはラーのお告げに違いない。私はこのサンダルの片割れを持った女性としか結婚せぬぞ』とな」

「果たして、そのように上手くことが運ぶでしょうか」ロードピスは不安げに聞きました。

「上手く行くとも! 家臣らは皆、信心深いのだ。ファラオの言葉に逆らう者はいても、ラーのお告げを疑う者はいるだろうか?」


 ここでアマシス王は少女を安心させるために、明るく笑いました。

 その声と笑顔の甘やかさに、ロードピスは不安どころか、骨の芯までとろけるのを感じました。


「一週間の後に、貴女を迎えに戻る。我が薔薇よ、それまで待っていてくれるか?」

「もちろんです。一週間が百日になろうとも、百日が千年になろうとも。必ずや待ち申し上げております!」


 静かに流れるナイルと月に見守られながら、少女は王の腕に抱かれました。

 騙されていると、心のどこかで疑いもしました。

 若い男の中には、年頃の娘の気を引くために、このような嘘をつく輩がたくさんいましたから。

 でも、ロードピスは王の言葉を信じることにしました。

 辛く苦い毎日を生きるよりも、一時でいい、甘い嘘に浸りたいと思ったのです。

 そしてアマシス王の言葉は全て真実でした。


 三日目後に、メンフィスの都で太陽神の祭典がありました。

 そこで、王の言葉通り、隼が神のお告げと一緒に薔薇の飾りをつけたサンダルを運んできました。

 若いファラオが花嫁を捜しているという噂は、隼にも劣らぬは速さでナイルをさかのぼりました。

 一夜の夢が現実だとわかったときのロードピスの喜びは、如何ばかりだったでしょう。

 苦難の末に掴み取った幸運であっただけに、天にも舞い上がるような心地でした。


 ところで、運命は人生にさまざまな落とし穴を仕掛けてきます。

 ロードピスの人生には、特にたくさんの落とし穴がありました。

 このとき、落とし穴は、同僚の侍女の形をとって、ロードピスの前に現れました。


 イアドモンの屋敷に仕えるこの少女は、若きファラオを見て、一目で恋に落ちました。

 アメシスが宴に飽きて、こっそり抜け出すのを見た侍女は、こっそり後をつけました。

 あわよくばファラオの情けを、できるならば王妃の地位を望んでいた侍女が見たのは、いつも苛めていた奴隷娘が、王と月の下で愛し合う姿だったのです。

 嫉妬に内臓が煮えくりかえるのを感じながら、邪な考えが侍女の頭を過りました。


「ファラオはサンダルを持っている娘としか結婚しない、と言っていた。つまり、あのサンダルを手に入れたら、私が王妃になるんだわ。王も言っていたじゃない、ファラオの言葉に逆らう者はいても、神のお告げを疑う者なしってね」


