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五十五のおっさんが、退職して在宅勤務しようと思ったら、勇者になっちゃうかもしれないストーリー  作者: 司馬 雅


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第六話 偶然の産物、その名は万能薬

【お知らせ】

これからの更新は、毎週 水・金・日曜の夜21時半ごろ に投稿予定です。

おっさんたちのドタバタ冒険、ぜひお風呂上がりのお供にどうぞ!

 ゴードンから一日だけ猶予をもらったものの、龍也の心は少しも休まらなかった。

 むしろ、焦燥感は増すばかりだ。明日からの地獄のシゴキを想像するだけで、全身の傷が疼き出す。

 この満身創痍の状態を、たった一日で回復させなければならない。

 できなければ、待っているのはトレーニングという名の、より凄惨な「死」だ。


「どうすれば……どうすればいいんだ!」

 オロオロと休憩所をうろつき、まず藁にもすがる思いで診療所のドアを叩いた。

 中では、ドSナースがピンセットを磨きながら、冷たい視線を向ける。


「なんだい?死にぞこない。昨日の今日で、またどこか壊したんかい?」

「ち、違うんです!明日までに、この身体を完全に治す方法はありませんか!?」

 必死の形相で訴える姿を見て、心底呆れたというように、ふう、と大きなため息をついた。


「はあ?馬鹿なのか?そんな魔法みたいな方法があるわけないだろう!だいたい、お前のその疲労は、

 無茶な戦闘と、偏った栄養摂取、そして加齢による回復力の低下が原因だ。質の良い食事を摂って、

 安静にしているのが一番の薬なのさ、さっさと帰って寝ろ!見てるだけでイライラする!」

 ピシャリとドアを閉められ、完全に途方に暮れた。正論だが、求めている答えではない。


 安静にしている時間などないのだ。


 次に向かったのは、梅さんのいる秘密の庭だった。

 彼女なら、何か特別な薬草の知識を持っているかもしれない。


「梅さん!助けてくれ!明日までに元気になれるような、すごい薬草はないか!?」

 切羽詰まった様子に、梅さんはおっとりと微笑んだ。


「おやおや、たつさん。そんなに慌ててどうしたんだい。まあまあ、今用意するから」

 そう言っていつもの、あの不味い漢方を、なみなみと入れた紙を、差し出そうと持った瞬間、

 紙がペロンとめくれ落ちて、その真下にある、薬草をすり卸して、飲みやすくした、

 すり鉢に入ってしまった。


「ありゃま、落ちちゃったねぇ……ま、いっか」

 と聞こえないくらいの声でつぶやき、内緒で混ざった薬を紙に包み


「はいよ、これ飲みなされ」と手渡した。


 内心『これじゃない!』と叫んだが、老婆の善意を無下にもできず、

 差し出された薬を一気に飲み干した。


「ヴえぇ〜!!」

 次の瞬間、身体を凄まじい衝撃が駆け抜けた。


 口の中に広がったのは、漢方と薬草が混ざった、想像を絶する不味さだった。

 しかし、それを無理やり飲み込んだ直後、胃のあたりからカッと、熱いエネルギーが湧き上がり、

 それが血流に乗って全身へと猛スピードで広がっていくのが分かった。


 身体中の傷が、内側から修復されていくような感覚。

 鉛のように重かった四肢に、力がみなぎってくる。

 頭を覆っていた疲労の霧が、嘘のように晴れていく。

 体力、気力、そして治癒力。失われていた全てのものが、急速にチャージされていく。


「こ、これは……!」

 数分後、完全に回復していた。昨日までの満身創痍が嘘のように、身体は軽く、力に満ち溢れている。

 偶然と偶然が重なり、奇跡の薬が誕生した瞬間だった。


「すげえ……梅さん、これ、なんて薬だ?」

「さあねえ、まあ、何にでも効きそうだから、『万能薬』とでも呼んどくかねえ」

 梅さんは、カラカラと呑気に笑っている。


 その手に残ったわずかな「万能薬」を、宝物のように大事に懐にしまった。

 これで、明日のゴードンとの地獄の特訓にも耐えられる。

 老婆の善意と、とんでもない偶然に心から感謝しながら、明日への決意を新たにするのだった。


 あくる日、万能薬のおかげで完全回復した彼は、自信に満ち溢れていた。

