10分前のトロッコ問題
繁華街のカフェ。
青森竜也は店内の奥に視線を向けた。
「玲司、悪い、待たせた」
手を上げながらテーブルへと向かう。
「まだ時間あるから大丈夫だ。俺は飯食ってたし、気にすんな」
スプーンを口に入れながら玲司は返事した。
「今夜の街コンはワンドリンク&軽食付きだけど、絶対足りねえよな。俺も食うわ。すみません、このハンバーグセットをお願いします」
竜也はライダースジャケットを脱ぎながら店員に注文した。
運ばれてきたハンバーグに手を付ける向かいで、先に食べていた玲司はちょうどカレーライスを食べ終えたところだった。
スマホで時間を確認し、
「開始まで、あと一時間か。今日こそいい子いるといいなぁ」
と呟く。
「……だな」
「俺は彼女の居ないクリスマスを過ごしたくねえんだよぉ。マッチングアプリは怖えし、バイト先はおばちゃんばっかりだしよ」
「喚くな、俺も玲司と同じだよ。このくだり、毎年やってるじゃねぇか。俺もクリスマスまでに彼女欲しいよ」
「今夜の街コンに賭けてんだ。いい子いないか、見えねえか?」
「見えるのは10分先の未来だけだし、見たい場面を選べるわけでもない。いつも言ってるだろ」
「そうだったな。……でもいいよな、竜也のその能力」
「別に何もいいことないよ。10分じゃテストの解答を事前に知ることもできないしな」
「確かに。危機が迫ってるにしても、対策するには時間が足りなさすぎる」
「そういうこと。少し風向きを変えるくらいは出来るけど、結果は決まってるからな。…つまんねえ能力だろ?」
「教授が近寄って来る前に居眠りから目を覚ませるんじゃね?」
「そもそも居眠りしねえよ」
「ははは……」
ペロリとハンバーグセットを食べ終えた竜也は、満足そうに窓の外を見た。
その視線が、ふいに止まる。
交差点の方角を見つめたまま数秒、そのまま動かなかった。
やがて、何事もなかったようにコーヒーを一口飲んで、ふと切り出した。
「あ、そういえば『トロッコ問題』ってあるじゃん」
「……唐突だな。あれだろ、心理テストの定番で、5人か1人かを選択するやつ。どっちを選んでも人は死ぬんだよな、あれ」
「そうそれ。玲司、お前ならどっちを選ぶ?」
「……ん? うーん……そうだなぁ、5人だろうな、やっぱり。命の重さを天秤にかけるのは嫌だけどさ、より多くを救いたいと思うもんじゃねえの? なんだよ、いきなり」
「いや、やっぱり普通はそうだよなと思ってさ」
「でも、メタ視点で構図をひっくり返してえな、あらかじめ分かってたら」
「どうやって?」
「分からん。レールを無理やり脱線させるか、自分が線路に飛び込むか、『5人か1人か』以外の答えを強引に導き出してえよ」
「……なるほどな」
そう言って竜也はライダースジャケットに袖を通した。
「そういえば、まだあの愛車に乗ってんのか? カウルが無いクラシックな大型バイク」
「ああ、レトロなフォルムがいいんだ。俺の宝物だ。じゃあ俺、先に行くわ」
と立ち上がると、
「カップル成立の確率は上がったぞ、頑張れ玲司」
と言って竜也は店をあとにした。
しばらくして、カフェの近くで耳をつんざくような衝突音が響き渡った。
大勢の通行人が渡り始めた交差点の手前で、信号無視で突っ込んできた一台の大型トラックと、カウルを持たないクラシックなバイクが激しく衝突していた。
トラックは横断歩道の手前で止まっていた。
歩き出したばかりの人々は、誰一人、巻き込まれていなかった。