 そして花嫁を求めて、ファラオが再びイアドモンの屋敷を訪れる日がやってきました。

 その日、ロードピスは朝早くから、洗濯物を持って、ナイルの河岸に行きました。

 第二の皮膚のように体を覆う灰を洗い流して、ありのままの姿でファラオを迎えようとしたのです。


 王妃の証である薔薇飾りのサンダルは、水に濡れないように河岸に置かれていました。

 この数日の間、影からロードピスの様子をうかがっていた侍女は、ここぞとばかり、薔薇のサンダルを盗みとろうとしました。

 驚いたロードピスは、濡れた体を拭きもせずに河から飛び出し、サンダルを取り返そうとしました。


 二人の少女はひとつの靴を奪い合って、ナイルのほとりで掴み合いの喧嘩を演じました。

 そのとき、濡れたロードピスの足が石の上で滑りました。

 激しい水しぶきを立てて、少女たちは河の中に落ちました。


 侍女はロードピスを離すと慌てて、岸のほうへ泳いで行きました。

 しかし、ロードピスは王との愛の品を握りしめ、そのために河の深みに流されました。

 ナイルの流れは荒々しく少女の体を抱きしめ、冷たい水が肺を満たしました。

 涙目のように歪む水面を見つめながら、ロードピスの体は深く深く、水の底へ沈んで行きました。


 ファラオがイアドモンの屋敷に足を踏み入れたのは、その日の正午。

 花嫁を探しにやってきた王が見つけたのは……冷たく水に濡れた少女の亡骸でした。

 河の水は命と一緒に、ロードピスの美しさを隠していた灰を流し去りました。

 このとき、屋敷の人々は少女の美しさを思い出し、王と奴隷娘の間に芽生えた一輪の花のことを知ったのです。


 主人であるイアドモンは、知らぬうちに失われた財産の大きさを嘆きました。

 イソップは娘のように愛した少女の死が信じられず、その場に立ちつくしたまま、泣きました。

 のちに『ロードピスの靴』と言う物語が地中海の国々で流行るのですが、そのお話を作ったのは、もしかしたらイソップだったのかもしれません。


 そしてファラオは、誰よりもロードピスを愛していたファラオは泣きませんでした。 

 張り裂けた胸の傷を埋めるように、氷のような少女の体を抱きして、呟きました。

「私が殺した」と言いました。「私が殺したのだ、ああ我が薔薇よ」

 ファラオはロードピスの亡骸を都に持って帰り、そこで王妃に相応しい盛大な葬儀を上げました。

 そして小さなピラミッドを建て、そこに少女の体を納めたのです。




 地上に残ったロードピスの体の顛末はこの通りでした。

 一方、体を離れた少女のカーは、まだナイルの河をさまよっていました。

 水の流れに乗って漂ううちに、ロードピスは河の底を照らす豪華な宮殿に辿り着きました。


 石垣のひとつひとつまで、輝く宝石で来たその宮の中で、魂は眼を覚ましました。

 ロードピスの魂は、自分が見上げるほど巨大な女性の掌の上にいることに気付きました。

 朝日を浴びた雪山のように、白くも美しくそのひとは、気を取り戻したロードピスに笑いかけました。


「目を覚ましたか、ロードピスよ。私はイシス、ナイルの女神である」

「おお、偉大なるイシス。私はどうなったのですか?」畏怖に震えつつ、少女は言いました。

「お前は溺れて死んだのだ、娘よ。助けてやりたかったのだがな。私は月と海と夜の女神。昼間は我が息子、ホルスの支配する時間ゆえ、手を貸してやれなかった」


 女神の言葉を聞いた途端、少女は全てを思い出しました。

 皮膚を切り裂く河の冷たさを、肺を刺す塩辛い水を、そして指先から這い上る死の感触を。

 何にもまして、厳しく魂を苛んだのは、飲み干す寸前で奪われた幸せの盃の感触でした。

 胸に空いた穴の大きさに、言葉どころか心まで見失った魂に、女神が話しかけました。


「ロードピスや、私はお前を憶えておる。お前が毎夜、私に捧げた踊りを憶えておる。その激しくも麗しい足取りを憶えておる。私には幾万人の巫女がおるが、誰一人としてお前のように踊る者はいない。その舞の褒美を与えたい。復讐を望むか? それとも亡き母や父の影と話がしたいか? どれも容易いことよ。何なりと申してみよ」


 イシスの申し出はどちらも、魅力的なものでした。

 しかし、とっさにロードピスの心に浮かんだ願いは、まったく違うものでした。


「では、私を生き返らせて下さい。王との約束を全うするために、いま少しの時間を下さい!」

「残念ながら、それは叶わぬ願いだ」目をひそめて、女神が言いました。

「どうして! かつて貴女は兄であり夫であるオシリスを生き返らせたではありませんか! 神を生き返らせることも出来るのに、どうして人間一人蘇らせることが出来ないのですっ?」ロードピスは叫びました。

「そうではない」イシスは首を横に振りました。「お前を生き返らせることはできる。しかし、蘇っても、お前が王と結ばれることはないだろう。アマシスはお前が死んで間もなく、病を得て、この世を去った。その魂は肉体を離れ、生まれ変わっている」

「ならば、私も後を追います!」少し考えてから言いました。「ファラオを見つけるために、現世の記憶をとどめたまま、生まれ変わらせて下さい」


イシスは哀しげに眉をひそめ、子猫を撫でるように人差し指で少女の頭を撫でました。


「ああ、お前は何わかっておらんのだ、娘よ。魂にとって前世の記憶をとどめたまま、生まれ変わるのは拷問。お前は幾度も誕生と死を繰り返し、素足で果てしない氷の砂漠をさまようことになる。しかも、いつも人間に生まれるとは限らない上、お前の愛しい王に何時追い付けるかもわからないのだぞ」

「構いません!」女神の手の中で、ロードピスは胸を張りました。「この胸の中に燃える一輪の薔薇があります。その花が、心臓を棘で刺しながら、私に言うのです。たとえ、百回生まれ変わり、千年経とうとも、必ずアマシスさまの魂を見つける、と」

「ならば行くがいい、薔薇の娘。その背中にある翼を羽ばたいて、輪廻の中へと……」


 突然、ロードピスの魂は、自分の背中に真っ白な羽根が生えていることに気付きました。

 イシスに礼を言うと、魂は翼で水を煽いで、女神の宮殿から飛び出しました。

 遥かな水面とファラオの魂を求めて、高く高く登りつめて行きました。

 その先に恐ろしく長い時間と数奇な運命が、待ち受けていることも知らずに……。

 


 

 第二話『灰猫』のゼゾッラに続く

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