第六五話 温泉郷の詩編 その十九
一行は、近くの、木陰でしばしの、休憩を取っていた。
皆、軽傷で済んだのは幸いだった。
しかし、最初に毒をまともに浴びてしまった龍也だけが、まだ完全に回復できていない。
「効毒何薬」のおかげで、命に別条はないが、身体の痺れと倦怠感が、抜けきらないのだ。
「……悪いが、俺は、少し休む。……お前たちは、先に行っててくれ」
龍也は、大きな木の幹に、背中をもたれさせながら、そう言った。
「……アホなこと、言うでないわい」
その、隣で、ゆうこが、濡れた手ぬぐいで、額の汗を拭ってくれている。
「あんたを置いて、行けるわけなかろうが」
一行は、龍也の、体力が回復するまで、ここで、休憩を取ることにした。
そして、それは、自然と今後の、対策会議へと繋がっていった。
「……それにしても、危なかったのう」
ゆうこが、龍也を、看病しながら呟く。
「ああ。……だが、おかげで、色々と、分かったこともある」
龍也は目を閉じたまま、先ほどの戦闘を、脳内で反芻していた。
「……まず、蛇の弱点は、間違いなく口の中。……そして、氷の魔法が極めて有効だということだ」
「はい。……でも、私のアイスアローだけでは、完全に動きを止めることは、できませんでした」
かすみが、悔しそうに言う。
「……いや。それでいいんだ」
龍也は続ける。
「お前の氷で、一瞬でも怯ませることができれば、その隙をシンジとじんたが突くことができる。……今日の、最後の連携。あれが、俺たちの基本戦術になるだろう」
シンジが、静かに頷く。
「……確かに。……腹の鱗は明らかに、他よりも脆かった。そこを、集中的に狙えば勝機はある」
「おらも、そう思うべ!腹狙い放題だったど!」
じんたも、興奮気味に同意する。
しかし問題は、ヤマタノギドラ本体だ。
三つの頭。炎、氷、毒。
「……今日みたいな連携が、その三つの頭を相手に、通用するかどうか……」
龍也の、その言葉に、皆が黙り込む。
その、重い空気を、破ったのはゆうこだった。
「……そのための『草』じゃろうが」
彼女は、龍也の腕に巻かれた包帯を、きつく締め直しながら言った。
「……あの草さえ手に入れれば、わしとミミィ、そして、かすみの三人がかりで、何かすごいもん作っちゃるわい。……そいつでギドラの三つの頭なんぞ、まとめて黙らせちゃるけえ」
その、頼もしい言葉。
龍也は、目を開け、ゆうこの、顔を見た。
その、瞳には医者としての、そして一人の、仲間としての揺るぎない、自信が満ち溢れていた。
「……そうだな。……頼りにしてるぞ、先生」
龍也が、そう言うと、ゆうこは、少しだけ照れくさそうに、顔をそむけた。
木陰に穏やかな、風が吹く。
疲労困憊の身体。しかしその心は、不思議と晴れやかだった。
確かな、攻略の糸口。そして、何よりも、揺るぎない、仲間との絆。
それさえあればどんな、強敵が相手でも、きっと乗り越えられる。
龍也は、その確信を胸に、再び、ゆっくりと目を閉じる。
次、この目が開く時。
それは、決戦の地沼田への、最後の道のりが、始まる合図となるだろう。
時間にして、三十分ほど休んだだろうか。
龍也の意識が、ゆっくりと浮上してくる。
身体の痺れは、まだ、少し残っている。
だがそれ以上に、ゆうこの温かい手が、首や頬に触れる、その感触が、彼の全身を支配していた。
(……怪我するのも、悪くないな)
そんな、不謹慎な考えが、頭をよぎる。
龍也は、ゆっくりと目を開けた。
そしてまだ、自分の顔を拭いてくれている、ゆうこを見つめ静かに立ち上がった。
身体に、力が入る。
小さく「よし!」と、気合を入れると、仲間たちに向かって言った。
「……行くか!」
その声で、一行は、一斉に立ち上がり歩き始めた。
皆は、少し、前を、進んでいる。
しかし、ゆうこだけが、その場に立ち尽くしていた。
彼女の、頬がみるみるうちに、赤く染まっていく。
さっき、立際に耳元に「……サンキュー、ドクター」と囁いた。
「ゆうこさーん!どうしたんですかー?」
前を歩いていたかすみが、不思議そうに振り返って呼んだ。
「はっ!?」
ゆうこは我に返ると、慌てて皆の後を、駆け足で追いかけていった。
「ちょっとォ!なにやってんのよ、ゆうこ!グズグズしてっと、置いてっちゃうわよォ!」
ミミィが、呆れたように言う。
「す、すまん、すまん!」
そう、謝りながら、ゆうこは、一行の、最後尾に続く。
その心臓は、まだ、ドキドキと高鳴ったまま。
耳元に残る、低い声と「ドクター」という、特別な響き。
真っ赤になった顔を、誰にも見られないように、俯きながら、ただひたすらに歩き続けるのだった。