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第五三話 温泉郷の詩編 その七

 浦和の、巨大な門を後にした一行は、しばらく街道を歩いていくと、やがて、大きな三叉路へとたどり着いた。

 一つは、東へ向かう「茨城方面」

 一つは、南へ戻る「東京方面」

 そして、一行が、進むべき、北西への道「群馬方面」


「こっちだべ!こっち!」

 じんたがまるで、遠足に来た子供のように、はしゃぎながら群馬方面への道を指さし、先頭を歩き始めた。

 その、あまりにも分かりやすい浮かれように、皆、思わず、笑みをこぼす。


 次の、目的地は、宿場町「熊谷」

 ここから、半日ほどの道のりだ。


「……となると、着く頃には少し、暗くなっているかもしれないな」

 龍也が、空を見上げながら呟いた。

 そして彼は、パーティの、新たな切り札である、かすみに向き直る。


「かすみ。万が一、の話だが……。もし夜道で、ゾンビに遭遇したら、すぐに、火の魔法を使う準備をしておいてくれ」


 その、「ゾンビ」という一言。

 それを聞いた瞬間、それまで上機嫌だった、じんたとゆうこの顔が、さっと青ざめた。


「「……ぞ、ゾンビ!?」」


「そうだ。川口の二の舞はごめんだからな。今度はこっちには、火の魔法っていう、最強の武器がある」

 龍也のその頼もしい言葉も、もはや、二人の耳には届いていない。


「な、なんでもっと、早ぐ、出なかったんだべか!」

「そうじゃ!そうじゃ!こんな、中途半端な時間に出るから、こがなことになるんじゃ!」

 二人が、いつものように、ぎゃあぎゃあと、文句を言い始めた。

 その隣で、オロオロするばかりのかすみを見て、シンジが、静かに声をかけた。


「……かすみ。……いつもこうだから、気にしないでいい。何かあれば俺が、必ず援護する」

 その多くは語らないが、絶対的な信頼感を、感じさせる言葉にかすみは、こくりと頷いた。


 そんな、三人の様子を少し、ニヤケながら眺め、さっさと、前を歩き始めた。


 街道を、歩くこと三十分。

 これまでよりも、確実に北へ来たのだろう。空気も少しだけひんやりと感じる。


 その時だった。道の真ん中に、一体の魔物が立っていた。

 それは、魔法使いのようだったが、これまで出会ってきた、黒いローブの陰気な奴らとは、見た目が明らかに違う。派手な装飾が施された、青いローブを身にまとい、その手には、水晶が埋め込まれた、豪華な杖を握っている。


