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第七一話 温泉郷の詩編 その二五

 ついに、一行は、決戦の地水上へと、向けて出発した。

 その、背中には、最強の装備と必勝の秘薬。

 はたから見れば、堂々とした、立派な、出陣風景。


 ……しかし。実際の、会話と雰囲気は、まるで、ピクニックだった。


「なあ、じんた!水筒の水、ちょっとくれんか?」

「ああ。……って、ゆうこ、もう、自分のさ、飲んじまっただか」

「タツヤ!あんたは、おっさんなんじゃから、あんまり、前出んと、後ろの方におりんさいよ!」

「そういう訳にも、いかんだろう」

「わあ!皆さん、見てください!すごく、綺麗な、お花です!」

「ねえ、シンジぃ。アタシの、この構え、おかしくなーい?もっと、こう、腰を入れた方が、いいかしらん?」

「……ミミィさん。型は、悪くない。あとは実戦だ」

「腹減ったべー!タツヤ、おにぎり、まだかー?」

「まだ、出発したばっかりだろうが、じんた!」


 その、あまりにも、朗らかな、会話。

 緊張感など、まるでない。

 それも、そのはずだ。この六人が、勢ぞろいしている、という、絶対的な安心感。

 そしてまだ出発したばかりで、本当の脅威には、まだ遭遇していないから。


 それでも、シンジだけは、鋭い目を、常に周囲へと配り、警戒を怠ることはなかった。

 彼が、いるからこそ、この、ピクニックのような、雰囲気が、成り立っているのだと、龍也は、知っていた。


 たまに、道端から飛び出してくる魔物もいた。

 しかし、それらはもはや、彼らの、ウォーミングアップにすらならない。

 龍也の、的確な指示。かすみの、魔法による完璧な、足止め。シンジの一撃必殺。

 連携の前に、魔物はほぼ、瞬時に片付けられていく。


 一行は、歌でも歌い出しそうなほどの上機嫌で、最初の関門である、あの利根川にかかる橋へと向かっていく。



 半分ほど来たあたりから、明らかに空気が変わったのを、シンジ、龍也そしてじんたが同時に感じ取った。

「なんだべか?この前は、こんな感じじゃなかったど」

「……殺気だ。……気づかれているな」

 シンジのその一言で、一行の間に、一瞬で緊張が張り詰める。

 ピクニック気分は、完全に消え去っていた。


 全員が、即座に警戒態勢に入る。小声で指示を出し、陣形を整えた。

 シンジとじんたが先頭に立ち、後方を龍也とミミィが固める。

 前のゆうこに散布用のアイテムと杖を、かすみにいつでも魔法を放てるよう、それぞれに後ろから指示した。

 明らかに殺気が感じられるのに、何も出てこない。

 その不気味な静寂が、逆にプレッシャーとなってのしかかる。


 もう間もなく最後の橋「銚子橋 (門は壊れている)」に差し掛かろうとした、その時だった。

 左右の、鬱蒼とした茂みから、ザザザッという音と共に、十匹ほどの、三メートルはあろうかという、巨大な蛇が、一斉に姿を現した。


「かすみ!」

「はい!」

 かすみの杖から放たれた冷気が、蛇たちの足元を凍らせ、その動きを鈍らせる。

 すかさず、ゆうこが、霧吹き状の薬を、広範囲に散布した。

「ギシャアア!」

 薬を浴びた蛇たちは、苦しみ出し、その動きがさらに鈍くなる。

 そこへ、シンジ、じんた、龍也が、一斉に、そのがら空きになった腹を目がけて、なぎ倒していく。


「いける!」

 薬の効果は、テキメンだった。

 しかし、安心したのも、束の間。

 橋を渡り始めると、今度は、前方から、大小、様々な蛇が、波のように、襲いかかってくる。

 まとまって来た時は、散布し。二、三体で来た場合は、かすみのアローでひるませ、シンジとじんたが飛び込み、仕留めていく。

 時には、じんたのナイフを借りたミミィも、その華麗な拳法で、蛇を叩きのめした。

 ようやく、橋を渡り終えた時、倒した蛇の数は、二百を、優に超えていた。


「何匹おるんじゃ、こいつら!」「きりがねえべ!」

「偵察した時は、この倍はいたはずだ。まだまだ出てくるぞ」

 シンジが、冷静に促す。


「大概にしないと、アタシ、本気で、ハンドバッグ、作っちゃうわよん!」

 ミミィが、叫んだ。


 次から次へと、襲いかかってくる、蛇、蛇、蛇。

 そろそろ、皆の、疲労が、見え始めてきた。

 龍也は、この、消耗戦を、打破するための、作戦を、模索していた。

(……きりがない。このままでは、疲れた隙を、突かれかねない。かすみのMPも、これ以上使わせるわけにはいかない。……何とかして、倒しながら、体力を、回復できないか……?)


