第七〇話 温泉郷の詩編 その二四
薬はできた。対・ヤマタノギドラ用の決戦兵器。それは確かに完成した。
しかしこれだけではまだ戦えない。このパーティの心臓であり頭脳である、あの男がいなければ。
ゆうこたちは完成したばかりの、新薬の小瓶を手に、龍也の見舞いに向かった。
しかし彼の状態は変わらない。静かにベッドの上で眠り続けているだけだった。
「タツヤさん。薬できましたよ。早く目を覚ましてください」
かすみが祈るように声をかける。
「そうよタツヤ!あんたがいなきゃ始まらないのよ!」
ミミィも励ます。
「タツヤ。おらがギドラから宝盗んでくるからな。だから早く元気になってくれ」
じんたも涙声で訴えかける。
シンジは何も言わずにただ眠る龍也の手を、強く握りしめていた。
一人また一人と仲間たちが病室を去っていく。最後にゆうこ一人だけ残った。
彼女は龍也の手を両手で包み込むように握りしめ額に当てた。
「……なあタツヤ。……はよ起きろや」
「薬はできたんぞ。お前がおらんと意味ないじゃろうが」
「起きてあのギドラとかいうでけえ蛇一緒に倒しに行くんじゃ」
「……起きろタツヤ。……目ぇ覚ませ……。……目ぇ覚ましてくれえや……!」
その懇願するような声。彼女が龍也の回復を心の底から強く強く念じたその時だった。
ゆうこの身体からふわりと温かい、黄色の光が溢れ出した。
その光はゆうこと眠る龍也の二人を、優しく包み込んでいく。
「……なんじゃこれは……?」
その光の中で龍也の瞼がぴくりと動いた。そしてゆっくりとその目が開かれていく。
「……ゆうこ……?」
かすれたしかし確かに龍也の声。その声を聞いた瞬間ゆうこの瞳から大粒の涙が溢れ出した。
「タツヤ!」
彼女は龍也の身体を思い切り抱きしめた。
「……心配させおってこの朴念仁が!……よかった……!ほんまによかった……!」
ゆうこは一度宿へと駆け戻り、眠っていた仲間たちに龍也が目を覚ましたことを伝えた。
そしてもう一度、全員で龍也の病室へと向かう。
そこではちょうど医者が精密検査を行っているところだった。
その検査の最中、ゆうこは先ほどの、不思議な光の話を皆に説明した。
医者からは信じられないという結果が告げられる。
頭部の深い傷は完全に塞がり、そして以前から彼を蝕んでいた、内臓の疾患までもが綺麗に消え去っていたのだ。
ゆうこの仲間を想う強い気持ち。それが新たなそしてより強力な、治癒魔法を誕生させた瞬間だった。
その一部始終を聞いていたじんたが言った。
「……その新しい魔法。……名前は『キュアル』だべな!」
かくして一行は、リーダーの奇跡の復活と新たな希望の光を手に、ついに決戦の地、水上へと向かう最後の準備を整えるのだった。
奇跡的な回復を遂げた龍也は、その日のうちに退院の許可が下りた。
けろっと治ってしまい何やら照れくさい。
部屋に入ると仲間たちが温かく迎えてくれた。
「……心配かけてすまなかったな。……そして、ありがとう」
龍也のその心からの言葉に、皆の顔が希望に満ちた笑顔で輝いた。
リーダーが帰ってきた。これでようやく戦える。
改めてゆうこが完成した決戦兵器についての説明を始めた。
それは液体状の薬品で大きく分けて二つの使い方があるという。
一つは霧吹き状の容器に入れ広範囲に散布する方法。これは手下の蛇の群れに対して効果があるだろう。
そしてもう一つは粘度の高いゲル状にしたものを、かすみのアイスアローの先端に合体させ、ヤマタノギドラの口の中へと直接撃ち込むためのもの。
作戦は固まった。
明日いよいよ決戦だ。
その夜、一行、退院祝いと決起集会を兼ねて、軽く乾杯だけをすると、明日に備え早い眠りについた。
決戦の朝。
龍也はいつも通り日課の太極拳を行っていた。
身体が軽い。長年悩まされていた五十肩のような肩こりまでもが、すっきりと治ったような気がする。
日課を終え部屋に戻ると、そこにはすでに全員が戦闘準備を整え揃っていた。
龍也はその中央に進み出ると、黙って右手を差し出した。
その手にシンジが手を重ねる。
じんたが手を重ねる。
かすみが手を重ねる。
ゆうこが手を重ねる。
そして最後に、ミミィが「アタシも!」その手を力強く重ねた。
六人の手が一つになる。
「……気を付けて…必ず、倒す!」
龍也のその言葉に、五人が力強く頷く。
「「「「「おう!!」」」」」
「……ああ、もう!こういうの、あたし、大好き!」
ミミィが、感極まって、涙ぐみながら叫んだ。
さあ、出発だ。
決戦の地、水上へ。
六人の英雄たちの、戦いが、今、始まろうとしていた。