第四章 生まれ持ったもの
その夜、アパートに帰った拓海は、しばらく何もせずに天井を見ていた。
六畳一間、南向きの窓、安っぽいユニットバス。入居したときから何も変わっていない部屋。壁には何も貼っていない。棚には本が数冊あるが、この一年まともに読んでいない。生活感というものが、この部屋には薄かった。まるで通過点のような場所だ。しかしどこへ通過しようとしているのか、自分でもわからない。
自分の生まれ持ったものでどう生きるか。
その言葉が、頭の中を巡り続けていた。
拓海は目を閉じた。自分が生まれ持ったものとは何か、と改めて考えた。飛び抜けた才能はない。裕福な家庭でもない。特別な人脈もない。コネもない。では何が残るのか。
何も残らないのかもしれない。そう思いかけて、拓海は少し立ち止まった。
本当に、何もないのか。
手だけは動く。身体を使う仕事なら、それなりにこなせる。集中力は悪くないと、班長に言われたことがある。黙々と同じことを繰り返す作業が、苦手ではない。それが喜びかどうかはわからないが、少なくとも苦痛だと感じる閾値は、同期の何人かよりは高かった。
それが「才能」と呼べるものかどうかは、わからない。
しかし、それは確かに自分が持っているものだった。
問題は、それを今の場所で使い続けることに、自分が納得できていないということだ。
そこが核心だと、拓海はようやくはっきり言語化できた気がした。生まれ持ったものを活かすこと、と、今の人生に納得すること、は、必ずしも同じではない。今の工場での仕事も、自分が持っているものを使っている。しかし納得していない。それはつまり、使う場所が違うのかもしれない、ということだ。
持ち札は変えられない。
しかし、どのゲームに持ち込むかは、まだ決まっていないのかもしれない。
拓海はその考えを、頭の中でゆっくりと転がした。すぐに何かが変わるわけではない。この部屋も、明日のラインも、何も変わらない。しかし何かが、少しだけ動いた気がした。




