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第六三話 温泉郷の詩編 その十七

 軍資金はできた。

 一行は、役場の中にある、古びた喫茶店で、コーヒーを飲みながら、ようやく、落ち着きを取り戻していた。

 正直、座らなければ、腰が抜けて、倒れてしまいそうだったからだ。


「これだけあれば、最強の、鎧も、杖も、買えるべ!」「わしは、キラキラの、盾が、ええのう!」「私も、新しい、ローブが、欲しいです!」

 じんたとゆうこ、そして、かすみが、小さい声ながらも、これから、何を買うかで、大盛り上がりしている。

 シンジは、その隣で、静かに目を閉じていた。瞑想でもしているのだろうか。

 龍也が、ようやく、周りが見えるようになってきて、彼に声をかける。


「……大丈夫か、シンジ」

 シンジは、はっと目を開け、少しだけ焦ったように、「ああ」とだけ、言った。

 どうやら彼も、密かにどんな武器を買おうか、想像を巡らせていたらしい。

 ミミィだけが、まだ、納得いかない様子でじんたやゆうこに

「ねえ、だから、タツヤは、偉いの?」と、聞いて回っていた。


 ようやく、武器屋と防具屋が並ぶ、商店街へと繰り出す。

 ゆうことじんた、そして、かすみの、三人娘(?)は、もう大変だった。

「あれも!」「これも!」「これ、可愛い!」「これ、おしゃれ!」

 まるで、初めてデパートに、連れてきてもらった子供のように、目をキラキラと輝かせている。


 一方、その喧騒をよそに、龍也とシンジは、冷静に対・蛇用の、防具や装備を見て回っていた。

 店主に、一つ一つその効果や、耐性を確認していく。

 その輪から、一人浮いている、ミミィに、龍也は声をかけた。


「……ミミィさん。これ、どうだ?」

 龍也は、一つの軽装の、戦闘服を彼女の、身体に充てがった。

「あたしも、いいの?」「本当に?」「いいのぉ〜ん!」

 ミミィは大喜びだ。彼女も一応、武闘家の端くれ。

 シンジもそれに加わり、三人で相談しながら、対・ヤマタノギドラ用の、最適な装備を決めていく。


 騒がしい面々の防具が、次々と新調されていく中で、一番、困ったのが龍也だった。

 この世界には「一般人おっさん」専用の、防具など存在しないのだ。

 これまでも、ただの革の鎧。

 それ以上の、重装備になれば、重くて動けなくなったり、特殊な効果が発動しなかったりと、無用の長物になるだけで、買うに買えなかった。


「……あんた、あんなに、お金持ってる、偉い人なのに、役職、ないのねえ」

 ミミィの、悪気のない一言が、龍也の痛いところを、容赦なく抉る。

 彼は、店の隅で、がっくりと落ち込んでしまった。


「ごめんて、ごめんて、タツヤ!」

 ミミィが慌てて、謝るがその心は、なかなか回復しない。


「タツヤさん、これ、どうだ?」

 じんたが気を使って、何か持ってきてくれる。


「龍也さん、これなんか、お似合いですよ」

 かすみも、そう言ってくれるが、龍也の、心は晴れない。


「どうしよう!」

 ミミィが、ゆうこに、涙目で助けを求める。


「……仕方ないのう」

 ゆうこは、深いため息を、一つ、ついた。


「……皆、すまん。……ちょっと、二人に、させてくれんか」


 その一言で、察したように、別の店へと散っていく。

 皆が、店を出ていき残されたのは、二人だけになった。

 店の隅で、膝を抱え、いじけている中年のおっさん。その姿はあまりにも、哀愁に満ちていた。


 ゆうこは、深いため息を、一つ、つくと、背中に、そっと温かい手を、ぽんと当てた。


「……何、しょげとんね、この、朴念仁が」

 その声は、いつものカラリとしたものではなく、どこまでも優しく、そして慈しむような、響きを持っていた。


「……別に、ええじゃろうが。職業なんぞなくたって」

 ゆうこは、龍也の隣にしゃがみ込むと、その落ち込んだ、横顔を覗き込んだ。


「……あんたは、戦士でも、魔法使いでも、ないかもしれん。じゃがな、あんたはわしらの『リーダー』じゃ。……それ以上に立派な、役職があるかいな」


 その、まっすぐな言葉。

 龍也は、顔を上げられない。


「……あんたが、おらんかったら、わしらはとっくの昔に、バラバラになっとる。……じんたも、シンジも、かすみも、そして、わしも。……皆、あんたがおるからこうして、前に進めるんじゃ」


