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第五〇話 温泉郷の詩編 その四

 出発を、二日後に控えた、その夜。

 浦和の、歓楽街は、かつてないほどの、熱気に包まれていた。

 龍也たちの壮行会。それは、もはや、ただのサヨナラ宴会ではなかった。

『HEAVEN'S HELL』と『GUILD』二つの店が合同で開催する、前代未聞の一大フェスティバルだったのだ。


 場所は、ギルド。しかしその店内は、もはやいつもの、酒場の面影を留めてはいない。

 カウンターでは、バーの屈強なオネエ様たちが、シェイカーを、神業のような速さで振り回し、色とりどりのカクテルを作り出している。

 そして、ステージの上では、ギルドのマスターが、自慢の喉で熱唱し、その横でじんたが、炎を吹き出すド派手な、イリュージョンマジックを披露している。


 客層も、カオスだった。

 ギルドの、荒くれ者の討伐者たちと、バーのオネエ様たちが、入り乱れ肩を組み、酒を酌み交わしている。そこにはもはや、種族も、性別も、職業も、関係ない。

 ただ、旅立ちを祝う、という一つの、目的の下に心が一つになっていた。


 厨房では、龍也が一人、戦場にいた。

 次から次へと入ってくる、オーダーの嵐。

 彼は、中華鍋を三つ同時に操り、山のようなスタミナ炒めを作り続けている。

 その姿は、もはや料理人というよりは、炎を操る魔術師のようだった。


「タツヤ!もっと、肉を!筋肉が、肉を欲しているのよ!」

「タツヤ!こっちのテーブル、空だべ!」


 その喧騒の中心で。

 シンジはなぜか、店の屈強な男たちに、担ぎ上げられ胴上げされていた。


「わっしょい!わっしょい!」

 いつもは、クールな彼もさすがに、この熱狂には、なすがままされるしかない。


 そして、ゆうこと、かすみは、といえば。

 二人はもはや逃げ場のない、オネエ様たちの、愛情の集中砲火を浴びていた。


「あなたたち!主役が、そんな、むさ苦しい格好してんじゃないわよ!」

「アタシたちの、とっておきの、ドレスを、貸してあげるから、こっちに来なさい!」

 有無を言わさず、店の、バックヤードへと連れ去られていく。


 しばらくして、再び姿を現した二人に、店中の視線が釘付けになった。

 かすみは、普段の、白いローブとは、対照的な、淡い、ピンク色の、フリルがたくさんついた、可愛らしいドレスに、身を包んでいる。

 その、あまりの、可憐さに、じんたは、鼻血を、吹き出しそうになっていた。


 そして、ゆうこ。

 彼女は、いつもは機能性重視のジャージか、白衣。

 そんな彼女が、身体のラインがくっきりと出る、深い青色の、スレンダーなドレスを着こなしていた。

 うなじのあたりで、無造作にまとめられた髪が、逆にその色気を引き立てている。


 かすみは、ただ、恥ずかしそうに、はにかんでいる。

 一方のゆうこは、その場のノリに、ヤケクソ気味に乗りながらも、どこかそわそわとしていた。

 そして、頃合いを見計らうと、厨房で一人戦い続けている、龍也の元へと向かった。


「……なあ、タツヤ」

「ん?どうした、ゆうこ……」

 振り返った、龍也は、一瞬言葉を失った。

 いつもと、全く違う、その艶やかな姿。


 店の、喧騒にかこつけて。

 龍也は、そっと、ゆうこの耳元に、顔を寄せた。そして、誰にも聞こえないくらいの声で囁いた。


「……ああ。……いい女だな。……すごく、綺麗だ」

 その、不意打ちの、ストレートな言葉。

 ゆうこの、顔が、カッと、真っ赤に染まった。

 彼女は、何も言い返せない。ただ、その場で固まってしまっている。


 龍也は、そんな彼女の反応に、少しだけ満足げに微笑むと、再び中華鍋へと向き直った。


 一人、その場に取り残された、ゆうこ。

 彼女の、胸の中では、これまで感じたことのない、甘く、そして、激しい感情の嵐が、吹き荒れていた。

(……あいつ……。……反則じゃろうが……)


 そして、次の瞬間。

 彼女は、吹っ切れたように叫んだ。


「よっしゃあ!今夜は、飲むぞぉぉぉ!酒じゃ!酒持ってこんかい!」

 ゆうこは、誰よりも飲み、誰よりも笑い、そして、誰よりも大はしゃぎした。

 その、いつも以上にパワフルな姿。

 しかし、その頬の赤みが、ただ酒のせいだけではなかったことを、知る者は誰もいなかった。


 宴は、深夜を過ぎても、終わる気配がない。

 やがて、誰かが言い出した。

「こうなったら、朝まで飲み明かすぞ!」

 その、一言を合図に、店のボルテージは、最高潮に達した。


 酒が飛び交い、歌声が響き渡り、そして、笑い声が絶えることがない。

 それはまさしく、伝説として後々まで語り継がれることになるであろう、浦和の一夜の物語。


 龍也は、厨房の片隅で、そのあまりにもハチャメチャで、そして、最高に幸せな、光景を眺めていた。

 それは、これからの厳しい、旅路を照らし出す、何よりも温かい光となるだろう。


 まだまだ、夜は終わらない。

 この、最高の一夜を、最高の料理で締めくくるために。

 彼の、最後の戦いが始まろうとしていた。

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