第九七話 秘湯の嘆き、野沢菜の温もり編 その四
長野の街を出て、三十分ほど、歩いた、その時だった。
山道へと、差し掛かった、草むらが、ざわり、と、不自然に、揺れた。
「……来るぞ!」
シンジの鋭い、警告が飛ぶ。
土の中から、現れたのは、見たこともない、魔物だった。
その名は「モグリーフ」。
全身が、苔と草で、覆われた、モグラの、姿をしている。
退化した目は、不気味に赤く光り、その巨体は、土と草に潜りながら、移動する。
「……モグラか!?」
龍也が、ヤリを、構える。
モグリーフは、地面に、潜り込むと、次の瞬間、龍也の、足元から、飛び出した。
「くそっ!」
龍也は、咄嗟に、飛び退く。
そして、モグリーフが、腕を、振り上げると、その、苔と草で、できた腕から、何本ものツルが、鞭のように伸びた。
その、ツルが、じんたと、かすみの、身体に絡みつき、二人を拘束する。
「うわあっ!」「きゃあ!」
「じんた!かすみ!」
龍也が叫ぶ。
モグリーフは、拘束した、二人を、地面に、叩きつけようと、引きずっていく。
「……レン!頼む!」
シンジの、指示が飛ぶ。
レンは、破城剣を、抜き放つと、迷わず、ツルへと、斬りかかった。
ギィン!
破城剣の、切れ味が、草のツルを、容易く断ち切る。じんたと、かすみは、解放された。
モグリーフは、再び、地面に、潜り込む。
そして、今度は、シンジの、足元から、飛び出し、その、鋭い爪で、突き上げようとした。
「くそっ!」
シンジは、それを、かわすため、わずかに、体勢を、崩した。
その、一瞬の、隙。
モグリーフが、その、身体から、無数の、草の根を、伸ばした。
シンジの、身体が、草の根に、絡め取られ、拘束される。
「シンジ!」
龍也が叫ぶ。
その、絶体絶命の、ピンチ。
ゆうこが、水晶の杖を、天へと掲げた。
「……そこじゃあ!」
「ヴォルト!」
放たれた、雷撃が、モグリーフの、巨体に、直撃する。
「グオオォォォ!」
雷撃を、浴びたモグリーフは、一時的に、動きが、止まった。
その、隙を、レンは、見逃さない。
彼は、破城剣を、構え、拘束された、シンジの、足元へと、駆け寄る。
そして、一撃で、シンジを、拘束していた、草の根を、全て断ち切った。
「……すまん」
すぐに、体勢を、立て直した。
二人の、トップアタッカーが、動きを、止めた、モグリーフへと、同時に、襲いかかる。
シンジの、「双牙」が、モグリーフの急所を、正確に捉える。
レンの、破城剣が、その身体を、深々と貫く。
モグリーフは、断末魔の、咆哮を上げ、その身体を、覆っていた、苔と草が、ボロボロと、崩れ落ち、ただの、土塊と化して、地面に、沈んでいった。
戦いは、終わった。
一行は、息を、弾ませながら、互いの、無事を、確認する。
しかし、この、新たな、魔物の、拘束攻撃は、彼らにとって、新たな、課題を、突きつけていた。
激闘を、終え、一行は、再び、歩き始めた。
しかし、じんたと、かすみは、まだ、半ベソを、かいている。
「……怖かったべ〜!」
じんたが、龍也に、泣きつく。
「……レンが、いなかったら、私……」
かすみも、レンに、縋るように、震えている。
龍也は、じんたの頭を、優しく、撫でてやり、レンは、かすみの、肩を抱き、慰めた。
「……大丈夫だ。……もう、怖くないからな」
その、温かい、仲間の優しさに、二人は少しずつ、落ち着きを取り戻していく。
しかし、その、安堵も、束の間だった。
また、少し、歩いた、竹林の脇を、通りかかった、その時。
ザザザッ!
竹が、激しく、揺れる。
「……気を付けろ!」
シンジの、鋭い、警告が、飛ぶ。
竹林の中から、飛び出してきたのは、「バンホッパー」
竹の節でできた、甲冑のような、体を持つバッタの、姿をしている。その、脚は鋭い、竹の刃。
バンホッパーは、甲高い、鳴き声を上げた。
そして、その身体を、高く、跳躍させた。
竹脚が、カミソリのように、鋭く、龍也たちを、切り裂こうと、襲いかかる。
シンジが、鈎で、それを受け止めるが、その、衝撃は凄まじい。
「くそっ!硬え!」
レンの、破城剣が、閃くが、バンホッパーの、硬い甲冑には、弾かれてしまう。
その時、バンホッパーが、その脚を、激しく振り上げ、無数の、竹の破片を、飛ばしてきた。
それは、まるで、雨のように、降り注ぐ、遠距離攻撃。
「隠れろ!」
龍也の、指示で皆が、一斉に、身を隠す。
しかし、その、竹の破片が、かすみの、腕をかすめた。
「きゃっ!」
かすみの、腕に鋭い、切り傷が入る。
「かすみ!」
龍也の、悲痛な叫びが、響く。
その、かすみの、負傷を見た、レンの瞳に、一瞬暗い影が、よぎる。
(また、俺のせいで……)
彼の、手の中の、破城剣が、震える。
しかし、次の瞬間、その悲しみの影は、怒りの炎へと、変わった。
(……もう二度と、大切な仲間を、傷つけさせは、しない!)
