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第八六話 木霊の谷と、鞘に眠る誓い編 その八 最終話

 龍也が、皆に、問いかけた。


 その言葉に、真っ先に、反応したのは、じんただった。

「おら!おら、行きてえところ、あるべ!『軽井沢かるいざわ』!なんか、避暑地で、金持ちの、お嬢様が、いっぱい、いるって、噂だど!」

 その、あまりにも、不純な、動機に、皆、呆れるしかなかった。


 次に、口を開いたのは、かすみだった。

「……私は…あの……松本城に、もう一度、行ってみたいです。……王様に、きちんとお礼を、言いたいし、あと……、お城の図書館が、すごく気になります……」

 彼女は、やはり、知的な好奇心が、強い。


 ゆうこは、腕を組み、唸るように、考え込んでいた。

「……わしはな……この辺りで、何か珍しい、薬草が生えとらんか、探してみたいのう。……薬師としては、現場での、採取が一番の、勉強じゃけえ」

 さすが医者。どこへ行っても、その、探究心は、揺るぎない。


 そして、シンジ。

「俺は、どこでも構わない……ただこの体力を維持できる、場所ならどこでもいい」

 彼の、関心は常に、己の肉体と、それに伴う、戦闘能力の、向上にあった。


 龍也は、皆の意見を、一つ一つ、丁寧に聞いた。そしてぽつりと呟いた。

「……そうだな。……まずは、ゆうこの案を、採用しよう」


「わしの、案を!?」

 ゆうこが、目を丸くする。


「ああ。……薬草探しなら、この、塩尻の周辺でもできるだろう……それに、何よりその現場での採取が、お前の新たな力に、繋がるきっかけになるかもしれない」


 龍也の、その言葉に、ゆうこは、少しだけ、照れくさそうに頷いた。 


 夕方になり、そろそろ宿で夕飯をどうするかと相談している、その時だった。

 宿の入り口の扉が、ゆっくりと開かれた。そこに立っていたのは、レンだった。


「おお、レン!もう実家はいいか?」

 じんたが声をかける。

 レンは少しはにかみながら言った。

「……いえ。もしよかったら、皆さん、うちでご飯食べませんか?僕の両親も、皆さんにぜひお礼が言いたいと」


 その思いがけない誘いに、一行は顔を見合わせた。

「おお、ええのう〜!」「そちらが迷惑でなければ、喜んでお呼ばれさせて頂こうかな」

 シンジは無言でレンと固い握手を交わした。

 かすみは喜びで声も出ない。内心では(きゃー!)と可愛らしい悲鳴を上げていることだろう。


 こうして、一行はレンの実家でご馳走になることになった。


 レンの実家は、街の外れにひっそりと佇む、質素だが温かい一軒家だった。

 中に入ると、レンの両親が、温かい笑顔で、一行を迎えてくれた。

 テーブルには、山海の幸が所狭しと並べられている。鹿肉のロースト。川魚の塩焼き。そしてこの地方の名物である野沢菜漬けやそばがき。


 夕飯は穏やかに始まった。

 レンの両親が龍也たちに深々と頭を下げる。


「……息子が大変お世話になりまして」

「いえいえ。レンこそ、俺たちを助けてもらってます」

 龍也がそう答える。


 じんたはレンの父親から、木こりの仕事の話を、熱心に聞いている。

「へえー!そんなに大変な仕事なんだべか!」

 ゆうこはレンの母親と料理の話で盛り上がっていた。

「この野沢菜漬け、めっちゃ美味いがな!レシピ、教えてくれんかね?」

 かすみはレンの隣に座り、少し照れながら、しかし幸せそうに食事をしていた。

 シンジは黙々と山賊焼きを頬張っている。


 酒が進むにつれて徐々に会話もエスカレートしていく。

 父親は、レンの腰に、王から授けられたばかりの破城剣が、しっかりと帯刀されているのを見つけると、目を細めて言った。

「……お前も、ようやく、吹っ切れたようだな。……衛兵を辞めてまで、苦労をしてたが、こうして、頼れる仲間を見つけ、また、剣を振るうことができるようになったこと、本当に、嬉しく思うぞ」