 いつものように太極拳と朝食を済ませ、午前中のスライム討伐も軽快にこなす。

 そして午後、彼は意気揚々とトレーニングルームのドアを開けた。


「来たか、おっさん!言い訳は聞かんぞ!」

「望むところです、ゴードンさん!」

 その日から始まった特訓は、まさに地獄そのものだった。


 ゴードンは龍也が一日で回復したことに驚きつつも、その分、一切の遠慮なく追い込んでいく。

 しかし、もう以前の彼ではなかった。疲労が溜まれば、懐の万能薬を少量口に含む。

 すると、たちまち気力と体力が回復し、再びゴードンに食らいつくことができた。


 その地獄の特訓が一週間続いた頃、梅ばあさんがとんでもないことを成し遂げていた。


「龍さん、できたよ。例の薬」

 なんと、あの偶然の産物であった万能薬の量産に成功したというのだ。

 梅さんは、秘密の庭の片隅に小さなカウンターを設け、いつの間にか「梅さんの薬局」を開店していた。その万能薬は、討伐に疲れた者たちの間で、瞬く間に評判となり、飛ぶように売れていった。


 それから三ヶ月。

 毎日ゴードンの地獄の特訓に耐え、万能薬を飲み続けた。その結果、身体能力は飛躍的に向上した。

 体力と気力は増幅され、ついにあのゴードンの動きと互角のスピードを身につけるに至ったのだ。

 筋力も、もはや以前の比ではない。

 そして、梅さんの薬局の売上が好調だったおかげで、臨時ボーナスが入った。

 彼はその金で、ついに武器を新調した。

 ただの木の棒から、長く、しなやかで、それでいて頑丈な『竿竹』へ。

 もはやスライム討伐時代の彼ではなかった。


 準備は整った。万能薬を懐に詰め込み、再び、あの橋の向こう側へと足を踏み入れた。


 前回、あれほど苦戦した赤いスライムが、目の前に現れる。

 冷静に竿竹を構え、一気に間合いを詰めた。

 放たれた一突きは、赤いスライムの核を正確に捉え、一撃で仕留めてみせた。


 さらに奥へ進むと、ゴブリンの斥候と遭遇した。前回は逃げられた相手だ。

 だが、今は違う。ゴブリンの素早い動きを、彼の目は完全に見切っていた。

 スピードはこちらが上だ。翻弄し、竿竹で二度、三度と的確に打撃を与える。

 ゴブリンは悲鳴を上げて倒れ伏した。


 己の進化に、確かな自信を得た。これならいける。万能薬が尽きるまで、ここで稼ぎ続けてやろう。

 そう思った矢先、ぐぅ、と腹の虫が鳴った。

 夢中になるあまり、食料を一切持ってきていないことに気づいたのだ。

 仕方なく、その日の討伐は切り上げ、意気揚々と帰還した。


 まっすぐゴードンの元へ報告に行くと、彼は鼻を鳴らした。


「フン、ゴブリン程度で浮かれるな、おっさん!貴様の筋肉は、まだ喜んではいない!明日も、

 その次も、己の限界を超え続けろ!」

 いつもの叱咤激励が、心地よいエールに聞こえた。


 翌日、新たな計画を立てた。このエリアを抜けた先にあるという、次の町を目指すのだ。

 彼は休憩所にいるベテランたちに話を聞いて回った。

 街までの道のりは、やはり野営を挟んで丸二日はかかること。

 道中には、ゴブリンの他に、さらに二種類の強力な魔物が現れること。

 それらの魔物はゴブリンよりタフだが、幸いスピードは劣ること。

 そして、夜になったら絶対に動かず、息を潜めているべきだということ。


 身を隠す方法としては、穴を掘るか、テントを張るかの二択。テントは売店で三千円もする。

 とても買えない。迷わず、二百円で丈夫な「スコップ」を購入した。


 そして、けして安くはないパンを、買えるだけ買った。

 スコップと、竿竹と、たくさんのパン。そして、懐には梅さん特製の万能薬。

 全ての準備を整え、決意を新たに、再び橋の向こう側へと渡っていった。

 次の町を目指す、本格的な冒険の始まりだった。

いつもお読みいただき、誠にありがとうございます。


物語をお楽しみいただけましたら、

ブックマークや★評価で応援いただけると大変嬉しく存じます。


これからも、龍也たちの奮闘を、

どうぞごゆっくりご覧くださいませ。


※次回の更新は、毎週【水・金・日曜 21:30ごろ】を予定しております。

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