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第八二話 木霊の谷と、鞘に眠る誓い編 その四

 夕暮れ前。

 一行は、ついに、目的地である「松本」の街に到着した。

 その、城下町の雰囲気は、これまで彼らが、訪れたどの街とも、明らかに違っていた。


 新宿のような、冷たく無機質な、コンクリートジャングルとは違う。

 歴史を感じさせる、石畳の道。美しく手入れされた、家々の並び。

 そして、街全体を、包み込むような、温かい活気に満ちた空気。

 そして、街の中心には、威風堂々とそびえ立つ、巨大な城。


「……王族が、いる街は、違うべな」

 じんたが、感嘆の声を上げる。

「家の、並びが綺麗じゃのう。……まるで絵じゃわい」

 ゆうこも、その美しさに、目を奪われている。

「お城が、すごく、美しいです!」

 かすみは、感動して目をキラキラと輝かせている。


 一行は、まず宿をとり一休みした。

 しかし、松本の門をくぐってから一人、レンだけは、ずっと、強張った面持ちでいた。

 その、不安と、苦悩の表情に、龍也が、声をかける。

「……やはり、辛いか、レン」

「……はい」

「……まだ、何も、始まっていないからな」

 シンジが、冷静にレンの、肩を叩いた。


「……とりあえず飯、食わんか?」

 龍也の、その提案に、皆が賛同する。

 一行は、宿の食堂へと向かった。


「……なあ、レン。ここの、名物って、なんだべ?」

 じんたが、少しでも、レンの、緊張を、和らげようと、話しかける。


「……はい。山賊焼きです」

 その、言葉に、龍也の料理人の血が、騒ぎ出す。

(山賊焼きか……。ニンニク風味のタレに漬け込んだ、大きな鶏胸肉に、片栗粉をまぶし、丸ごと揚げた料理……衣はサクサク、肉はジューシーで、辛もやしやマスタードとの相性が抜群……)

 龍也は、頭の中で、完璧な、レシピを、描き出す。


「おばちゃん!その、山賊焼きを、六つ!あと、野沢菜も、ちょうだい!」

 ゆうこが、威勢よく、注文した。


 やがて、熱々の、山賊焼きが、運ばれてくる。

 龍也は、一口、食べてみた。


「……こりゃあ、美味え!」

 熱気が、口の中に、広がる。衣は、サクサク、肉は、驚くほど、ジューシーだ。

 ニンニクの、香ばしさが、食欲を、刺激する。

 そして、野沢菜漬け、広げると茶碗一杯に広げご飯を包み込んで食べる。

 旨じょっぱい味に歯ごたえがいい。

「ごはんに、最高じゃわい!」

「うまいだろ!」

「んだ!うめえな!いぶりがっことは、まったく、ちげえだわ!」

 じんたも、負けじと、ご飯を、かきこむ。

 皆、たらふく食べて満足げな、顔で一息つく。ふぅ、と、大きなため息。


 龍也が、その、楽しげな、仲間たちの姿を、眺めていると、隣のシンジが、小声で、話しかけてきた。

「……聞いたか?」

「ん?何がだ?」

「……後ろの、人が、話してたことだ」

「後ろ?」

 龍也が、そっと、後ろを、振り返る。

 そこには、普通の男が三人、楽しそうに食事を、しながら団欒している。

 特に、変わった様子はないが、どうしたのだろうか。

「……なんか、また事件だ、って。……衛兵のって、聞こえたんだが」

「まじか!」

 龍也は、思わず、声を、上げそうになったが、間一髪で、堪えた。


 レンを、見ると、彼には、聞こえていなかったのか、ゆうこたちのやり取りを、楽しそうに眺めてる。


 食事が終わり、宿の部屋へ戻る。

 いろいろ考えたいが、とりあえず、今日はゆっくり休もう。


 翌朝。久々に、日課の、太極拳を行っていた。

 最近はずっと、歩き続けていたからな。そんなことを、思いながら、身体を動かす。

 宿の周りを見渡す。改めて綺麗な町並みだ。山あいだから、空気も美味い。

 ここからも、城が見える。王族がいる街は、やはり格が違う。


(王族とはいえここは、日本だ。城は普通に松本城。西洋のそれではない)

 ⁂……ここにきて、初めて使う、ファンタジーである、以後、お見知りおきを!………⁂


「……何、朝っぱらから、ブツクサ、言うとんじゃ!」

 相変わらずの、登場だ。振り向きもせず、苦笑いを、浮かべる。

「見てみろよ、壮観だぞ」

「ほうじゃな、綺麗じゃな」と、背後で景色を眺めてた。

 そして、不意に振り向き、まじまじと、その顔を見て。

「……お前もな」

 そう、言い残すと、さっさと、宿へと、戻っていった。

(……どうなったかは、ご想像で、どうぞ)