 シンジが、鉄鈎を構え、正面で牽制する。

 じんたが、音もなく、その場から姿を消し、背後へと回り込んでいるのが、気配で分かった。

 龍也は、少し、離れた場所からヤリを構える。


「……行くぞ!」

 龍也のヤリが風を切り、魔物へと放たれた。

 魔物がそれを、嘲笑うかのようにひらりとかわした、その瞬間。

 シンジが、弾丸のように飛び込んだ。

 魔物がそれを、さらに避けようとした、その、また瞬間。

 じんたが、背後から、スティールを、仕掛ける。

 同時に、かすみも氷の矢、アイスアローを放った。

 完璧な、連携のはずだった。


 しかし、相手の方が、一枚上手だった。

 じんたは、何かを、盗むことには成功した。

 だが、かすみのアイスアローは、ローブの裾をかすめただけで空を切る。

 そして、魔導士は、その水晶の杖を、天へと、かざした。


「!?」


 次の瞬間。じんたの、頭上めがけて、空から、一条の、イナズマが、落ちてきた。


「危ない!」

 咄嗟に横へ飛びのき、直撃は免れた。

 しかし、イナズマは、すぐ近くの木に当たり、バチバチという、轟音と共に、その幹を黒焦げにした。


 連携は、失敗に終わった。


 辛うじて、避けたじんただったが、その身体は感電したのか、少しだけ麻痺している。

 ゆうこが駆け寄るが、近づいただけでビリビリとした、静電気のようなものを感じた。

 彼女は、少し離れた場所から、じんたに「ヒーリング・タッチ(癒しの手)」を送る。

 痛みと火傷は治った。だが、まだ身体の痺れは、完全には取れていないようだった。


「雷です!皆さん、気をつけてください!雷の魔法は、直撃すれば、感電して、内臓が壊れて、死んでしまいます!」

 かすみが叫ぶ。


 一同は、どう戦えばいいのか、考えながら魔導士の、次の攻撃を避け続ける。

 その時、龍也が叫んだ。


「連携Cだ!」


 その、合図。

 ゆうこが、地面の石を拾い、魔導士へと投げつける。完全に陽動だ。

 龍也が、正面からヤリを構え、おとりの攻撃を仕掛ける。

 魔導士が、再び杖を、天へと掲げた。


 その、瞬間。


 じんたが、懐から目くらましの玉を、魔導士の足元へと投げつけた。

 パン!と、いう音と共に、閃光が辺りを包む。

 視界を奪われ、一瞬、動きが止まった魔導士。

 その、懐へとシンジが、音もなく飛び込み、その鉄鈎で、心臓を一突きにした。


 断末魔の悲鳴と共に、魔導士は、光の粒子となって消えていった。

 後に残されたのは、例の、水晶の杖。

 そして、じんたが最初に盗んでいた、戦利品の、マジックポーションだった。


 杖を、かすみに持たせてみる。しかし、彼女は、


「なんだか、魔力が、弱くなった気がします……」

 と、持ちたがらない。

 試しに、ゆうこが、その杖を持ってみると、


「おお!なんじゃ、こりゃ!気力が、みなぎってくるわい!」

 と、言い出した。どうやら、彼女の新たな力と、相性がいいらしい。

 杖は、ゆうこが、装備することになった。


 それにしても、危なかった。

 もし、あの雷を、誰かが、食らっていたら、一瞬で、黒焦げになっていたかもしれない。

 一行は、宿へと向かう道すがら、すぐに緊急の、作戦会議を始めた。


「……まず、第一に、詠唱を、させないことじゃな」

 口火を切ったのは、ゆうこだった。

「わしが、石でも何でも、投げつけて、相手の集中を削ぐ。その隙に……」

「おらが、煙玉を叩きつける!」

 じんたが、それに続く。

「視界を奪えば、呪文もまともに、唱えられねえはずだ。そして、その煙の中に……」

「……俺が、飛び込む」

 シンジが静かに、しかし、力強く言った。


 詠唱を、始めた瞬間に、それを、物理的に叩き潰す、電光石火の速攻策だ。


「……だが、もし、それが、失敗したら?」

 龍也が、第二段階の、プランを提示する。

 その時、それまで黙って、新しい杖をいじっていたゆうこが、不意に顔を上げた。


「……なあ、タツヤ。この杖、なんじゃが……」

 杖に埋め込まれた水晶に、意識を集中させる。すると、杖の先端から、バチバチ、と、小さな青白い火花が散った。


「……なんか、よう分からんが、こいつ、電気を、呼び寄せとる、みたいじゃ」

 彼女が、レベルアップで、魔法の素養に、目覚めたことで、この、雷の魔導士が、使っていた杖に、共鳴し始めたらしい。


 その、現象を見て、龍也の頭に、一つの閃きが浮かんだ。


「……ゆうこ。その杖を、天に、かざすことは、できるか?」

「おう、できるが、それが、どうかしたんか?」

「……避雷針だ。もし、敵が、雷を、発動した、その瞬間に、ゆうこが、その杖を、高く、掲げる。そうすれば、敵の雷は、全て、その杖に、吸い寄せられるんじゃないか?」


 それは、あまりにも大胆で、そして、危険な賭けだった。


「む、無茶じゃ!わしが、黒焦げに、なるわい!」

 当然、ゆうこは、猛反対する。

 しかし、龍也は、続けた。


「……いや。この杖は元々、雷を、操るための道具だ。ただ、雷を受けるだけなら、おそらく、壊れはしない。……頼れるのは、もう、ゆうこしかいない」


 その、絶大な信頼。そして、無茶苦茶な作戦。

 ゆうこは、しばらく、ぶつぶつと文句を言っていたが、やがて、覚悟を決めたように、その杖を、強く握りしめた。


「……分かったわい!やっちゃるけぇの!」


 先手必勝の速攻策。そして、それが破られた時の、最終防衛ラインは、ゆうこ。

 この、二段構えの作戦。

 それが、彼らが導き出した、対・雷魔法への、現時点での最適案だった。


 一行は、この先に待ち受ける、新たな脅威への対策を、練り上げたことで、少しだけ安堵しながらも、改めて気を引き締め直す。


 雷魔法への対抗策を、話し合いながらも、一行は、熊谷への歩みを止めなかった。

 浦和を出てから、ずっと、すぐ横を雄大な、荒川が流れている。

 その茶色く濁った、水面をぼんやりと眺めていた、その時だった。


 ザバァッ!

