第六一話 温泉郷の詩編 その十五
明け方。ゆうこは、目を覚ました。
窓の外を眺めると、朝焼けで空が、真っ赤に染まっている。
その、あまりにも美しい光景に、しばらく見入っていた。
微笑んだ横顔が、何を想っているのか。それは誰にも分からない。ただ、どこか、愛らしい顔だった。
(……こんな、早うから、起きるのは、いつぶりじゃろうか)
まだ、誰も起きてこない、静かな時間。
そっと、宿を抜け出し、一人、散歩に出かけた。
外は、澄み切ったひんやりとした、空気で満ちている。それが、最高に気持ちが良かった。
「うーん!」
ゆうこは、大きく伸びをして、あてもなくふらっと歩き始めた。
昨日食べた、焼きまんじゅう屋もまだ、閉まっている。
豆腐屋の煙突から、白い煙が上がっていたが、まだ、仕込みの最中だろう。
この、のんびりとした、街の朝の雰囲気が、ゆうこはなんだか、とても心地よかった。
商店街を、ぐるりと一回りして、宿の部屋に帰ると、もう、じんたがせっせと、荷造りをしていた。
「早いな、じんた。おはよう」
「おはよう!……なんだか、早ぐ、タツヤさんたちに、会いたくてのう」
「はは。さすがに、まだ、早すぎるじゃろう」
食堂へ行くと、朝食を、用意してもらえた。
そこへ、ミミィが、やってくる。
「おはよう。……今日、あんたたち、前橋に行くんでしょ?アタシも、一緒に行くわよん」
「ええんか、ミミィ?親御さんは?」
「もう、顔は、見たからいいのよ。それに、アタシも、その、ヤマタノギドラってやつ、見てみたくなっちゃったし」
「……んじゃ、もう少ししたら、出発すると、しようかのう」
ゆうこは、そう言うと、急いで、朝食をかきこんだ。
そして、いざ、前橋へ。
高崎の街を、後にする三人。
その、足取りは、来た時よりも、ずっと、軽く、そして、希望に満ち溢れていた。
仲間たちが待つ再会の場所へ。
三人は、朝日の中を、力強く歩き始めた。
早朝。日課の太極拳を終え、ふう、と、息を吐きながら、東の空を見上げた。
薄らとした、朝焼けが、空を美しい、グラデーションに、染め上げている。
その、静かで、荘厳な光景が、心を、優しく癒してくれた。
(……もうすぐ、起きる頃かな)
その、想いが、誰に、対してのものなのかは、今はおいといて。
散歩に出かけた。
武器屋と防具屋が、並ぶ商店街。その一角で、早朝からやってるラーメン屋に、長い行列ができていた。
「……こんな、時間から、ラーメンか。……みんな、若いって、いいなあ」
そんなことを、しみじみと思いながら、歩き続けていると、後ろから風のような、速さでシンジが、追い越していった。
ぐるっと一回りして、宿の部屋に帰ると、すでにシンジは、戻ってきており、風呂場で汗を流している。
かすみが、身支度を整え、ゆうこたちの、出迎える準備を整えていた。
やがて、シンジも、さっぱりとした顔で、風呂から上がってきて、準備を始める。
「……昼には、着くかな」
龍也が、そう、呟くとかすみも、こくりと頷いた。
仲間たちが来る。
ただ、それだけのことが、こんなにも、待ち遠しく、そして、嬉しいものだとは。
三人は、それぞれの想いを胸に、再会のその時を、静かに、そして、心待ちに、待っているのだった。
予定よりも、一時間、早く着いた。
逸る気持ちが、自然と、歩く速度を、速めていたのだろう。
前橋の、街の門が、見えてきた時、ゆうこは、思わず駆け出しそうになった。
その、様子を見て、ミミィが、言った。
「あら、ゆうこ。そんなに、会いたかったの?」
その、一言に、ゆうこの、顔がカッと、真っ赤に染まった。
「ち、違うわい!」
そう叫ぶと、彼女は、一人でぷんぷんと、怒りながらさっさと、宿屋の方へと行ってしまった。
残された、ミミィは、きょとんとした顔で、じんたに振り向いた。
「……なんで、あの子、怒ってんの?」
その、あまりにも、不思議そうな顔に、じんたは、笑いをこらえながら「気にするな」と言うしかなかった。
ミミィ的には、本当に、ただ、普通のことを、言っただけなのだ。
宿屋の前まで行くと、そこでは、かすみが、待っていた。
ゆうこが、一人で、先に来たのを見つけると、かすみは、「ゆうこさん!」と、嬉しそうに駆け寄り、ぎゅっと抱きついていった。
二人は、再会を、喜び、きゃいきゃいと、はしゃいでいる。
そこへ、龍也と、シンジも、宿から出てきて、ニッコリしている。
かすみを、抱きしめたまま、ゆうこは、龍也の顔を見た。途端に、潤んでくるのを感じた。
それを誤魔化すために、くるっと、背を向けるように、方向を変えた。
やがてじんたと、ミミィも到着する。
じんたは、龍也とシンジの姿を見るなり「会いたがったどー!」と、泣きながら、駆け寄ってきた。
シンジが、その肩を、よしよし、と、叩いている。
ミミィは、まだ、ゆうこがなぜ、怒ったのか分からず、不思議そうな顔をしている。
再会は、どこまでも賑やかだった。
五人と、そして、一人。
それぞれの想いが交錯する、この前橋の街で、彼らの物語は、また新たなページを、めくろうとしていた。