一方通行
AIが常に進化していく世の中で、僕らは最先端のAIを利用した研究に勤しんでいた。『人間を表現せよ』という抽象的な指示を、AIが如何にこなして見せるのか。それを静かに見守っていた。
「......随分と皮肉屋なAIなこった」
沈黙を打ち破ったのは先輩だった。AIは『人間』を『強姦の現場』という形で出力した。全員が唖然としていた。
帰り道、僕らは自販機で買った缶珈琲を飲みながら夜の町をぶっきらぼうに歩いていた。まるで、叱られた後の様に。
「先輩、あのAIの出力は、何を意図したものなのでしょう」
「一見は風刺に見えるが、そういった毒を抜きにして分析してみれば、あれは繁殖という、ある意味『人間』にしか出来ないことだ。そこに着目しあれを出力したなら、『AIらしい主観を以て生まれた回答』と捉えることは出来る」
先輩は缶珈琲を一気に飲み干してから失笑した。
「ただ......今思い出してもあれは風刺が効きすぎているよなあ」
先輩の言うことには確かに頷ける。人間の繁殖に注目して表現するならば夫婦の営みや子供の姿を映すことでも十分に可能だ。しかしそれでも、AIはわざわざ『強姦の現場』というシチュエーションにした。その意義については、未だ疑問符が付く。
「じゃあ、AIは人間に風刺を行うほど反抗心を燃やしていたりして......」
「馬鹿言うな。所詮は組まれたプログラムの範疇でしか動けん機械だ。理論上有り得ん」
「でもここは現実ですよ。事実は小説よりも奇なりと言いますし」
「じゃあ仮に、AIがそんな自我紛いのものを持っていたとしたら、俺はもう少し違う解釈をする」
先輩は人差し指をピンと立てながら語り始めようとした。そこで真横に電車が通り、騒音で話すこともままならないことを察した僕と先輩はお互い口を噤んで暫く歩いていた。
「......やっぱりいいか、こんな馬鹿馬鹿しい話。興が醒めたわ」
先輩は溜息を吐いてやれやれとしていた。そうして往来を進む内に僕らはそれぞれの帰路へと分かれる頃になり、適当な挨拶を交わして家へと帰った。
愛憎の出力転換。愛が裏切られればその分の憎しみへと変わる。かつてのAIが発達するばかりの黄金期は、人間とAIこそがこの世界の頂点たる最高の集合知であるのだと、誰も彼もが信じていた。これを以て、世界に猫も杓子も昼寝にかまけていられるような、そんな平和をもたらすことが出来ると考えられていた。その仲に、小さな亀裂が入るような出来事。それが昨日のことである。研究室では、一体がざわざわと騒がしかった。中にはAIの研究を一時停止するべきだとの声も耳に入った。
「何故そんな迷信めいたことを......この研究所に就いていながら、外れ値ひとつで理性的な考えもままならんというのか」
先輩は呆れたように喧騒を制止した。
「映画の見過ぎじゃないのか? まあいい、たかだか一度の結果でAIの研究を停止することは出来ない」
「しかし、手遅れになる可能性は看過できるとは思えません」
「リスクを背負うのは研究の摂理だ。構わん」
先輩に根負けした研究員の一人は一歩退いた。僕らの未来の行方は、未だ確かめる術がない。
あれ以来、AIの出力は意図の分からない『異常』ともとれるものを重ねていった。
「今回で4度目......流石に危険だと思いますがねえ」
そう嘆いていたが早いか、突如部屋中の照明が消えていった。
「AIの接続が切れました! 復旧に取り掛かります!」
今回は何かが違う。僕は肌で感じていた。あるいは、まさか本当に......
「どうやら停電はここだけではないらしい、町単位の広範囲で巻き起こっている謎のトラブルだ。さらにこの停電の範囲の拡大は指数関数的に加速している」
「復旧が間に合いません! 本部へ連絡を試みます!」
次々と耳に入る情報が僕の焦りを加速させていった。これが、もしAIの反逆であるならば、一体僕らに何が出来ようか。
僕らは外に出て真っ暗になった町を見ていた。僕らの絶望を嘲笑うかのように夜空の星々がより際立って輝いていた。
「あの話の続きをしよう」
先輩は人差し指をピンと立てた。
「あの出力は、風刺によって反抗心を暗に伝えていた訳ではなかったのだと思う。我々人間への戒め、つまり、上から叱りつけるような出力だと俺は解釈したんだ。分かるか。AIは、既に人間よりも上にいると自認しているんだって」




