第九五話 秘湯の嘆き、野沢菜の温もり編 その弐
長野組は、準備を終え、三人の帰りを待っている。
一方松本組の、シンジ、じんた、そしてレンの、三人は、松本への道を、急いでいた。
道中、現れる魔物は、彼らにとって、もはや、修行の、相手でしかない。
シンジとレンは、現れる魔物と、競い合うように、積極的に、戦闘を、仕掛けた。
二人の連携は、見事に、完成されていた。
シンジの、眠鋼の曲牙 が、敵の、動きを、封じ、レンの、破城剣が、それを、一撃で、断ち切る。
ほとんどの魔物は、二人の、攻撃の前に、瞬殺された。
じんたは、その後を、追って、落ちた、戦利品と、金を、拾い集める。
しかし、じんたも、ただの、お荷物では、なかった。
彼らの、激しい、行脚は、彼の、足腰を、極限まで、鍛え上げ、その、スピードは、さらに、向上していた。
いつの間にか、彼は、新たな、技を、身につけていたのだ。
『神速居合』それは、敵よりも、必ず、先制し、高威力の、一撃を、放つ、シーフの、奥義。
そして、暗殺者の指輪による、即死効果も、さらに、アップし、どんな強敵も、一撃で、倒すことが、多くなってきていた。
「じんたさん、すごいです!僕では、まだ、一太刀で、倒せない、魔物もいるのに……」
レンが、じんたを、素直に、褒める。じんたは、「へへっ」と、照れながら、頭を、かいていた。
結局、十時間かかるはずの道のりを、六時間で、松本の街に、到着した。
早速、屯所に行き、テツヤに、話を聞いた。
やはり、衛兵は、貴重な情報を、持っていた。
それらの、話を聞き、レンは、テツヤと、すこしだけ、元隊長談義をした。
「……長野には、もう、用はない。それに、夜の、魔物も、戦ってみたい」
シンジが、そう、呟いた。
その言葉に、じんたは、「ま、まじか!?」と、顔を、青ざめたが、シンジとレンは、夜の、魔物との、戦いに、心躍らせている。
その足で、長野へと向かった。
長野への道は、もう、夕暮れ時。
あたりが、闇に包まれ始めた、その時だった。
彼らの、行く手を、遮るように、一体の、巨大な魔物が、姿を現した。
その、名は、「ドラッケン」。
巨大で、筋肉隆々。縫い合わされた、皮膚には、電極や、針金が、不気味に、走っている。
犬のような、鋭い牙。目は赤く光り、夜闇の中で、ほのかに、浮かび上がっていた。
「……来るぞ!」
シンジの、警告が飛ぶ。
ドラッケンが、咆哮を上げた。
シンジが、鉄鈎を構え、ドラッケンへと、飛びかかる。
『眠鋼の曲牙』の曲刃が、電極の走る、皮膚を切り裂いた。
「……効かない!硬い!」
ドラッケンの肉体は、岩のように硬い。物理防御は、極めて高い。
ドラッケンが、口を、大きく開く。その、鋭い牙が、シンジの、腕を狙う。
「……くそっ!」
シンジは、間一髪で、その攻撃をかわす。
しかし、その、噛みつきは、ただの物理攻撃ではない。
犬の狂暴な噛みつきと、フランケンの電撃が、混合された、特殊な能力。
噛まれた対象は、持続的な麻痺と、軽度の混乱に、陥るという、恐ろしい攻撃だ。
「……くそっ!厄介な、奴だ!」
ドラッケンは、怒り狂ったように、咆哮を上げた。
「ガウアアアアァァァ!」
耳を劈くような、その咆哮は、周囲の空気まで、ビリビリと、震わせる。
「……電撃吠えか!」
その音波は、聴いた者の、感覚を狂わせ、錯覚効果を生む。
しかも、ドラッケンは、夜行強化の、特性を持ち、暗闇では、敏捷性と、攻撃力が、大幅に上昇する。
夜間の、戦闘は、シンジたちにとって、圧倒的に、不利だ。
「……シンジさん!新技を、試す時だ!」
レンが叫んだ。
シンジは、頷いた。
「幻影双牙!」
シンジの、動きが、一瞬ぶれる。左手の斬撃。そして、間髪入れずに、右手の突き。
彼の身体から、残像が生まれ、幻影が辺りに、複数発生した。
それは、左手の主武器『眠鋼の曲牙』での斬撃と、右手の補助武器『隠刃・跳杭』での突きを、組み合わせた、新たな攻撃技。
幻影が、敵の位置感覚を、錯覚させ、ドラッケンは、一瞬戸惑う。
そして、その幻影は、ドラッケンの、体内の魔力と、共鳴し、軽い睡眠効果と、小型の敵を混乱させる、効果も持っていた。
「……今だ!」
その、シンジの、新技でわずかに、動きを止めた、ドラッケンへと、レンの、破城剣が、その背中を、深々と貫いた。
ドラッケンは、断末魔の、咆哮を上げ、その巨体を、地面に叩きつけ、動かなくなった。
夜の闇の中、新たな強敵を、倒した、三人は、息を、弾ませながら、互いの無事を確認した。
長野の街は、もう目と鼻の先だ。
松本組が、聞き込みから、戻ってきたのは、深夜だった。
松本の屯所に、話を聞きに行く際、龍也は、あらかじめ、門番に、夜半に帰る旨を、告げ、大門脇の、小扉から、入る許可を、得ていた。
寝静まった街を、じんた、シンジ、そしてレンの三人は、ゆっくりと、宿まで、帰った。
静かに、部屋の、扉を開けると、そこには、皆が眠っている、静かな、気配があった。
「ご苦労だったな」
龍也が、そっと、彼らに、声をかけた。
「なんだ、起こしたか?」
シンジが、驚いたように、尋ねる。
「いや、起きてたよ」
「話は、明日、聞くよ……ゆっくり、休んでくれ」
翌朝。
支度を整えて、朝食を済ませた後、
「さて。……松本での、報告を、聞かせてもらおうか」
三人は、龍也の言葉に、頷き、松本での、聞き込みの結果を、語り始めた。
「まず、野沢温泉の、異変は、やはり、源泉が、関係している、ということだ」
シンジが、静かに、説明を始める。
「源泉の成分が、魔物の、繁殖に、最適な環境らしい。そこから、次々と、魔物が、生まれている、ようだ」
「そして、洞窟の奥に、源泉が湧き出る、場所がありそこを、支配しているのが、ヤマタノギドラの、兄貴分、『ヤマタノゴモラ』。頭は、一つらしいが、口から、すごい、衝撃波を、発するという、情報も、得られた」
じんたが、それに、続く。
「あの、フードを、被った、ローブの男は、ヤマタノゴモラの、側近で、実行犯だろう、と、噂されていたべ」
「……あとは、以前、俺たちが、集めた情報と、ほぼ、重なるということですね」
レンが、そう、付け加える。
報告を、聞き終えた、龍也は、深く息を吐いた。
そして、テーブルに、広げられた、地図の上に、指を滑らせる。
「……なるほど……状況は把握した……では、作戦を練るぞ」
龍也の、瞳には、疲労の色は、あったが、そこには、確かな、決意の光が、宿っていた。
野沢温泉の、奇妙な符合。
その、裏に隠された、巨大な陰謀を暴き、ヤマタノゴモラを、討伐するため。
新たな、戦いが、今、始まろうとしていた。
長野の朝は、緊迫した、空気に、包まれていた。