レンの、身体から、凄まじい、殺気が、放たれた。
「…許さん……」
彼の声は低く、しかし重い。
その怒りの、オーラに、バンホッパーが、一瞬、怯んだ。
レンは、破城剣を、構え、バンホッパーへと、一気に、駆け出した。
もはや、そこに、迷いはない。
ただ、仲間を、守るという、強い、意志だけ。
彼の、剣技は、衛兵時代を、遥かに、超え、神がかった、領域へと、達しようとしていた。
承知いたしました。レンの新技「天破斬」を交えた戦闘シーンの続きを執筆します。
第百二話 信濃の風と、隠れし里編 その弐拾弐:竹林の奇襲(続き)
レンの、身体から、放たれた、凄まじい、殺気。
その、怒りの、オーラに、バンホッパーが、一瞬、怯んだ。
「……邪魔だ……」
彼の、声は、低く、しかし、重い。
その、瞳には、もう、迷いも、恐怖も、ない。
あるのは、ただ、仲間を、守るという、強い、意志だけ。
レンは、破城剣を、構え、バンホッパーへと、一気に、駆け出した。
彼の、剣技は、神がかった、領域へと、達しようとしていた。
バンホッパーが、ジャンプ斬りで、襲いかかる。
しかし、レンは、その、速度を、完全に、見切っていた。
紙一重で、竹脚の斬撃を、かわすと、その、身体の、下へと、潜り込む。
そして、空高く、跳躍した、その瞬間。
レンの、手の中で、破城剣が、眩い光を、放った。
「……天破斬!」
その剣を、振り下ろした、瞬間。
空間が、切り裂かれるような、轟音が、響き渡った。
それは、まるで、天をも裂くかのような、一撃。
剣から、放たれた、光の刃が、バンホッパーの、硬い甲冑を、容易く断ち切り、その、身体を、真っ二つに、両断した。
ドサッ、と、いう、鈍い音と共に、バンホッパーの体は、地面に崩れ落ち、動かなくなった。
その、あまりにも、圧倒的な、威力に一同は、息を飲んだ。
龍也たちが、駆け寄ってくる。
「レン!……お前……」
龍也が絶句する。
レンは、肩で息を、弾ませながら、破城剣を、鞘に納めた。
彼の、瞳にはまだ、怒りの炎が、残っている。
しかし、その、顔はどこか、吹っ切れたような、清々しさを、帯びていた。
レンがが、駆け寄る。
「かすみさん!……腕、大丈夫ですか!?」
かすみは、その、レンの、声に、はっとしたように、振り返り、優しく、微笑んだ。
「……うん……大丈夫。……もう、怖くない」
長野の、竹林に、温かい、陽光が、差し込む。
あと、小一時間で、飯山の街が、見えてくるはずだった。
一行が、少しだけ、安堵の、息をつき始めた、その、瞬間だった。
空間が、ぐにゃりと、揺らいだ。
一瞬、めまいと、地震が、同時に、来たような、錯覚に、陥る。
「……なんだ!?」
龍也が叫ぶ。
その空間の歪みが、中央でパキッ、と、音を立てて、亀裂となり、闇がその口を、大きく開いた。
そしてその、亀裂の中から、一体の、魔物が、姿を現した。
それは、漆黒のローブに、全身を包み、フードの奥は、闇で顔が見えない。
両腕には、魔力を帯びた、禍々しい、鎖が、巻かれている。
「……あれが……」
龍也の、脳裏に、あの野沢温泉の、噂がよぎる。湯の番人。
その魔物「ヴェルザーク」は、一行を、見つめると、不気味な、笑い声を、上げた。
「ククク……愚かな、人間どもめ。……闇の王ゼノス様の、邪魔をする者は、誰であろうと、許さぬ」
そして、彼の、ローブの奥から、腕がゆっくりと、伸びる。
その、手のひらが、一行に向けられた、瞬間。
ドォォン!
