第九八話 秘湯の嘆き、野沢菜の温もり編 その五
激闘を終え、レンを担ぎ、疲労困憊の身体を、引きずりながら、ようやく飯山へと、たどり着いた。
「……急ぎ、宿を、とるぞ!」
龍也の、指示で、じんたが、駆け出し、なんとか、宿を確保した。
部屋に、荷物を、下ろす間もなく、一行は、レンの、治療へと、取り掛かった。
レンは、ヴェルザークの「アクアランス」で、腹部を、深く貫かれ、その、顔色は、真っ青だ。
意識は、あるものの、痛みと出血で、呼吸も荒い。
「……レン!……しっかり、せんかい!」
ゆうこが、レンの、傍らに、膝をつく。
彼女は、自身の、ネックレス「陽翠の首飾り」を、そっと、握りしめ、その全魔力を、集中させた。
「……キュアル!」
彼女の、口から、紡ぎ出された、回復の呪文。
温かい光が、ゆうこから、溢れ出し、レンの、傷ついた、腹部へと、流れ込んでいく。
その光は、レンの、身体に深く、刻まれた傷を、みるみるうちに、塞いでいった。
出血が、止まり、顔色が、徐々に、戻っていく。
しかし、ゆうこの、身体からは、大量の汗が、噴き出していた。
キュアルは、莫大な、魔力を、消費する魔法だ。
彼女の、顔は蒼白で、肩で荒い息を、ついている。
「……ゆうこ……大丈夫か?」
龍也が、心配そうに、声をかける。
ゆうこは、力なく、頷いた。
「……ああ。……なんとかな……」
レンは、回復魔法の、光が、収まると、ゆっくりと、目を開けた。
そして、その、傍らにいる、ゆうこを、見つめ、震える声で、言った。
「……ゆうこ、さん。……ありがとう、ございます……」
彼の、瞳には、感謝と、安堵の、涙が、浮かんでいた。
「……なに、お礼を、言うとるんじゃ、この、トウヘンボク」
ゆうこは、そう、ぶっきらぼうに、言うと、その、疲れた顔で、ふっと笑みを、浮かべた。
(……よかった……本当に、よかった……)
医者として、仲間を、救えた安堵。
レンと、ゆうこの、回復を待ち、一行は、宿の食堂に、集まっていた。
皆、身体の、疲労は、残っているものの、心は、安堵に、包まれている。
「……隊長さん。改めてお礼を、言わせてください。……本当に、ありがとうございました」
龍也が、深々と、頭を、下げる。
シンジ、じんた、かすみも、それに、続く。
三上隊長は、にこやかに、笑うと、首を、横に振った。
「いやいや。……貴殿らに、礼を、言われる筋合いは、ない」
「……なぜ、あの場に、いらしたんですか?」
龍也の、問いに、三上隊長は、静かに、語り始めた。
「……実は、昨日、レンが、貴殿らと、一緒に、私の所に、来なさって……早ければ、明日にでも、出発すると、言っておったな……だから、私も、気になって、な……夜半、忍びで、貴殿らの宿の、表で、張って、ついてきたのさ」
その、衝撃的な、告白に皆が驚きの、声を上げる。
三上隊長は、苦笑いを、浮かべた。
「……長野は、私の大事な、故郷だ……老いぼれたが、貴殿らだけに、この、事件を、背負わせる訳には、いかすまい。……それに」
「……レンが、再び、剣を、持ったのも、こうして、私の所に、会いに来たのも、単なる、偶然では、ないだろうと、思ったのだ。……私も、再び愛刀を、握る日が、来たのだと、な」
「……ありがとうございます」
龍也も、その、言葉に、深々と、頭を、下げた。
その時、食堂の、扉が、開かれ、レンと、ゆうこが、やってきた。
「……大丈夫か、二人とも」
龍也が、尋ねる。
「……なんじゃな。……腹が、減ったのう」
ゆうこが、いつもの、豪快な、声で、笑う。
「はは。……よし。夕飯にしよう!」
龍也の、その、言葉を、合図に、食堂は、一気に、賑やかになった。
三上隊長を、囲み、ささやかな、歓迎会が、始まった。
それは、長野の、夜空の下で、新たな、仲間との、絆が、深まる、温かい、宴の、始まりだった。
龍也は、宿屋の主人に、それとなく、温泉のことを、尋ねてみた。
さすがに、身近な、話題らしく、主人は、魔物のことについては、知っていた。
「ええ。裏山の方に、妙な魔物が、住み着いちまってねえ。……お客が減って困っとります」
しかし、不思議なことに、この、宿場町には、魔物が、襲ってこないのだという。
「……なぜ、襲ってこないのかは、分かりません……裏の、酒場にでも、行けば、何か、聞けるかもしれませんな」
宴で皆が、盛り上がっているのを、横目に、龍也は、シンジに、声をかけた。
「……シンジ、付き合ってくれるか」
「……ああ」
二人は、宿を、抜け出し、裏の酒場へと、向かった。
宿の、裏通りに、面した、小さな町にしては、広めの酒場。
さすが、討伐者が、よく訪れる温泉の、宿場町だ。
しかしその、広さの割には、客は少ない。魔物の影響で、客足が、減っているのだろう。
龍也が、カウンターに、腰を下ろし、ビールを、頼んで、店主に、話を聞いた。
これまでの、旅路では、胡散臭がられて、なかなか、まともに、話してくれた店主は、いなかった。
しかし、ここでは、客足が、減っているせいか、店主は、親身になって、色々と話してくれた。
しかも、かなりの、情報通だった。
彼の話は、龍也が、想像していたよりも、遥かに、深い、内容だった。
客にも、話を聞いてみたが、来たばかりで、温泉に、入れないのを、がっかりしている、討伐者ばかりで、特に、新しい情報は、得られなかった。
宿に戻ってみると、まだ宴は、盛り上がっていた。
じんたが、得意の、手品を、披露していたが、なぜか、助手にかすみが、なっている。
レンと、三上隊長は、熱く、腕相撲を、している。
ゆうこは、他の客たちと、酒を酌み交わし、すごく、楽しそうだ。
二人が、帰ってきて、一瞬、静かになったが、龍也が、
「話は、明日、話すから、続けな」
と、言うと、再び宴は、再開された。
龍也たちも、酒を、飲み直した。
ゆうこが、そばに寄ってきて、龍也に、尋ねた。
「……どこ、行っとったん?……何、してたんじゃ?」
彼女の、耳元に、そっと、小さな声で「……あとで、な」と、囁いた。
「……なんじゃぃ」
ゆうこは、そう、言って、ほんのり赤く、染まっている。
酔っていて、絡まれそうになった、が、なんとか、それを、かわし、龍也は、のんびり、宴を楽しんだ。