第九六話 秘湯の嘆き、野沢菜の温もり編 その参
集められた、野沢温泉に関する情報。
しかし、肝心の、ヤマタノゴモラへの、討伐攻略は、ほぼ、分かっていなかった。
「……ギドラの時は、対抗兵器があった。……だが、今回は、今のところ、何もない」
(……何とか、探りを、入れられないものか。……しかし、これ以上、長野で、情報は、得られないだろうか、いっそ飯山まで行って、前線体制で・・・)
「……なに、ブツブツ、言うとんじゃ」
「ん?……ほかの、みんなは?」
「あんたが、考え込んで、顔色悪そうだからって、皆で、買い出しに、行きよったぞ」
少し悩んで、
「……ゆうこ。……出かけるか」
「どこにじゃ」
「あそこだよ。……あそこ」
そう言って、宿の外へと、歩き出した。
「あそこって、どこじゃ!?」
ゆうこは、さっぱり、分からなかったが、手を引かれることに、悪い気は、しなかった。
そうして、着いたのは、あの夜の、古寺だった。
ゆうこの中で、あの夜の事が、思い出される。
一人、酔いしれてると、
「……境内に行くぞ」
龍也が、そう言うと、ゆうこは、疑問符を、頭に、浮かべながらも、その、後をついていった。
境内では、白髪の、住職が、一人、静かに、庭を、掃いていた。
龍也は、住職に、一礼すると、単刀直入に、尋ねた。
「……ここから、少し離れた、温泉に、悪い魔物が、住み着いています。ご存知ですか?」
あまりに、藪から棒な、問いかけに、住職は目を、見開いた。
「……はて?……存じませんな」
「……左様ですか。……幾多の教えを、守る方も、万物を知ることは、難しいのですね」
そう、皮肉めかして、言うと、住職の、顔色が、少し変わる。
「……はて。そなたは、一体何が、言いたいのですかな」
「その、悪さする魔物。……我々が討伐しに、行きます」
龍也は、そう、告げると、住職の目を、まっすぐに、見つめた。
「……それゆえ、仏様の力を、少し、お借りしたい」
「……なんですと?……仏の力を、借りるとは、どうやって、なさるおつもりで?」
住職の、その、問いに、龍也は、にやりと、笑った。
「……そんな、難しいことでは、ありません………」
宿に帰った龍也たちは、寺でもらったものを、袋に入れ、シンジたちの帰りを、待った。
「ただいまー!」
元気な声と共に、部屋の戸が、開けられ、シンジ、かすみ、じんた、レンの四人が、戻ってきた。
「タツヤ!大丈夫か!」
じんたが、龍也の元へ、駆け寄ってくる。
元気な、じんたの姿を見て、微笑んだ。
「ああ。もう、すっかり、よくなったよ。……心配かけて、すまなかったな」
「よがったべ!じゃあ、もう、大丈夫だべな!」
「ああ」
「なあ、シンジ、ここでまだ、何か掴めると、思うか?」
首を横に振る様子を見て、
(同感だな。……やはり、この、長野の街では、これ以上の、情報は、得られないか)
腕を組み、考え込む。このまま、ここにいても、ラチが明かない。
「……どうする?タツヤ」
シンジが、静かに、問いかける。
龍也は、皆の、顔を、見渡した。
「……よし……こうなったら、こちらから、探るしかない」
地図を広げた。
「……これから、向かう、飯山の、街まで、行こう。そして、飯山を、前線基地として、そこから、近場から、野沢温泉の、情報を得る。……どうだ?」
その、提案に、皆が、頷いた。 もはや、躊躇はない。
ここにいても、何も、始まらない。
自分たちの、足で、直接、情報を、掴みに、行くしかない。
「……よし。……明日の、朝、早く、出発するぞ!」
その夜は、長野での、最後の夜だった。
皆で、夕食を、囲んだ。
温かい、湯気が立ち上る、鍋を囲み、笑い声が響く。
美味い飯を、腹一杯食べ、酒を酌み交わす。
そして、一日の疲れを、癒すために風呂に入り、それぞれの布団へと、潜り込む。
身体の疲れを癒し、夕飯を食べ、就寝する。
この、当たり前な日常の流れ。
だが、龍也は、布団に横になりながら、ふと思った。
(……これは、本当に、当たり前なのだろうか?)
この一つが、欠けただけで、当たり前では、無くなるのではないか。
その、些細な、一つ一つの、ずれが、少しずつ歪に、代わり、やがて小さなずれが、埋まらない溝になり、終いには、塞がらない、亀裂に代わる。
それは、人にも、物にも、魔物にも、言える原理では、ないだろうか。
聞こえてくる、じんたの、豪快な、いびき。
彼らは皆、この、当たり前の、日常を求めて、ここにいる。
その、当たり前を、守るために、命を、懸けている。
(……この、当たり前の、尊さ)
龍也は、そっと、目をつむった。
それは、この過酷な異世界で、彼が改めて、見出した真実だった。
長野の、夜は、彼らにとって、明日への、活力を与える、静かな奇跡に、包まれていた。
出発の早朝。
まだ、ひんやりとした、朝の空気の中、日の出と共に、長野の街を、歩き出した。
目指すは、次の宿場町「飯山」。ここから、約八時間の、道のりだ。
まだ、足りない、ピースが、ある。
野沢温泉の、真の、攻略法。そして、闇の王ゼノスという、巨大な、脅威。
しかし、龍也の心は、今は不思議と、前向きだった。
(……この、旅の途中で、きっと、ヒントが、見つかる)
そう、ポジティブにしか、今は感じられない。
この、仲間たちと、一緒だからこそ。
昨日から、龍也の、様子を、今まで以上に、注意深く、観察する者が、一人いる。
ゆうこである。
見た目からは、何ら変わらぬ、いつもの様子。
しかし、彼女だけは、何か、かすかな、異変を、感じ取っているのだろう。
その、眼差しは、決して、女の目ではない。
鋭く、そして、どこまでも、冷静な、医者の目だった。
(……脈拍は、安定しとる……顔色も悪うない……しかしこの、わずかな、魔力の、乱れは、なんじゃ……?)
ゆうこは、龍也の、背中を、見つめながら、その、掌を、そっと、胸の、あたりに、かざす。
龍玉の、微かな、光が、彼女の、手のひらで、脈打っている。
それは、彼女だけが、感じ取れる、龍也の身体の、奥底で起こっている、わずかな変化。
龍也自身も、まだ、気づいていない、その異変の、正体とは一体、何なのか。
ゆうこの、心の中には、新たな謎と、そして、かすかな不安が、渦巻いていた。
そして、気配もなく、後を付けてくる、影が一つ。