 部屋に戻ると、皆すでに身支度を整えていた。

 龍也は、まず、レンに問いかけた。

「……レン。……事件のあった場所に、行きたいんだが。……辛いか?」

「……大丈夫です。ただ、現場には、行けないかもしれません。王族の私有地なので」

「そうか。……何か、手掛かりになるような、場所は、ないか?いーっ⁉」一瞬顔を歪め「うんっ!」と咳払いをして「……何でもない」

 ゆうこが帰って来た。龍也の後ろを、通り抜けようとした、すれ違いざまに、龍也の尻を、つねった。


「……ゆうべの、話でも、したら、どうだ?」

 黙っていたシンジが、言った。

「……あれか」尻をさすりながら、皆に話した。


「実は、昨夜食事をしていた時、後ろの男性たちが、話していたんだが。シンジが、偶然聞いたらしい。……また、城で事件があったと。……衛兵が、と、聞こえたらしい」

「事件ですか?」

 レンが、顔を上げた。


「……そうみたいだ。どうだ、レン。その話、聞きに行かないか?……もしかしたら、お前の、過去の、事件と、何か、関係があるかもしれん」

「……行きます!」

 レンの、瞳に強い光が宿る。昨日の夜、彼も何か、決意をしたのかもしれない。


 一行は、手分けして、話を聞きに回った。昨日の食堂を皮切りに、街中のあらゆる、店や宿を手当たり次第に訪ね歩く。

 そして、その日の夕方。宿に帰り皆で、集めてきた情報を共有した。


 意外なほど、情報は集まった。

 事件は、本当にあった。

 一昨日の夜。松本城の中で、勤続五年になる、信頼の厚い衛兵が、突如狂ったように、王を襲おうとし、他の兵士に殺された、という。


「……信頼のある、兵士だったのに。……一体、何が、起こったんでしょう」

 かすみが、信じられない、というように、呟く。


 そして、その、話の中に、もう一つ、気になる情報が、あった。

 何人かの、目撃者が『おとといの、事件が起こる少し前に、空が一瞬、おかしかった』と、話していた。


 しかも、全く別の場所で、それを見ていた人々が、同じような話をしている。


 龍也は、シンジの顔を見て、頷いた。

(……間違いない)

「……間違いなく、魔物の、仕業だ」

 龍也が、皆に、同じことを、告げた。


「ほんとだか!?」

「本当に、魔物が!」

 レンの顔は驚きと、困惑に満ちていた。


 龍也が、レンに向き直る。


「レン。……お前は、警察所属だったんだよな。……どうする?警察に、行ってみるか?……それとも、衛兵の、屯所にするか?……王には、直接、言えないだろうが」


 レンは、少し、考え込んだ。そして、静かに、口を開いた。


「……話を、したい人が、います。……その人なら、もしかしたら……」

「……信頼できる、人が、いるんだな」

「……はい。衛兵の、先輩で、警察時代からの、付き合いです。……あの事件の時も、最後まで、俺を、励ましてくれた人です」


「……よし。会いに行こう」


 その一言で、一行の次なる、行動が決まった。

 レンの、過去と向き合うための、新たな戦いが今始まる。


 翌日。一行は、衛兵の屯所へと、向かった。

 門番に、レンが、事情を説明すると、すぐに先輩が、広場へと出てきてくれた。

 彼の名は「テツヤ」


「レン!お前、まさか、帰って来たのか!」

 久しぶりの、再会に二人は、固い握手を交わした。


 広場の、ベンチに腰掛け、話が始まった。


「テツヤさん。……この前の、事件のこと、詳しく、聞かせてもらえませんか」

 レンの、その、真剣な問いかけに、テツヤは、静かに頷いた。


「……身内のことだからな。普通は話せんのだが。……お前にはいいだろう。……あんたたちも口外は、無用で頼む」

「……あの日、あの瞬間まで、彼は、立派な衛士だった。王に忠実で、仲間の信頼も厚く、何よりも、この国の、平和を望んでいた。……それが、突然襲いかかったんだ。……しかも、王に向かって。……信じられん」


「……いいですか」

 龍也が、割り込んだ。

「その時の、彼の様子は、どんなでしたか?」

 テツヤは、少し、考え込む。

「……獣だった。……唸り声を上げ、よだれを、垂らしていた感じだった。……今思えば、急に、その場に、立ち止まって、狂い出したような、気がする」


「……レン君の、時のことは、覚えてますか?」

 龍也の、問いにテツヤは、深く頷いた。


「……ああ。あの時、俺は、少し、離れた場所にいたんだ。だが、こいつが、そんなことをするはずがないと、確信していた。……あの班の他の奴らも、お前はただ構えていただけだ、と言っていた。そして、あいつが、突然、お前の剣に飛び込んできた、と」


