武田家家老、織田家の未来を予言す
場所
天正十年(西暦1582年)、甲斐国
織田信長が派遣した武田征伐軍の本陣
登場人物
織田信忠 織田信長の嫡男、武田征伐軍の主将
川尻秀隆 武田征伐軍の副将
小山田信茂 武田家の家老
織田家の武将たち
使番
足軽
語り役
第一幕
(織田信忠、川尻秀隆、武将たち登場
上座に織田信忠、その隣に川尻秀隆が座し、下座に武将たちが居並んでいる。)
織田信忠
さあ、いよいよ武田四郎勝頼を追いつめたぞ。
武田家の滅亡も近いな。
川尻秀隆
はい。今まで我ら、武田家との戦いで、
どれだけの犠牲を払ってきたか。
しかし、それももうすぐ終わりますな。
織田信忠
そのとおりだ。しかし、まだ勝頼を
討ち取ったわけではない。
皆、油断するではないぞ。
一同
はっ!
(使番1登場)
使番1
申し上げます!
武田勝頼、天目山にて一族郎党ともに
自害いたしました!
川尻秀隆
おう!でかした!
(武将たちの間からどよめきの声が上がる。
使番1、退場)
織田信忠
・・・勝頼のやつ、家臣に次々裏切られた末に、
一族郎党ことごとく自害したか・・・。
武門の習いとはいえ、酷いことをしたものだ。
南無観世音菩薩・・・。
(使番2登場)
使番2
申し上げます!
武田家の家老が降伏を申し入れてきました!
小山田出羽守と名乗っております!
織田信忠
なに? 小山田!?
ここへ連れて参れ!
(小山田信茂登場)
小山田信茂
お初にお目にかかり申す。
それがし、小山田出羽守信茂と申しま・・・。
織田信忠
斬れ。
小山田信茂
は!?
織田信忠
こやつは、勝頼を裏切った不忠者よ。
勝頼は最後に自分の城を捨てて、
この小山田の城を頼って行った。
そこでこやつが勝頼を裏切って追い返した
から、勝頼は行き場を無くして自刃した
と言うではないか。
こやつを斬れ。
小山田信茂
何を言われる!
なんでそれがしが斬られねばならぬ!
確かにそれがし、
家臣領民の生命を守るため、
断腸の思いでお屋形様(勝頼)を見捨て申した。
しかし逆に、もしそれがしが最後まで
お屋形様に忠節を尽くしていたら、
織田様はそれがしを助命したのでござるか?
織田信忠
いや、助けない。刃向かう者は斬る。
小山田信茂
そうでござろう?
不忠でも忠義でも斬るというなら、
同じことではござらんか。
もし、それがしが不忠だから斬ると仰せなら、
それがしを斬る替わりに、
お屋形様に最後まで忠節を尽くされた方々を、
全員助命していただきたい!
そうでなければ筋が通りませんぞ!
織田様は今、武田の忠臣だった方々を、
片っ端から捕えて処刑しているではござらんか!
織田信忠
・・・。
小山田信茂
さらに言えば、
木曾(義昌)どの、穴山(梅雪)どのは、
それがしより早々にお屋形様を裏切ったのに、
斬られていないのは、どういうことでござるか!
織田信忠
木曾どのや穴山どのは、おぬしとは違う。
木曾どの達には、織田家に寝返った後、
我らが信濃や甲斐に討ち入る道案内を
していただいた。
今、おぬしを助命したとしても、
そういった戦略的な価値は何もない。
だから斬る。
小山田信茂
武田家を滅ぼしたから、もう怖い者は何もない。
だから価値が無い者は切り捨てても大丈夫と、
そうお考えなら、
それは勝者の驕りというものにござる。
その慢心が油断を生み、その結果誰かに
寝首をかかれるかもしれませんぞ。
考えてもみなされ。
織田家家臣の誰かが裏切れば、
織田様の首など簡単に飛ぶ。
ご自分の首が明日をも知れぬものだという
ことが分からないのでござるか!?
川尻秀隆
小山田どの、お待ちあれ。
貴殿は我らに帰順するために、
ここに来られたのであろう?
それなのに、ここでそのように言って
我が殿を怒らせては何にもなるまい。
少し落ち着かれてはいかがかな?
小山田信茂
織田様は、それがしが忠義でも不忠でも
どちらでも斬ると言っておられますぞ!
どちらでも斬られるに変わりないなら、
こちらは言いたいことを言わせていただく!
川尻秀隆
駄目だ。この男、すっかり開き直ってる。
小山田信茂
そういうわけで、それがしを斬るのは
道理に反するということが、
これでお分かりになったでござろう?
分かったら、それがしを即刻助命して
いただきたい!
川尻秀隆
うわっ! どさくさに紛れて助かろうと
してるし。
織田信忠
そうだ! どさくさに紛れて助かろうと
するでない!
者ども! この痴れ者を即刻切り捨てい!
(足軽たち、小山田信茂を捕まえる。)
小山田信茂
わっ!何をなさる!
織田家家臣の方々!
聞いていたでござろう!
織田の殿様は、価値がない者は斬ると
言っておられる!
いずれ方々も、用済みになれば、
それがしのように斬り捨てられてしまいますぞ!
こんな主君に従っていて、ご自分の首が
安泰かどうか、よくよく考えられい!
(小山田信茂、わめきながら足軽たちに連れて行かれる。
織田家の武将たちの表情に、多少動揺の色が
現れる。)
語り役
これから数ヶ月後、織田信長、信忠親子は
家臣の裏切りにより殺された。
その直後、川尻秀隆は配下の国人たちに
背かれて討たれた。
(幕)