空気が、爆ぜるような、音と共に、小規模の、爆炎が、放たれた。
「フレイムバースト!」
龍也たちが、咄嗟に、散開し、炎をかわす。
「……くそっ!攻撃が、効かない!」
シンジが、ヴェルザークへと、飛び込み、鈎を、叩き込むが、ローブに、阻まれ、ダメージを、与えられない。
レンの、破城剣も、その、漆黒のローブには、弾かれてしまう。
全く、攻撃が、通用しない。
「ヴェルザークは、ただの、肉体ではない!……あれは、魔力の塊みたい!」
かすみが、叫ぶ。
「ヴォルト!」
ゆうこの、雷撃が、ヴェルザークに、直撃する。しかし、そのローブは、魔法耐性も、高いらしい。
わずかに、怯むだけだ。
「アルドゥル!」
かすみの、炎魔法も、同じく、決定打には、ならない。
その時、ヴェルザークが、片腕を、空へと、掲げた。
その、掌から、青白い、水の塊が、生成され、鋭い、槍となって、レンへと、放たれた。
「アクアランス!」
レンは、破城剣で、それを受け止めようとするが、水の槍は、彼の剣を、すり抜け、その腹部に、深々と突き刺さった。
「ぐっ……!」
鮮血が、舞う。
レンは、その場に、膝を、つく。
「レン!」
そのレンの、深手を負った姿を見た、かすみ。
彼女の、心に、再び、恐怖が、押し寄せる。
その、あまりの、無力感に、かすみは、絶叫した。
その、かすみの、叫び声に、呼応するかのように、彼女の、髪に飾られた「陽晶の髪飾り《ソルクレスト》」が、眩い光を、放ち始めた。
そして、その光は、かすみの、全身を包み込み、彼女の、瞳には確かな、光が宿る。
それは、新たな魔法の、覚醒の光だった。
「……静魂!」
かすみの、口から、紡ぎ出されたのは、新たな、精神魔法。
その、光の波動が、ヴェルザークの、身体を、包み込んだ。
「な、なんだと……!?」
ヴェルザークが、狼狽する。
その、波動は、ヴェルザークの、身体から、放たれていた「波動妨害」の、力を、打ち消し、パーティ全体に、精神攻撃への、一時的な、無効化を、与える。
しかし、ヴェルザークの、攻撃は、止まらない。
彼は、不気味な、笑みを、浮かべると、両腕の、鎖を、交差させた。
その、瞬間。
周囲の、空間が、ぐにゃりと、歪む。
「ミラージュウェーブ!」
視界が、歪み、仲間たちが、二重に、見える。混乱効果だ。
「くそっ!」
龍也は、頭を、押さえる。
しかし、かすみの「静魂」の、効果で皆、混乱は、免れていた。
「じんた!あいつの、鎖を、狙え!あれが、力の、源だ!」
龍也の、指示が、飛ぶ。
じんたは、影から、飛び出し、ヴェルザークの、腕に巻かれた、鎖へと、ナイフを、突き立てる。
しかし、鎖は、硬い。びくともしない。
「……くそっ!斬れねえべ!」
一行は、総動員で、ヴェルザークに、立ち向かうが、全く、攻撃が、効かない。
その、あまりの、力の差に、絶望しかけた、その時だった。
ヴェルザークが、杖を、掲げ、炎系の、魔法を、詠唱し始めた。
それは、トドメの、一撃。
「……愚かな、人間どもめ。……これで、終わりだ」
その、言葉と、共に、ヴェルザークの、杖の先から、巨大な、火球が、生成される。
龍也たちが、死を覚悟した、その、瞬間。
シュッ!
林の、影から、閃光の、ごとき、速さで、何かが、飛び出してきた。
その刀身は、ヴェルザークの、杖を、真っ二つに、断ち切ったのだ。
「な、なんだと!?」
ヴェルザークが、驚愕の声を、上げる。
そして、その、影の中から、現れたのは、あの、レンの、剣の恩師「三上元隊長」だった。
彼は、長野から、ずっと、龍也たちを、つけてきて、見守っていたのだ。
杖を、失った、ヴェルザークは、怒り狂ったように、叫んだ。
「……おのれ、人間どもめ……!……闇の王、ゼノス様は、必ず、貴様らに、報いを与えるだろう……!……覚えておけ……!」
そう、捨て台詞を、残すと、ヴェルザークは、空間に、亀裂を、作り出し、その中へと、消えていった。
戦いは、終わった。
しかし、その、勝利は、あまりにも、大きな、代償を、伴っていた。
レンは、その場に、膝をつき、腹を、抑え、苦しそうに、喘いでいた。
ゆうこが駆けつけ「ヒーリング・タッチ」
傷は塞がったが、応急処置でしかない。
かすみが手を握り、心配で目に涙を、浮かべている。
「かすみ、泣いとる暇なんかないけぇ、はよう飯山に行かんといけんのじゃ!」
龍也は、三上元隊長に、深々と、頭を、下げた。
「……三上隊長!……ありがとうございます!」
「そんな事は後じゃ、急でレンを運ぼう!」
シンジが担ぎ、急ぎ飯山に向かった。
新たな強敵。そして、新たな仲間。
すでに戦いの、火ぶたは、切られた。