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第六〇話 温泉郷の詩編 その十四

 ゆうこたちが、目を覚ましたのは、朝の十時を、大きく回った頃だった。

 民宿の食堂へ行くと、遅い朝食を用意してもらえた。

 テーブルでは、ミミィが一人、コーヒーを飲みながら待っていた。


「遅かったわねえ。おはよう」

 オネエ言葉を聞かなければ、もはやただの、優しそうなおっさんにしか見えない。

 そのギャップにじんたは、またしてもビクッと肩を震わせ、ゆうこは、腹を抱えて笑っていた。


 朝食を済ませ、二人は、新たな情報を求め、高崎の街へと繰り出した。

 手当たり次第、道行く人に声をかけ、開いている店という店に顔を出す。

 その聞き込みスタイルは、さながら足で稼ぐ、昭和の刑事のようだった。

 しかし、昼間の街では、なかなか、有力な情報は得られない。


「……やっぱり、夜の、酒場じゃないと、ダメかねえ」

 とりあえず、ここの名物だという「焼きまんじゅう」を、食べながら、今後の方針を考えた。

(どうしたもんかのぅ、夕方まで待って、それか・・・)

「なんじゃ、こりゃあ!この甘い味噌ダレ、ぶちうまいのぉ!」

 もはや、考えているのか、ただ、食レポで、感動しているのか、分からない、ゆうこ。

「きりたんぽとは、ぜんぜんちげども、このまんじゅう、ほんと、うめっけな。……おばちゃん、もいっぽん!」

 じんたも、すっかり、その味の、虜になっていた。


 夕方まで、時間を潰し、ようやく、ネオンが灯り始めた夜の街へ。

 六軒ほどの、酒場を回った。

 次の一軒の店で、従業員が、ゆうこたちに、声をかけてきた。


「……あんたら、昼間、水上のこと、聞きまわってた、姉ちゃんたちだよな?」

「んだー!」

 じんたが、思わず食いつく。ゆうこは、その頭を軽く、はたいて前に出た。


「まあ、怖がらんと、ちいと話、聞かせてくれんかね」


 カウンターで、男の話を聞く。


「……ヤマタノギドラの、手下の蛇どもはな、確かに猛毒を持ってるんだが、どうにも苦手なものが、あるらしくてな。そいつの近くには、絶対に寄り付かねえんだとよ。しかもそれに触れたり、食ったりした蛇は、一発で死んじまうらしい。……ただ、それが一体何なのかは、分からねえんだが」

 以前、別の酒場で会った討伐者の男が、そんな話をしていたのを、思い出したというのだ。

 昼間、聞き込みをしていた、ゆうこの姿を見かけて、それを思い出したと言ってきた。


 その男は、じんたのことなど、全く、目に入っていない様子で、ゆうこに、ねっとりとした視線を送ってくる。

「……なあ、姉ちゃん、綺麗だねえ。この後、二人で、どうだい?」

「残念じゃが、ええ男が、おるんよ。ごめんな」

 ゆうこは、そう、あっさりと、断ると、さっさと店を出て行った。


 外で、じんたが、ニヤニヤしながら、ゆうこを見た。


「……なんぞ、じんた!」

 ゆうこが、頭を小突く。じんたは、半泣きで「ごめん!」と謝った。

「ほいじゃ、次行くで!」


 次の酒場。

 カウンター越しに、マスターに話を聞き、じんたは、客にも聞いて回る。

 すると、一人の、恰幅のいい男が、重要な情報をくれた。


「……ああ、あの、水上の源泉にはな。何か、特別な成分が、入っとるらしいぞ。この、大陸でも、あそこにしかない、特殊な成分だそうだ。……温泉は、もう、汚染されちまっとるが、その、源泉だけは、決して、汚染されることはない」


 特別な、成分?蛇の苦手なもの?

 具体的には、何も分かってはいない。だが、キーワードは確実に増えている。

 やはり全ての鍵は、あの、源泉が握っている。


 その酒場でも、数人の男に、ゆうこは声をかけられていた。

(……この街は、女がおらんのか?)