 テツヤの、言葉はレンの、心を救う。


「……だが、上層部の一部は、俺たちの話を聞いてくれなかった。情報を漏らしたくない、と。……そして、お前を事故の、責任を負わせる形で罰した。そして、お前は辞めた」

「……それは……」

 レンが、何かを言いかけ、言葉を止めた。

「辞める必要はなかったんだ……処分だって謹慎で済んだはずだった。なのに、辞めた」


「……ありがとうございました」

 龍也は、テツヤに、礼を言うと、レンに、声をかけた。


「レン。少し、ゆっくり、話したら、どうだ」

 そして、ベンチに、二人を残し、一行は、少し離れた場所で、井戸端会議を始めた。


 輪になって、龍也が、

「今の話を整理すると……間違いなく、魔物の仕業だな」

「ああ、しかも、同じような事件が、最近また起こった」

「この、二つの事件の、共通点は何かないだろうか?」

 龍也の、問いかけに、皆、考え込む。

「……何か、魔物が出てきそうな、気配を察知する、魔法はないのか、かすみ?」

「……そんな、都合のいい、魔法があるか!」

「……悪い奴の、居場所が分かって、そこに行く魔法とかねべか?」

「……むりです~!」


 しばらくして、テツヤと別れの挨拶を、交わし、一行は、城の正面へと立った。

 真正面から、見上げる、松本城は、黒と白の、コントラストが、美しく、威風堂々とそびえ立っていた。

「立派じゃのう!」「すごいです!」「すごいべな!」「圧巻だな」

 皆が、口々に、感嘆の声を、上げる。


 その時、シンジが、横の、売店に下がっている、大きな垂れ幕に気づいた。

「……おい。あれは?」

 レンに、尋ねる。

「……はい。王様の、即位を祝う、儀式です。……町中が、お祭りになります」

「お祭り!」

 その、言葉に、じんたとゆうこ、そして、かすみの、三人組が、盛り上がり始める。


「……レン。お前が、事件を起こした時、あれは、開催されていたのか?」

 シンジの、問いにレンは、首を横に振った。

「……いえ。即位式は、五年周期ですから。……その時はやっていません」

「……あれ、いつやるんだ?」

 シンジが、垂れ幕を指さす。

「……二日後となっています」


「二日後……」

 シンジは、何かを、考え込むように、呟いた。

 そして、はっとしたように、


「なあタツヤ。……もしかして、祭りの日に、何か起こるかもしれなくないか?」

「ああ。お前の話を聞いていて、何となく、そんな気がしていた」

「何が、何が起きるんですか?」

 レンが、不安そうに尋ねる。


「……いいか、レン。これは、あくまで、俺たちの、仮説だ。だから、大ぴらには、言えないが。……当日魔物が、来るかもという話だ」

「……しかも、嫌な、感じでな」


「……レン。さっきの彼には、この話だけは伝えておいた方が、いいかもしれない。万が一そうなった時の、心構えくらいはできるだろう」

 龍也の、言葉に、レンは、静かに頷いた。

「……分かりました。……そうですね」


 一行は、もう一度衛兵の、屯所へ寄り、テツヤに、その旨を伝えた。

 その後、食堂で、食事をする。

 店のおばちゃんに、祭りのことを、聞くと、


「ああ、盛大に、街あげてやるよ。店も参加するし、あんたたちも楽しみなよ」と、言ってくれた。

 ワクワク三人組が、また盛り上がっている。


 シンジはレンに、静かに語りかけた。


「……レン。……気にするなとは言わん。だが、これまでの話を、整理しても、あの事件はほぼ、お前の、せいではない」

 レンは、その言葉に、静かに頷いた。


「……分かっています。……ありがとうございます、シンジさん。……今心配なのは、当日もし、本当に、魔物が現れた時。……俺は、何もできないのか、と」

「……先輩に、伝えた時も、なぜ俺は、そこにいないのか、と思いました。……もし、本当に元凶がいるのなら、この手で成敗したい」

 レンは、そう言うと、自分の両手を、じっと見つめた。その顔には、悔しさと絶望が、混じり合っていた。


 ゆうこが、かすみの、頭をなでなでしている。

 心配そうに、レンを見ている、かすみに。


 宿に戻り、寝支度を終えた時。龍也が、皆に言った。


「……明日、魔物に備えて準備しよう。いざって時、俺たちも戦う。そのために、色々と買いに行こう。……レン、いいよな。俺たちも参加して」

「……はい!」


「……よし。どんな、魔物も、蹴散らせるよう、各自、準備し、必要なものは、リストアップしといてくれ」

「「「「「おう!!」」」」」

 その、言葉に、皆が、力強く、応えた。

 決戦の、火蓋は、もう、切られようとしていた。

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