 そっと、龍也の、大きな手を、自分の、両手で包み込んだ。

「……だから、しょげんな。……わしらが、あんたの、最高の鎧になったる。……あんたが、安心して、背中を預けられる、最強のパーティになったるけえ」


 その温かい、手の感触。

 そして、何よりも、温かい、その言葉。

 龍也の、ささくれ立っていた心が、ゆっくりと、癒されていくのを感じた。


「……ありがとう、ゆうこ」

 ようやく絞り出した、その一言は、少しだけ震えていた。

 ゆうこは、それに、にっこりと微笑むと、

「ほいじゃ、わしらの、リーダーさんに、ふさわしい、一張羅、見繕ってやらんとのう!」

 と、いつもの、調子で立ち上がった。


 温かい言葉と手の感触に、龍也の心はすっかりと晴れていた。

 二人が、店を出ると、ちょうど、戻ってきたところだった。


「ごめんようタツヤぁ……アタシとしたことが……なんてデリカシーのないこと言っちゃったのかしらん……!」

 真っ先に、駆け寄ってきたのは、ミミィだった。龍也の手を両手で握りしめ、涙ながらに謝罪してくる。


「いいんですよ、ミミィさん。気にしてませんから」

 心からの優しさに、力強く頷いた。


「もう、大丈夫だ。……心配かけて、すまなかったな」

 その、吹っ切れたような笑顔を見て、皆も安堵したようだった。

 そして、ゆうこは、まるで、仕切り直すかのように、パン!と、手を叩いた。


「よし!ほいじゃあ、改めて、わしらの、リーダーの、最強装備を、探すぞ!」


 彼女が、選んだのは、意外なものだった。

 ……特定の職業に縛られない『精霊樹のコート(フォレストリア)』という、シンプルなロングコートだった。

 しかしそれは、ただのコートではない。炎、氷、雷といった、元素系の攻撃魔法には、さほど効果はないが、その代わりに、植物を操ったり、毒や、麻痺を引き起こしたりする、自然系の魔法や、状態異常に対して、絶大な防御力を、発揮するという、特殊な効果を持っていた。


「これなら、今の、タツヤにも、ぴったりじゃろう!」


 そして、一行は、それぞれ、思い思いの、最強の装備を手に入れていった。

 シンジは、攻撃速度を、上昇させる、ミスリル製の、軽装鎧と、鉄鈎。

 ゆうこは、自身の、回復魔法の効果を、増幅させる、聖女のローブと、雷鳴の杖。

 かすみは、氷魔法の、威力を、底上げする、雪女の羽衣と、氷晶の杖。

 ミミィも、拳法の、威力を高める、気功師の道着と、龍の篭手を、手に入れた。


 そして、じんた。

 彼は、気配を完全に消し去ることができるという「影縫いのマント」と、そして、一つの、小さな指輪を見つけた。それは「暗殺者の指輪」という物騒な名前の、一品。

 指先に、小さな針が仕込まれており、これで、攻撃すると、たまに、魔物の急所を突き、即死させることがあるという、強力な効果を持っていた。

 なぜか、その一品だけが、驚くほどの特価で売られていた。


 全ての、準備は整った。

 一行は買い込んだ、大量の装備を抱え、意気揚々と帰還する。

 その、足取りはもはや、一点の曇りもなく、ただ、ひたすらに軽く、そして力強かった。


 いよいよ決戦の地、水上へ。

 ……とは言っても、前橋から水上温泉までは最短でも半日はかかる長い道のりだ。

 到着してすぐにあの、ヤマタノギドラと戦闘を開始するなど、疲労困憊の身体では到底不可能だった。


 それにまだ、最大の課題が残っている。蛇の弱点であるあの「草」。

 それを手に入れたとしても、ただ投げつけるだけではおそらく効果は薄いだろう。

 ゆうこ、ミミィ、そしてかすみの三人がその草を研究し、対・蛇用の決戦兵器とも言うべき何かを考案する時間がどうしても必要だった。


 その夜、一行は地図を囲み最後の作戦会議を開いていた。

 そして龍也が、一つのプランを提示した。


「……水上の手前に『沼田』という宿場町がある。まずはここを俺たちの前線基地にしよう」

 龍也の指が地図の上を滑る。


「そしてここで二手に分かれる」

「まず、ゆうこ、かすみ、ミミィの三人は『研究部隊』として、この沼田の宿で待機。いつでも草の研究が始められるよう、準備を進めておいてほしい」

「そして俺とシンジ、じんたの三人は『隠密部隊』として、水上へと先行潜入する。目的はただ一つ。蛇の包囲網を何とかして突破し、あの『草』を採取して持ち帰ることだ」

 草を沼田の研究部隊へと渡し、彼女たちが対・蛇用の兵器を完成させる。

 その準備が全て整い次第、全員でヤマタノギドラの討伐へと向かう。


「……どうだ?」

 龍也の、その提案に、すぐには賛同の声は上がらなかった。

 最初に口を開いたのは、ゆうこだった。


「……無茶じゃ。男三人だけで、あの蛇の群れに、突っ込む気かいな。……危なすぎるわい」

 その声には、龍也たちの身を案じる、偽らざる響きがあった。


「そうよぉ!あたしたちも一緒に行くわよぉ!六人、全員で行くべきだと思わない?」

 ミミィが、それに続く。薬師である自分たちも、何か手伝えることがあるはずだと。

 しかし、シンジは静かに首を横に振った。


「……いや。タツヤの作戦が最も合理的だ。大人数で動けば、それだけ、見つかるリスクも高くなる。隠密行動は少数精鋭でやるべきだ」

 かすみも、不安そうな顔で、龍也を見つめている。


「……でも、三人だけで本当に、大丈夫なんですか?」

 その時、それまで黙っていたじんたが、意を決したように顔を上げた。


「……大丈夫だ。……おらが、いる」

 その声は、小さかったが、確かな自信に満ちていた。


「……どんな、見張りがいようと、おらは、必ず、その草を、盗んでみせる。……だから、ゆうこたちも、心配しないで、待っててくれ」

 シーフとしての、彼の誇りと覚悟。

 その言葉に静かに頷いた。


「……そうだ。俺たちはじんたの、その腕を信じている。シンジの、強さも信じている。……そして、俺は、お前たちの、研究の力を信じている。必ず、最高の兵器を作ってくれると信じている。……だから、お前たちも俺たちの、力を信じてくれないか」


 その、魂からの言葉に、ゆうこも、ミミィも、納得した。

 それぞれの役割は決まった。あとは実行あるのみ。

 早朝『沼田』に出発することに決まった。


 一行はその夜、来るべき決戦に向けて、英気を養い、そして静かに、しかし熱く、その闘志を燃やすのだった。

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