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10分前のトロッコ問題

作者: モリノクマ
掲載日:2026/10/21


繁華街のカフェ。


青森竜也(あおもりたつや)は店内の奥に視線を向けた。


「玲司(れいじ)、悪い、待たせた」


手を上げながらテーブルへと向かう。


「まだ時間あるから大丈夫だ。俺は飯食ってたし、気にすんな」


スプーンを口に入れながら玲司は返事した。


「今夜の街コンはワンドリンク&軽食付きだけど、絶対足りねえよな。俺も食うわ。すみません、このハンバーグセットをお願いします」


竜也はライダースジャケットを脱ぎながら店員に注文した。

運ばれてきたハンバーグに手を付ける向かいで、先に食べていた玲司はちょうどカレーライスを食べ終えたところだった。

スマホで時間を確認し、


「開始まで、あと一時間か。今日こそいい子いるといいなぁ」


と呟く。


「……だな」


「俺は彼女の居ないクリスマスを過ごしたくねえんだよぉ。マッチングアプリは怖えし、バイト先はおばちゃんばっかりだしよ」


「喚くな、俺も玲司と同じだよ。このくだり、毎年やってるじゃねぇか。俺もクリスマスまでに彼女欲しいよ」


「今夜の街コンに賭けてんだ。いい子いないか、見えねえか?」


「見えるのは10分先の未来だけだし、見たい場面を選べるわけでもない。いつも言ってるだろ」


「そうだったな。……でもいいよな、竜也のその能力」


「別に何もいいことないよ。10分じゃテストの解答を事前に知ることもできないしな」


「確かに。危機が迫ってるにしても、対策するには時間が足りなさすぎる」


「そういうこと。少し風向きを変えるくらいは出来るけど、結果は決まってるからな。…つまんねえ能力だろ?」


「教授が近寄って来る前に居眠りから目を覚ませるんじゃね?」


「そもそも居眠りしねえよ」


「ははは……」


ペロリとハンバーグセットを食べ終えた竜也は、満足そうに窓の外を見た。

その視線が、ふいに止まる。

交差点の方角を見つめたまま数秒、そのまま動かなかった。


やがて、何事もなかったようにコーヒーを一口飲んで、ふと切り出した。


「あ、そういえば『トロッコ問題』ってあるじゃん」


「……唐突だな。あれだろ、心理テストの定番で、5人か1人かを選択するやつ。どっちを選んでも人は死ぬんだよな、あれ」


「そうそれ。玲司、お前ならどっちを選ぶ?」


「……ん? うーん……そうだなぁ、5人だろうな、やっぱり。命の重さを天秤にかけるのは嫌だけどさ、より多くを救いたいと思うもんじゃねえの? なんだよ、いきなり」


「いや、やっぱり普通はそうだよなと思ってさ」


「でも、メタ視点で構図をひっくり返してえな、あらかじめ分かってたら」


「どうやって?」


「分からん。レールを無理やり脱線させるか、自分が線路に飛び込むか、『5人か1人か』以外の答えを強引に導き出してえよ」


「……なるほどな」


そう言って竜也はライダースジャケットに袖を通した。


「そういえば、まだあの愛車に乗ってんのか? カウルが無いクラシックな大型バイク」


「ああ、レトロなフォルムがいいんだ。俺の宝物だ。じゃあ俺、先に行くわ」


と立ち上がると、


「カップル成立の確率は上がったぞ、頑張れ玲司」


と言って竜也は店をあとにした。


しばらくして、カフェの近くで耳をつんざくような衝突音が響き渡った。


大勢の通行人が渡り始めた交差点の手前で、信号無視で突っ込んできた一台の大型トラックと、カウルを持たないクラシックなバイクが激しく衝突していた。


トラックは横断歩道の手前で止まっていた。

歩き出したばかりの人々は、誰一人、巻き込まれていなかった。






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