第九二話 古寺の満天の星に語る涙
宿に戻り、次の予定を、話し合った。
「次の宿場町は『飯山』だ。ここから、約七時間の道のり……ここから先は、山道が、さらに、険しくなる。……食事も、ゆっくり、できない、行脚になるだろう」
龍也の、その言葉に、皆の顔が、引き締まる。
「……だからこそ、今夜は、ゆっくり、一杯食べようじゃないか!」
その提案に、皆、歓声を上げた。
街の食堂へと出向く。
テーブルには、この長野の、山の幸を、ふんだんに使った、ご馳走が、所狭しと、並べられた。
遅くなったが、レンの、歓迎会だ。
「乾杯じゃあ!」
ゆうこの、元気な、合図で、宴が、始まった。
皆、がっついて、食べる。旅の疲れと、空腹が、最高の、スパイスだ。
その、あまりの、食いっぷりに、だんだんと、周りの客が、一行に、注目し始める。
そして、ついに、誰かが「……おい、あいつら、松本の、英雄じゃねえか?」と、呟いた。
その、言葉は、瞬く間に、店中に、広がる。
すると、一人の、厳つい顔をした、男が、一行の、テーブルへと、やってきた。
その男は、レンの、顔を見るなり、
「レン!お前、こんなところにいたのか!」
と、声を上げた。
それは、レンの、剣の恩師、「三上元隊長」だった。
「……三上隊長!?」
レンが、驚きに、目を見開く。
三上隊長は、龍也たちに、深々と、頭を、下げた。
「……衛兵の、テツヤから、話は、聞いている……貴殿らには、大変、世話になった。そして、レン。……お前が、また、剣を、取ってくれて、本当に、嬉しい」
その、感動的な再会に、龍也は、改めて、この、世界の狭さと、人々の、繋がりの深さに驚く。
そして、三上隊長から、有益な、情報を、得ることができた。
「……そういえば、ここから、少ししたあたりに『野沢温泉』という、秘境があるんだ……昔は、討伐隊の、観光メッカでな……だが、最近は、妙な魔物が、住み着いた、という、噂だがね」
それは、まるで、龍也たちを、待っていたかのような、情報だった。
だんだんと、宴は、盛り上がっていく。
お決まりの、じんたの、手品が始まり、ゆうこは、他の客と、酒を酌み交わし、暴走気味だ。
レンも、意外にもノリが良く、かすみと、一緒に笑っている。
かすみも、その、レンの、楽しそうな笑顔に、大喜びだ。
シンジは、そんな、賑やかな光景を、ただ、楽しく眺めながら、静かに酒を飲んでいた。
(はじめて、胴上げされずに、すみそうだな……)
安堵している、矢先。
「飲んでんのか、シンジ!」ゆうこが絡んできた。
「おまえは、あっちで、騒いでろ」「なんじゃとぅ、まじめ武道め!」
じんたに連れられて、奥に騒ぎに行った。
「なんなんだ、あいつは!」
龍也の方を向いて、訴えた。
「なんかな、かすみに髪飾り選んだろ、それで、ちょっと、な」
「とばっちりか、勘弁してくれ」「すまんな」
グラスを、チンと鳴らして、飲み干した。
荒れてるゆうこをなだめ、ようやく宿に戻って、皆、寝た。
眠れぬ男がいた、そっと、部屋を抜け出し、外にでた。
空は晴れ渡り、満天の星とは、こういう事かと、思わされる、夜空だった。
少し肌寒い、夜風が心地いい、今夜の何気ない、レンの恩師が言っていた。
【野沢温泉に魔物が住み着いた】
と語っていた事が、頭から離れない。
そう、思い出すのは水上のギドラだ、状況が似ている。
(まさか、あの。最後の言葉、前線基地でも、共通する、あの方という兄。
そして松本の『闇の王・ゼノス』。
このどれかか、又は違う魔物なのか、いずれのしろ、もう俺たちは、逃げるわけには行かない。
これだけ、関わってしまった以上、知らないでは、許されないだろう。
ましてや、魔物が許さないだろう。今こうして、平穏に暮らしてるが、いつ、また、松本の様に、襲われるかも、知れない。しかも、俺たちのせいで・・・・)
「……何、ブツクサ、いうとんのじゃ、朴念仁」
そこには、腕を組み、不機嫌そうな、顔で、立っていた。
まだ、酒が残っているのか、その瞳は、潤んでいる。
「……どうした、まだ、酔ってるみたいだな。寝てて、いいんだぞ」
「ええんじゃ!眠くなんか、ないわい!ふん!」
「……少し、歩くか」
