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第六二話 温泉郷の詩編 その十六

 全員が、集結した。


(たった二日間、離れていただけだ。それなのに、この、胸を満たす圧倒的な、安心感はなんだろう。

 この、不思議な感情を、皆も抱いているのだろうか。

 惚れた人に会えた、というような単純な感情ではない。

 じんたに会えなかった、同じように寂しさや、どうしているだろうか、という、想いが胸にあった。

 ……これが、家族、という感情なのだろうか、だが現実の俺の家族に、この感情は今ない。

 子供に対してもそうだ。親としての責任感はある。だが、こういう、温かい感情とは少し違う。

 目の前の賑やかで、少しカオスな再会の光景。それが、なんとも心地よい。

 この感情を、俺の貧祖なボキャブラリーでは、到底言い表すことができない。)


 ただ、胸が、熱くなる。


「……どうしたんね、タツヤ」

 耳元で、不意に声をかけられ、身体が、ビクッと、跳ね上がった。

 固まったまま、横目で見ると、そこに、ゆうこの、朗らかな顔があった。

 龍也は、一瞬、手が動きそうになるのを、堪えて、


「……いや、何でもないよ」

 そう静かに答えると、無意識に言った。


「……おかえり」

 それに、答えるように、ゆうこが、満面の笑顔で言った。

「……ただいま!」


 その瞬間、龍也の、目から、一筋、涙がこぼれ落ちた。

 慌てて、背を向け、それを隠す。


 背後で「タツヤ、どうしたんだべか?」と、じんたの、声が聞こえる。

 シンジが、それを察して「何でもないよ」と、じんたを、制してくれているのが分かった。

 その横で、ミミィだけが、まだ「だから、なんで、怒ってんのよ?」と、不思議がっている。

 かすみは、まだ、ゆうこに、抱きついたままだったが、その一部始終を、しっかりと見ていた。

 そして(きゃあ!)と、心の中で、悲鳴を上げている。

 ゆうこも、何も触れないように、ただ優しく、かすみの頭を撫でていた。


「……年、取ると、涙もろくなって、いかんな……」

 龍也は、誰に言うでもなく、そう、聞こえるか、聞こえないか、くらいの声で呟いた。

 そして、ようやく、一行は、宿の中へと、入っていくのだった。


 ひと段落し、全員が食堂のテーブルへと着いた。

 龍也が淹れた熱いコーヒーの、香ばしい香りが少しだけ、張り詰めていた空気を和らげる。

 彼は、カップをそっと置くと、改めて仲間たちの顔を、ゆっくりと見渡した。


 じんた、ゆうこ、シンジ、かすみ。そして、ミミィ。

 一人一人の顔。

 その全てが、ここにある。


「……おかえり。みんな」

 龍也の、心からの一言に、皆が柔らかな、笑顔で応えた。

 そしていよいよ、本題に入る。

 情報交換だ。


 まず、口火を切ったのは龍也だった。

 前橋で、手に入れた情報を、一つ一つ、丁寧に説明し始めた。


「……まず、ヤマタノギドラの、手下である、蛇の魔物には、どうやら、苦手な『草』が、存在するらしい。その草は、水上の、源泉の周りでしか、生息していないとのことだ」

 その言葉に、ゆうことミミィの、目が鋭く光る。


「蛇どもは、その草が、生えている場所には、絶対に、近づかない。それは、ヤマタノギドラ本体でさえ、例外ではないらしい。……だが、問題は、その、源泉の周りを、ぐるっと、無数の手下の蛇どもが、取り囲んでいて、誰も、近づくことが、できないということだ」


 そして、もう一つの、重要な情報を付け加えた。

「……そして、水上の温泉はかつて、どんな怪我も、内臓の病気さえも、治すと言われるほどの、強力な、治癒効果を、持っていたという。……今は汚染されて、死の湯と化しているがな」


 龍也の話が、終わると、今度は、ゆうこが、高崎で得た、情報を話し始めた。


「……龍也の話と、繋がるんじゃがな。わしらが、聞いた話も、その蛇どもが苦手とするものも、『草』そう言うとったで。源泉の水にだけある栄養素が、なんかしら化学変化して、草に不思議な力を宿しとるんじゃ思うんよ」