 その言葉にレンは、静かに、しかし力強く、頷いた。


 食卓は盛り上がったが、決してハチャメチャな騒ぎにはならなかった。

 それは家族の温かい団欒の場であり、レンの故郷の温かさを一行が感じ取る、大切な時間だった。

 夜も更けていく。

 一行はレンの両親に深々と礼を言い、

「あすの朝、話し合おう」

 約束し、宿へ戻った。


 その夜も、なかなか、眠りにつけずにいた。


 月明かりの、照らす道を、ゆっくりと歩く。

 疲れては、いるのだろうが、どうにも、寝入れない。

(……前は、どうやって、眠っていたのだろう、たまに、そう想う。いつからこんなに、寝つきが悪くなったのだろう。以前は、何を、考えていたら、眠れたっけな)


「……何、なやんどんじゃ」

 もう、東山の金さん並みに、お決まりの登場だ。

「……いやあな、最近、眠れなくてな。いつから、こうなったんだっけな、って、考えてたんだ」

「……なんか、しょうもないのう」

「まあな」

「……寒くないか?」

「へいきじゃよ」「手、繋ぐか?」「野暮じゃのう」

 手をつないで、再び歩き始めた。

 夜の、静かな道を、ただゆっくりと。


「……なあ、ゆうこ」

「……夢って、なんかあるか?」

「……夢?……なんじゃ、薮から棒に」

「……いや、なんか、聞いたことないなって思ってな……」

「……夢か。……無いことは、ない……じゃが、……すぐに、どうこう、なるわけでも、ないからな、言わんどくわ」

 歩きを止めた、固まった。ゆっくりと、顔を、見た。

 そこには、女神のような、優し……ではなく、小悪魔がいた、意地悪そうな顔をして、静かに、


「な〜に、びくついとんじゃ、朴念仁」

「……そうじゃのうて、医者のじゃ」

「……もっと、ぎょうさん、人を、助けたいっちゅうことじゃ。ば・か・た・れ」

 腹をつつかれた。

 その、不意打ちの、ツッコミと、愛情表現に、龍也の額に、冷や汗が、滲んだ。


 朝、日課の身体を動かす前に、かるく準備運動を、心がけた。


 朝食を済ませ、支度を整えた、少し後。

 レンが合流した。

「おはよう、レン」

「おはようございます!」

 龍也の、問いかけに、元気な返事が、返ってくる。

 見ると、彼の手には、すでに、旅の荷物が、まとめられている。


「早速だが、レン。もう、実家は、いいのか?」

「はい!両親にも、しっかりと、挨拶してきました。いつでも、行けます」


 よし。

 これで役者は、全員揃った。

 これまでの、情報を共有し、今後の旅路について、話し合いを始めた。


「……これからのことだが。今、決まっているのは、これから、行こうとする場所に、限らず、道中で、山や、林に、立ち寄って、薬草を調べよう、ということだ」

 それは、ゆうこの、強い希望だった。


「そこでだ。皆で、どこに向かうか、決めたいんだが。何か、意見は、あるか、レン?」

 問いかける。

 レンは、少し考え込むと、地図を広げ、指を滑らせた。

「……そうですね。……松本と安曇野は、非常に近いので、まずは、松本に寄って、その足で安曇野まで、行くのは、どうでしょうか


「なるほど」

 龍也の、顔に、笑みが、浮かぶ。


「……かすみの、意見を、解決しながら、ゆうこの、研究も、兼ねる。……そして、旅は、先に、進む。……一石三鳥だな。……異論は?」

 誰も、反対する者は、いなかった。


「よし!決まりだ。……少ししたら、出発しよう!」

 龍也の、号令と共に、一行は、最後の準備を始めた。

 そして、松本へ。

 了

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