 一行は以前、隠密部隊が前線基地として、利用したあの窪地へとなだれ込んだ。

 ここは、三方を、岩壁に囲まれた、天然の要塞だ。

 窪地に着くと、龍也は、叫んだ。


「かすみ、ゆうこ、シンジ!窪地の中へ!回復と、食事を!」

 そして、彼は、ゆうこから、散布用の薬を、受け取ると、シンジに借りた、鉄鈎をミミィに渡した。

「ミミィさん、じんた!三人で、奴らが回復するまでの間、ここを死守するぞ!」


 窪地の中では、ゆうこの、懸命な、回復作業が、行われていた。

「ほれ、かすみ、これ、飲みんしゃい!」

 MP回復ポーションを、半分だけ飲ませる。

「シンジ!この薬、飲んで、これ、食べえ!」

 万能薬と、龍也が作った、おにぎり。

 十分ほどで、シンジが、復活。じんたと、交代。そして、ミミィ、最後に、龍也。

 かすみも、回復し前に出た。

 龍也が、苦い万能薬と、戦っている時。

 背を向けたまま、ゆうこが、静かに言った。

「……あんた……。……死んだら……。……許さんよ」

 そして、彼女は、先に、前へと出て行った。

「ごほっ、ごほっ!?」

(……粉薬が、喉に、引っかかって、ここで、死ぬところだった……)


 冷静になってから、表に出る。


「皆!用意はいいか?」

 前を向いたまま、仲間たちが、一斉に、応えた。

「ああ」「おう」「はい」「はーい」

「「「行くぞ!!」」」


 一斉に、走り出す。

 ここからは、スピード勝負だ。ヤマタノギドラがいる、本丸まで、一気に走り抜ける。

 襲いかかる、蛇の群れを、避け、払い落とし、一行は、ついに、源泉へとたどり着いた。

 その中央。

 もうもうと、立ち上る、湯気の中にいる、三つの巨大な頭。


 ヤマタノギドラ。


 その、威容を、ゆっくりと、観察している、間もなかった。


 -------基地で休む少し前、最後尾の龍也が進みながら練った作戦を、ゆうこに説明し休憩時に説明するよう指示していた。

 内容は

「……ゆうこ、よく聞け。このまま戦い続けても、数で圧倒的に不利だ。消耗するだけだ

 ……もうすぐ、以前俺たちが使った窪地が見えてくる。そこに着いたら、すぐに休息を取る。

 そして回復したら、そこからは、一切戦わん。ヤマタノギドラの、所まで、一気に走り抜けるぞ」

 龍也は一気に言葉を続ける。

「……奴の懐に着いたら、すぐに動く。まず、かすみが辺り一面の足場を凍らせる。それに合わせて、お前が躊躇なく『ヴォルト』を浴びせろ。同時に俺が薬を、散布する、、弱った所をシンジ、じんた、ミミィさんの三人で、周りの強そうな蛇から順番に叩き潰していく」

「そして、じんたに、ギドラの体に、煙玉を、投げつけるさす!効かないだろうが、一瞬でも、怯ませることが、できればそれでいい!」

「その隙に、かすみがあのアイスアローに、例の兵器を装着して、ギドラの口の中へと撃ち込む!……そして、ゆうこ!」

「……とどめに、もう一発『ヴォルト』を、かましてくれ。……いいか、ためらうなよ。一瞬の、スピード勝負だ」


 その、あまりにも無謀で、しかし、緻密に計算された、電光石火の作戦。

 ゆうこは、ごくりと唾を飲むと、厳しい戦況の中、不敵な笑みを浮かべた。


「……面白そうじゃ、ないかいな。……分かった。皆に、伝えとくわい」

 二人の間で、アイコンタクトが、交わされる。

 その、短いやり取りだけで、この絶望的な戦況を覆すための、希望のバトンは確かに渡されたのだった。-------------------------------------


「いまだ!!」


 龍也の合図で、作戦は決行された。


 かすみの「アイスフィールド」が、辺り一面の、足場を、完全に凍らせる。

 そこへ、ゆうこの「ヴォルト」が、炸裂し、手下の蛇たちが感電し、動きを止める。

 龍也が休むことなく、薬を、散布し続ける。

 シンジ、じんた、ミミィが、氷と、雷と、薬で、弱った、強そうな蛇から確実に仕留めていく。


「今だべ!」

 じんたの、煙玉が、ヤマタノギドラの、身体に叩きつけられる。全体が煙に包まれる、効果はないだろう。だが、怯ませることはできる。

 その一瞬の隙。


「かすみ!」

 かすみの、杖の先に、装着された、ゲル状の、決戦兵器。

 放たれた、アイスアローは、一筋の光となって、炎を吐こうと口を開けた、中央の頭の中へと、吸い込まれていった。


「もう一発じゃあ!」

 ゆうこが、再び、「ヴォルト」を、叩き込む。


「「「ギャアアアアアアアアアアアア!」」」

 三つの頭が、同時に、絶叫する。

 その、口の中から紫色の、煙が噴き出し、その、巨大な身体が内側から、崩壊していくのが分かった。


 そして、頭の中に直接、声が響いてきた。

(……おのれ……おのれ、人間ども……!この、聖なる、世を、汚す、愚かな、虫けらが……!)