 凄まじい、水音と共に、川から、一体の、巨大な魔物が姿を現した。

 ワニのようだが、その大きさは、小型のトラックほどもある。

 そして、その全身はまるで、恐竜のように、ごつごつとした硬い鱗で覆われていた。


「……硬そうだぞ、気をつけろ!」

 シンジが、警告を発すると同時に、その鉄鈎を構え、前に出る。

 魔物は俊敏ではない。しかしその、一歩、一歩が、地面を揺るがす。

 そして、開かれたその、巨大な顎。もし、あれに噛まれでもすれば、ただでは済まないだろう。


 シンジの、渾身の一撃が、魔物の側頭部に、叩き込まれる。

 しかし、ガギン!と、金属を叩いたような、鈍い音がしただけで、魔物には、全く効いている様子がない。

「くそっ!」

 打撃は、全く通じない。


「下がって、シンジさん!」

 かすみが、叫ぶ。彼女は、杖を構え氷の矢、アイスアローを放った。

 矢は、魔物の顔面に命中し、その一部分を凍りつかせる。

 しかし魔物が、一度頭を振るっただけで、その氷は、あっけなく粉々に砕け散ってしまった。


「なっ……!」

 その間にじんたが、シーフの本領を発揮する。彼は、魔物の、巨体の下を、素早く駆け抜け、その腹のあたりについていた、鱗とは明らかに異質な何かを、盗み出すことに成功していた。

 しかし、攻撃をしても、全く効いている感じがしなかった。


 龍也は、その後方で、ずっと冷静に、戦況を観察していた。

(……硬い。だが、関節の、動きは鈍い。……そして、氷は効く。だが持続しない。……雷……。雷はどうだ?)

 彼は、一つの可能性に思い至った。そして叫んだ。


「じんた!あいつの動きを、紐で止めろ!かすみは、それに合わせて、氷で固めろ!」

「ええっ!?む、無理だべ!」

「いいから、やれ!かすみは、ヤツの、全身を凍らせるんだ!できるな!」

 そして最後に、彼は、ゆうこに、向かって叫んだ。

「ゆうこ!かすみが、凍らせたと同時に、その全身に、お前の雷を叩き込むんだ!」


 それは、あまりにも複雑で、そして、精密な連携を、必要とする作戦だった。


「む、無茶じゃ!わし、あないな、でかい雷、出来っこないわい!」

 ゆうこが、拒む。しかし、龍也は、彼女の目を、まっすぐに見つめた。


「……大丈夫だ!お前なら、できる!」

 その、絶対的な信頼。

 ゆうこは、覚悟を決めた。


「……やっちゃろうじゃないか!」


 じんたがおとりとなって、魔物の注意を引きつける。その巨体が、彼を追って向きを変えた、一瞬の隙。

 かすみが、その、全ての、魔力を集中させた。


「アイスコフィン!」

 彼女が叫ぶ。

 それは、アイスアローの上位魔法。一体の敵を、氷の棺に閉じ込める、強力な単体拘束魔法だった。

 魔物の足元から、急速に氷がせり上がり、あっという間に、その巨体を完全に氷漬けにした。


「ヴォルト!!」

 ゆうこが、天へと掲げた水晶の杖が、凄まじい光を放つ。

 空がにわかに、かき曇り、一条の巨大な雷が迸った。


 バリバリバリバリッ!

 雷は、氷の像と化した魔物へと、吸い込まれるように落ちていく。

 氷と雷。その二つの相反する力がぶつかり合い、魔物の身体の内部で、激しい化学反応を引き起こした。


「ギシャアアアアアア!」


 魔物は、これまで聞いたこともないような、断末魔の悲鳴を上げた。

 そして、鋼鉄のようだった鱗が、内側からの衝撃で、あちこち砕け散り、その巨体は内側から、完全に黒焦げになっていた。

 口からは、ぶすぶすと、黒い煙が、立ち上っている。

 完全に、絶命していた。


 装甲を失い、砕け散った鱗の破片。


「……もったいねえべな」

 じんたがそう言うと、貴重な鱗を、一枚、一枚、丁寧にかき集め始めた。


 一行は、息を弾ませながら、巨体を見下ろす。

 五人の、知恵と勇気と、そして、完璧な連携がもたらした、見事な勝利だった。

 それは、彼らにとって新たな、そして大きな課題となったが、同時に、乗り越えるべき試練として、彼らの絆を、より一層強くしていくのだった。

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