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第五七話 温泉郷の詩編 その十一

 水上温泉の詳細がわかった。

 語られた内容は「……あそこは、もう地獄だ」

 その、呟きから男たちは、ぽつり、ぽつり、と語り始めた。


 彼らの話によると、全ての始まりは、三ヶ月ほど前。

 突如として、水上温泉郷の源泉が湧き出る、一番、奥の渓谷に、一体の巨大な魔物が現れたのだという。

 その魔物は、三つの頭を持つ、巨大な蛇。それぞれの頭は、炎と、氷と、毒を、吐き出すらしい。

「……そいつを、俺たちは、『ヤマタノギドラ』って、呼んでる」


 ヤマタノギドラが、現れてから、温泉郷の様相は一変した。

 まず、温泉の湯がおかしくなった。ある時は、煮えたぎる熱湯となり、また、ある時は、全てが凍りつく氷水となる。そして、時には、猛毒の湯気に、満たされることもあるという。

 もはや、温泉としては、全く機能しなくなった。


 さらに、厄介なのは、ギドラがその眷属けんぞくである、無数の蛇の魔物を生み出し、温泉郷の至る所に放っていることだった。

「……小さな毒蛇から、人間を、丸呑みにするような大蛇まで……。昼も、夜も、関係ねえ。街の中はもう蛇だらけだ」


 討伐隊も、何度か組まれた。しかし、誰もオロチの元まで、たどり着くことすらできなかった。

 渓谷へ続く道は、無数の蛇の魔物に阻まれ、そして、運良くそこを突破できたとしても、オロチ本体の、炎と、氷と、毒の、三位一体の攻撃の前になすすべもなく、壊滅させられたという。


「……何人、死んだか、分からねえ。……生き残った奴らも、皆、心も、身体も、ボロボロにされて、この熊谷まで、逃げてきたんだ」


 男たちの顔には、深い絶望と、恐怖の色が浮かんでいた。

 それが水上温泉の、今の、恐ろしい現実だった。


 重い空気のまま、一行は酒場を後にした。

 そしてその夜。気分を変えようと、先日訪れたあの賑やかな、定食屋へと向かった。


 店に入ると、そこに、いるはずのない、人物がいた。


「……ミミィさん!?」

 龍也は、思わず声を上げた。

 新宿の、町医者で、働く、あの、オネエ看護師、ミミィだった。


「あら、タツヤじゃないの!奇遇ねえ!ゆうこも!」

「ミミィ!なんで、あんたが、ここに、おるんじゃ!」

 ゆうこは、師匠との、再会に、大喜びで、駆け寄っていく。

 懐かしさのあまり、話が弾む。


 そして、ミミィは、自分がなぜここにいるのか、その理由を語り始めた。

「……実はね、アタシの、実家が、水上で、温泉宿を経営してたのよ。でも、魔物のせいで、両親も、従業員も、皆追い出されちまってね〜。……今は、近くの『高崎』っていう街に、避難してるから、そこに、会いに行く途中なのよ〜」


 その、衝撃的な告白。

 水上の、悲劇はもはや、他人事ではなくなった。

 ミミィの、悲しそうな顔を見て、ゆうこの、中の何かが切れた。


「……許せん!絶対に、許せんわい!」

 彼女は、テーブルを、バン!と叩いた。

「わしらが、その、ヤマタノギドラとかいう、大蛇、絶対に、退治したるけえ!ミミィの、大事な、故郷は、わしらが、取り戻しちゃる!」


 その、力強い宣言に、いつの間にか店にいた、他の客たちからも歓声が上がる。

 そして、その夜もまた気づけば、店中を巻き込んだ、盛大な宴会へと発展していくのだった。

 ミミィも加わった、二度目の大宴会。


 その、熱気が、ようやく冷めやらぬ、翌朝。

 一行は、宿の一室で、広げられた地図を前に、再び、作戦会議を開いていた。


 酒場の、男たちの話によれば、ここ熊谷から、目的の地である、水上温泉までは、最短ルートを進んでも、丸一日は、かかるらしい。道中には、ヤマタノギドラの眷属である、蛇の魔物も、出現する可能性があるという。


 そして、もう一つ、新たな情報が加わった。

 ミミィの両親たちが、避難しているという、街「高崎」。

 そして、地図を見ると、その、すぐ横には「前橋」という、これまた、大きな街が存在している。

 どちらも、ここ、熊谷からは、半日ほどの、距離だ。


「……どうするかな」

 龍也が腕を組む。

 選択肢は、三つ。


 一つは、予定通り、まっすぐに「水上」を目指す。

 しかしこれは、最も危険で、そして、無謀な選択かもしれなかった。ヤマタノギドラ本体の情報が、あまりにも少なすぎる。


 二つ目は、ミミィと共に「高崎」へ向かう。

 そこで、彼女の両親たちから、より、詳しい、水上の情報を、聞き出すことができるかもしれない。


 三つ目「前橋」という、未知の街へ、一度立ち寄ってみる。

 そこは、地図を見る限り、この群馬エリアで、最も大きな商業都市のようだ。

 もしかしたら、ヤマタノギドラに対抗するための、特別な、武器や防具が、手に入るかもしれない。


「わしは、ミミィも、心配じゃけえ、高崎に、行きたいのう」ゆうこが、言う。

「おらも、そうだ!ミミィさんの、父ちゃん、母ちゃんに、会って、もっと、詳しい話を、聞くべきだ!」

 じんたも、それに、賛同する。


 一方、シンジは冷静だった。

「……いや。俺は、前橋へ行くべきだと思う。今の我々の装備で、ヤマタノギドラに、勝てるとは、思えない。まずは、戦力を整えるのが先決だ」


 かすみは、どちらの意見にも頷きながら、龍也の、判断を待っている。

 仲間たちの、安全を、考えるなら、シンジの言う通り、前橋へ行くべきだろう。

 しかし、ミミィとゆうこの、気持ちを考えれば、高崎へ行くべきだ。


 龍也は、しばらく考え込んだ。

 そして、彼は、一つの結論を導き出した。


「……分かれよう」


 その、意外な、一言に皆が顔を上げた。


「俺と、シンジ、かすみの三人は、前橋へ向かう。そこで、装備を整え、情報を集める。

 そして、ゆうことじんた。お前たちは、ミミィさんと一緒に、高崎へ行ってくれ。そして、避難してきた人たちから、できる限りの、情報を、引き出してきてほしい」


 それは、戦力を分散させるという、リスクを伴う作戦。

 しかし、時間がない今これが、最も効率的で、そして、確実な方法だと、龍也は判断したのだ。


「……二日後。前橋の街の、一番大きな酒場で、必ず、全員で再会する。いいな?」


 龍也の、その、リーダーとしての決断に、反対する者は誰もいなかった。

 こうして、一行は、二手に分かれ、それぞれの目的を果たすため、新たな街へと向かうことになった。

 それは、彼らの絆と、個々の力が試される、新たな試練の始まりでもあった。

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