 その、衝撃的な、情報に、皆が、息を飲む。


「……ヤマタノギドラが現れた、当初は、ひどく、衰弱しとっとる、っちゅう話も、聞いた。それが、温泉の湯に、浸かり始めてから、みるみるうちに、元気になって、暴れ出した、と。……おそらく、ギドラは、その、源泉の、特殊な、治癒成分を、利用して、自分の、傷を、癒しとるんじゃろう。じゃが、その治癒成分を、栄養にしとる、あの『草』だけは、苦手じゃから、手下の蛇どもに、源泉を、守らせとる。……そういうことじゃと思う」


 二つの、街で、集められた、情報が、一つに、繋がった。

 ヤマタノギドラは、水上の源泉が持つ、特殊な治癒の力を、独占し利用している。

 そして、その、治癒の力の源泉となる、特殊な成分を栄養とする、特別な「草」こそが蛇の魔物たちの、唯一の弱点。


「……つまり、俺たちがやるべきことは、一つだ」

 シンジが、静かに力強く言った。


「……あの、蛇の、包囲網を突破し、源泉の周りに生えている、『草』を手に入れる。そして、その草を武器として、ヤマタノギドラを、討つ」


 答えは出た。

 しかし、それは、あまりにも、困難な道のりだ。

 無数の、蛇の群れを、どう突破するのか。

 そして、三つの頭から、炎と、氷と、毒を、吐き出すという、本体と、どう戦うのか。


 課題は山積みだ。

 しかし、五人の、顔には、もう迷いはなかった。

 やるべきことが明確になった今、彼らの心は、一つの揺るぎない、目標に向かって、固く結ばれていた。

 一行は、コーヒーカップを、静かに置くと、その先の、厳しい戦いを見据え、顔を引き締めるのだった。


 作戦は決まった。

 しかし、それを実行するには、あまりにも、戦力が不足していた。

 今の、装備では、ヤマタノギドラどころか、その手下の、蛇の群れを突破することすら難しいだろう。


 一行は、部屋に戻り、買い出しへと、向かうことにした。

 この、前橋の街で、考えうる、最高の装備を揃える。

 そのためには、軍資金がいる。

 龍也は、背に腹は代えられない、と、覚悟を決めた。

 そして役所へ向かい、所沢の、梅さんへと電話をかけた。

 トイチの、利息は恐ろしい。しかし、命には代えられない。


「……もしもし、梅さん、俺です。……また、お願いがあって……」

 事情を説明した。そして、恐る恐る必要な金額を口にした。

「……どうしても、必要なんです。……三百万円、貸していただけないでしょうか」


 電話の向こうで、梅さんは、少しだけ黙り込んだ。そして言った。


『……ほう。なかなかの、高額じゃね。……お前さん、本当に、それを、返せるのかい?』

 その、静かな、しかし、有無を言わせぬ、圧力に、冷や汗を、かきながら答えた。

「……が、頑張ります!」

 すると、電話の向こうで、梅さんは、いつものように笑い出した。

『かかか!その、威勢のいい返事を聞きたかったんじゃよ。……まあ、心配は無用じゃよ、タツさん』

「……はい?」

『浦和の三号店な。あれ、上の階のテナントも、全部満室になってのう。薬局の売り上げも絶好調じゃ。……だからな、三店舗分の利益から、あんたの役員報酬、どーんと弾んどいたから。……それで、なんとかしんしゃい』


 そう言うと、電話は、一方的に、切れた。


「……え?」

 龍也は、呆然と、受話器を、握りしめたまま立ち尽くす。

(……本当か?……もしかして、これは、新たな、振り込め詐欺なのでは……?)

 などと、訳の分からないことを、思い始めた。


 半信半疑のまま、一行は、銀行の、ATMへと向かった。

 そして、龍也が、通帳を、入れたその瞬間。

 そこに、表示された、残高の、数字。


「「「「ご、五百万円……!?」」」」


 全員が、絶句した。

 そのあまりにも、現実離れした金額に、ミミィだけが冷静に、龍也に尋ねた。


「……ちょっと、タツヤ。……あんた、もしかして、本当は、すごく、偉い人なの?」

 その、純粋な疑問に、龍也は力なく、首を横に振ることしかできなかったのだった。

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