(……これは、終わりではない……。始まりに、過ぎんのだ……!)

 そう、言い残すと、ヤマタノギドラの、巨体は、浄化されるように、光の粒子となって、消えていった。

 残された、手下の蛇たちも、同じように、消滅していく。


 静寂。


 一行は、肩で、息をしながら、目の前の、光景を、ただ、呆然と、見つめていた。

 すごく、長い、時間のようだった。だが、おそらく、ほんの、三十秒ほどのことだっただろう。


「……やっっっだどー!!!」

「よっっっしゃー!!!」

「いやっっほー!!」

 シンジは、天に向かって、力強く、ガッツポーズをしている。

「勝ったぁぁあ!!!」

 そして、龍也は、その場に座り込み、「ははは……」と、乾いた笑いを、漏らしている。

 そこへ、ゆうこが寄ってきて、その隣にどさりと座ると、龍也の身体を抱きしめた。小声で、


「……やったな、タツヤ」

「……ああ。……こしぬけた……」

 ゆうこは、身体を離すと、「ロマンがないのう」と、真顔で言った。

 そして、笑顔で龍也の肩を抱いて、声をだして笑いあった。

 仲間たちが、次々と、寄ってくる。

 戦闘で汚れた互いの顔を見渡し、皆笑った。

 かすみは、嬉しさに泣き出し、じんたもミミィも、泣いた。

 喜びと、安堵と、そして、恐怖からの、解放。

 その、カオスな感情の渦の中で彼らは、ただ、互いの存在を確かめ合うように、笑いあった。


 疲れ果てた一行は、その夜、ヤマタノギドラに奪われていた、温泉旅館の一室を、借りることにした。

 交代で、見張りをしながら、それぞれが、畳の間で、雑魚寝をする。

 しかし、ギドラが、牛耳っていたせいか、魔物の姿は、一匹たりとも現れなかった。


 朝になり、龍也が、表に出ると廊下で、シンジが、黙々と見張りを続けていた。


「……もう、大丈夫だろう。少し休めよ」

「……いや。さっき、じんたと、代わったばかりだから大丈夫だ」

 彼の任を解いた。


 一人、外に出て、昨日の決戦の地である、源泉場を眺めた。

 凄まじく、激しく、戦った、痕跡が、生々しく、残っている。

 そして、源泉。それは、常に、こんこんと、湧き続けていた。

 その水は、どこまでも、透明で、湯気の周りには、硫黄が、黄色く、固まって、付着している。

 以前、毒で汚染された、温泉の色とは、全く、違うのが、一目瞭然だった。


 そこへ、ゆうこが、出てきた。


「……すごい、惨劇じゃったのう」

 周りを見ながら、隣に、寄ってくる。


「なあ、ゆうこ」

「ん?」

「……これ、飲んでみても、いいか?」

 龍也が、源泉の水を、指さす。


「これか?……まあ、源泉じゃから、大丈夫とは、思うが……。一応、やめとけ。ちゃんと、調べんと、もし、何かあったら、しゃれにならん」

「……なるほどな」

 納得した。近くの温泉風呂の色も、以前とは、違う、綺麗な色をしていたが、これもまだ、安心はできない。

 浴槽を、きちんと洗い流してからでないと、まだ、毒が残っているかもしれないのだ。


 部屋に帰り、ゆうこは、起きてきた仲間たちに、注意を促した。

「ええか、皆。源泉やその辺の水は、まだ、絶対に飲んだり触ったり、せんでな!」


 その、言葉が、言い終わるか、終わらないか、の、その時だった。

 隣の部屋から、じんたが、苦しそうな、うめき声を上げながら転がり込んできた。

 喉を押さえ、そのまま床に倒れ込んだ。


 その、あまりの、タイミングの良さ(悪さ)。

 一行は、一瞬で全てを理解した。

「……こいつ、飲んだな……」


 ゆうこが、呆れながら素早く、毒消し薬「効毒何薬」を彼の口に流し込む。

 しばらくして、ようやく落ち着いたじんたに、持参した安全な水を飲ませる。


「……アホなのか?じんた、死ぬぞ、おのれ!」

 ゆうこの、心からの、怒声が、静かな、旅館に、響き渡った。

 じんたは、泣きながら「ごめんなさい……」と、謝り正直に

「喉が、渇いてたから、源泉、飲んじまった」

 と白状した。


 龍也は心の中で(飲まなくて、本当に、よかった……)と、冷や汗を拭うのだった。

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