「ふん!」
と、言いながらも、黙って、後を、ついてきた。
少し歩いた所に、この街で、有名な、古い寺が、あった。
その、寺の、近くの、ベンチに、腰掛けた。
静かに、夜空を、見上げる。
「……なんか、機嫌悪いけど、どうした?シンジも、迷惑そうにしてたぞ」
「……ふん、言いとうないわ」
ぷいっと、そっぽを向いた。
そっと、ゆうこの、横顔を、覗き込んだ。
月明かりが、彼女の、頬を、淡く、照らしている。
その、潤んだ瞳の奥に、何かまだ、言えない、感情が、渦巻いているのが、分かった。
「……言いたくないなら、無理には、聞かん」
そう、言うと、小さく、呟いた。
「……かすみに、髪飾り、選んどったじゃろうが……」
「ああ、あれな。……あれは、かすみに、いいかな、と思ってな」
「ふん。……ずるいわい」
ゆうこが、小声で、そう、呟く。
「……でも、あれは、レンが、買ったんだぞ」
「……そんなんは、結果じゃろうが……」
ゆうこの声は、だんだんと、泣きそうに、なっていく。
「……ええなぁ、と、思とったんじゃ……」
「……すまなかったな。……そんな思い、させてしまって」
そう、言うと、そっと、肩を、抱いた。
「……悔しいんじゃ……」
消えそうな、声で、彼女は、繰り返した。
「……なあ、ゆうこ」
「……なんじゃ…」
「……お前にもらって、欲しいものが、あるんだが……」
少し照れながら、言って、懐から、そっと取り出した、品物を、下を見た彼女の目の前に、差し出した。
それを、見つめ、そして、ゆっくりと、顔を、上げ、龍也を、見た。
その、涙一杯の目から、涙が、溢れてくる。
「……これは……?」
「……お前に、似合うかなあ、と思ってな」
照れながら、そう、言った。
何も言わずに、その品を、手に取ると、ただ、じっと、眺めている。
彼女の瞳から、とめどなく、涙が、溢れてきた。
龍也は、おろおろしたが、そっと、自分の、袖で、彼女の、頬を、拭ってやった。
ゆっくりと、抱きついてきた。
抱きしめた、身体が、小さく、震えているのが、分かる。
彼女が、落ち着くまで、優しく、抱きしめ続けた。
やがて、そっと、身体を、離した。
そして、それを、眺めながら、まだ、涙の、跡が残る、顔で、嬉しそうに、聞いた。
「……どうしたんじゃ、これ……?」
その、言葉には、もはや、迷いも、悲しみも、なかった。
「何か俺だと思うものを……その……持ってて欲しくてな……」
恥ずかしくなって、顔が見れなくなった。目をそらした、その顔を、
彼女はそっと両手で押さえ、顔を自分に向けて、まじまじと目を見つめ、
「もう十分……うちの中に……住み着いとるわい……」
そう言って、二度目の優しい、愛をかみしめた。
満天の夜空に照らされた、古寺のベンチで、また一つ深まった、二人であった。
使い方は合ってないと思うが、牛に引かれて、なんとやらである。
※因みに、龍也が贈った品が、ネックレスである。
なぜ、作中、入れなかったかと言うと。
購入した、時系列とこの場面に説明したらムードが・・・と言うことで、以下に解説。
かすみの、髪飾りの購入を終え、皆が別の品物を、物色している、その隙に。
彼は、そっと、ショーケースの、別の一角へ移動する。
そこには、白銀の、繊細な細工が形作られた、首飾りに、美しい翠玉が、嵌め込まれた、ネックレスが、飾られていた。
それは「陽翠の首飾り《ソレリーナ》」
(……これは……)
龍也の、目は、そのネックレスに、釘付けになった。
店主が、その、特徴と、性能を、説明し始める。
「これは、賢者専用の、ネックレスでございまして、常時魔力回復の効果がございます。
日中、太陽の下では、回復速度が、さらに、上昇いたしますが、夜間や、太陽光の届かない場所では、回復量が、低下する、という、特性がございます。……そして、精神抵抗の、副次効果も、ございます」
その、説明を、聞くにつれて、龍也の、心臓が、高鳴った。
これは、まさに、ゆうこのための、装備だ。
彼女は、まだ、賢者ではない。しかし、その、素養を持つ、彼女には、これ以上の、贈り物はないだろう。
そう思い、こっそりと、購入していたのである。長々すいません。