 そう、思いながらも、彼女は全て、「ええ男がおるから、ごめんな」と、断り続けた。

(……うちも、案外、もてるんじゃのう)

 そんなことを、密かに思いながら。


 民宿に帰り、ミミィに、成果を報告し相談した。

 夜は更けていく。再会の日まで、あと一日。

 ゆうこの頭の中には、未知の温泉成分と、蛇の弱点についての、様々な仮説が渦巻いていた。



 早朝、日課の太極拳を行っていた。

 澄み切った、朝の空気を、深く吸い込む。都会とはやはり、違うのかもしれない。

 空気が、格段にうまく感じる。

 そんな、清々しい気分で少しだけ、街を散歩する。


 シンジが、朝のランニングに繰り出す。


 宿に戻り、今日一日の、行動計画を、頭の中で整理していた。

 しばらくして、シンジが帰ってきた、汗を流す。

 かすみが支度を終え、部屋から出てきた。

「おはようございます」と、元気な挨拶。


 三人は、朝食を、食べるために外へ出た。

 前橋は、街の規模で言えば、板橋と同じくらいだろうか。

 しかし、群馬エリア一の大都市というだけあって、その店の、バリエーションは、実に豊かだった。

 朝早くから、営業している、定食屋を見つけ中に入る。

 店の壁には「名物!味噌カツ丼」と、大きく書かれていた。


「……朝からは、無理だな」

 龍也は迷わず、普通の朝定食を頼んだ。

 しかし、シンジとかすみは、その、味噌カツ丼を注文している。

(……さすが、若者だな)

 そう、思いながら、龍也は、納豆をかき混ぜた。


 食べ終わり、店の人に、水上のことを尋ねてみた。

 しかし、「なんか、でっかい、蛇か龍みてえなのが、いるらしいな」

 という程度の情報しか得られなかった。


「……そういう、情報なら、レース場に行ってみるといい。あそこには、いろんな奴らが集まってくるからな」

 場所を聞くと、街の門を出て、北へ二十分ほど進んだところに、魔物が入れないよう柵で囲われた、広大な森があるという。

 その中に魔物が、人を乗せて競争する「人力車レース場」があるらしい。

 早速行ってみることにした。


 森に近づくと、遠くから大きな、歓声が聞こえてくる。

 かすみは、その音にワクワクしているようだった。

 観光地のようで魔物は、ほとんど出てこない。

 もし出てきても、所々に配置されている、屈強な戦士たちが、すぐに討伐してくれる。

 彼らは、レース場に雇われた、警備員のようだった。


 中に入るとそこは、森というよりは手入れの行き届いた、巨大な庭園のようだった。

 そしてその、奥に、レース場が見えてきた。

 トラックの中では、様々な種類の魔物が、人力車を引き、一位を目指して、激しいデッドヒートを、繰り広げている。

 その、何もかもが目新しい光景に、かすみは興奮して、きゃいきゃいとはしゃいでいる。

 シンジは、その様子を微笑みながら見守っていた。

 だが、常に、周りへの警戒を怠らない。さながら、お姫様を守るSPのようだった。


 龍也は、身近なところから、手当たり次第に、話しかけていく。

 なかなか、有益な情報は得られない。

 時には、いきなり怒り出す、柄の悪い客もいたが、手を出してくるような輩は、全てシンジが、その圧倒的な威圧感で、制圧し去っていく。


 しばらく聞き込みを続け、何人かから重要な話を聞くことができた。


「……ああ、あの蛇どもはな。どうにも苦手な『草』が、あるらしいぜ」

 その草は、水上の源泉の影響なのか、その周辺でしか、生息していないという。


「蛇どもは、その草が生えてる場所には、絶対に近づかねえ。ヤマタノギドラでさえそうだ。……だが、その源泉の周りを、ぐるっと、手下の蛇どもが取り囲んでて、誰も近づくことができねえんだ」


 そしてもう一つ。

「……昔はな、水上の温泉は、怪我の治癒に、ものすごく効くって、評判だったんだ。飲めば、内臓の病気も治るってな。……まあ、今じゃ、汚染されて、入れば、一発で死んじまう死の湯だがな」


 宿に帰る途中、三人は、名物の焼きまんじゅうを食べた。

 かすみは、その甘じょっぱい味に、大はしゃぎ。

 シンジも、まんざらでもない顔で、それを頬張っている。

 龍也は、その味を分析し、こっそりと自分の、レシピ帳にメモをした。


 宿に帰り、夕飯までの間三人は、今日手に入れた情報を整理し、明日の、仲間たちとの再会に備えるのだった。

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