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第四五話 五人目の仲間そして新たな章へ

「……ただいま」

 龍也が、我が家の少しだけ軋む木の扉を開けると、そこには一週間前と何も変わらない自分たちの、生活空間が広がっていた。

 外の喧騒と、病院の消毒液の匂いが、嘘のように静かでどこか懐かしい木の匂いが、一行を優しく包み込んだ。


 まずは、荷物をそれぞれの部屋へと運び込む。そして、リビングに集まると誰からともなく、ふう、と、深い安堵のため息をついた。

 戦いも、入院も、終わった。ようやく、日常が戻ってきたのだ。


 しかし、その安堵に浸ってばかりもいられない。一週間のブランクは大きい。


「……少し、身体がなまっているな」

 シンジが、そう言うと早速庭で、トレーニングを始めた。

 その姿を見て、他の三人もおのおの動き出す。


 龍也とゆうこは、冷蔵庫の中身が空っぽになっているのを確認すると、夕飯の買い出しへと向かった。

 その道すがら、銀行へ寄り、今回の最大の功労者である、探偵の鮫島へ、約束の報酬を振り込む。

 そして、不動産屋へ行き滞っていた家賃も、きっちりと支払った。


 じんたは、一人ギルドへと向かった。

 マスターに、無事退院を報告し、そして今夜からのバイト復帰を告げるためだ。

 その足取りはまいこさんからもらった、小さなメモを時折、ポケットの中で確かめながら、どこか弾んでいるように見えた。


 やるべきことを済ませ夕方。

 一行は再び一つの場所に集まっていた。


 魔法使い養成所。

 約束の場所だ。


 かすみの容疑は晴れた。そして、自分たちの身体も回復した。

 いよいよ、このパーティに新たなピースを迎える時が来たのだ。


 龍也は、少しだけ、緊張しながら、その古風な扉をゆっくりとノックした。

 中から、あの老人の声が「お入りなさい」と、聞こえてきた。

 四人は、顔を見合わせ、一つ頷くとその扉を押し開けた。


 静かな、応接室。

 老人と、そして三人の候補者たちが、待っていた。

 一週間の間に、彼らも思うところがあったのだろう。

 その表情は、以前よりもどこか、引き締まって見える。


「……息災そうで、何よりじゃ」

 老人が、穏やかに微笑む。


「さて。……君たちの答えを、聞かせてもらおうかのう」

 龍也は、仲間たちの顔を見渡した。皆、その答えはもう決まっている。

 まっすぐに、老人と、そして三人の候補者たちを見つめ口を開いた。


「……我々の答えは、決まっています。……ですが、その前に皆さんのお気持ちを、聞かせてはいただけないでしょうか」

 その、意外な言葉に、候補者たちは少しだけ、驚いたような顔をした。


「……我々と共に、旅に出てくれる、という気持ちに、変わりはありませんか」

 最初に口を開いたのは、二十二歳の男の子だった。


「……すみません。僕は、辞退させてください。……この一週間、考えて分かったんです。僕はまだ、外の世界へ旅立つ覚悟が、できていない。……もっと、この養成所で学びたい。そしていつか、自分の力に自信が持てた時に、自分の足で旅に出たいと思いました」

 その、正直で前向きな言葉。龍也は、それに敬意を表するように頷いた。


 次に、口を開いたのは、三十二歳の女性だった。


「……私も遠慮させてもらうわ。あなたたちと、話して気づいたの。私が本当にやりたいことは、冒険じゃない。この街で、この養成所で次の世代の魔法使いたちを育てることだって。……私は、講師の道に進むことにしたわ」

 その、瞳には確かな、新たな目標が宿っていた。


 そして、最後に。かすみが、すっと立ち上がった。

 彼女は、龍也たち一人一人の顔を、ゆっくりと見つめると、晴れやかな笑顔で言った。


「私をあなたたちの仲間にしてください」


 その声はもはや、か弱くはない。希望と自信に満ち溢れていた。


「……皆さんが私を救ってくれたように。今度は私が、皆さんを助けたい。私のこの魔法で、皆さんの道を切り拓く力になりたいんです」

 その真摯で力強い想い。龍也はそれに答えるように、深く頷き、右手を差し出した。


「……かすみさん。……こちらこそよろしく」

 かすみもその手を強く握り返した。


 こうして、長い仲間探しの旅は、ついに終わりを告げた。

 龍也、じんた、シンジ、ゆうこ。

 そして、新たなる、魔法使いかすみ。


 五人の、パーティがここに誕生した瞬間だった。

 その、再会の部屋には、温かくそして、希望に満ちた光が差し込んでいた。


 その日はひとまず、解散ということになった。

 かすみは、養成所の寮に荷物をまとめに、一度帰る。

 そして明後日、龍也たちの家へと、引っ越してくる手筈となった。


 久しぶりの我が家。

 台所に立ちどこか浮き足立つ、仲間たちのためにいつもより、少しだけ腕によりをかけて、夕飯を作った。

 新しい仲間。新しい生活。

 食卓は、これからの希望に満ちた、話題で持ちきりだった。

 その夜は誰もが、興奮と期待で、なかなか寝付けなかったが、それでも、久しぶりの我が家での夜は、心地よく更けていった。


 翌朝。

 いつも通り日課の太極拳を終え、台所に立った。今日は、いつもより、少しだけ気合が入る。

 なんと言っても明日、この家に、新しい家族が増えるのだ。


 朝食の席で、龍也は、皆に提案した。


「今日は一日、明日のための準備をしよう。討伐は休みだ」

 その言葉に、皆賛同する。


 午前中、一行は街へと繰り出した。目的は、かすみのための生活必需品を揃えること。


「布団は、どんなのが、ええかのう」

「女の子じゃから、少しは可愛い柄の方が、ええんじゃろうか」

 ホームインテリアショップ「ニブタ」で、ゆうことじんたが、真剣な顔で布団カバーの柄を、ああでもないこうでもないと、議論している。

 その姿はまるで、新しい妹を迎える兄と姉のようだった。

 龍也とシンジは、そんな二人を微笑ましく眺めながら、実用的な調理器具や、食器などを選んでいく。


 家に帰ると、今度は大掃除だ。

 シンジが率先して、家中の窓をピカピカに磨き上げていく。

 その、自衛官時代に培われたであろう、完璧な仕事ぶりに、皆、感心するしかなかった。

 龍也は、厨房を、いつも以上に念入りに磨き上げる。

 そして、じんたとゆうこは、かすみが使うことになる、部屋の、飾り付けで、またしても揉めていた。


「だから、カーテンは花柄がいいんだべ!」

「アホ!シンプルなんが一番じゃろうが!」

 その、あまりにもくだらない、しかし、どこか温かい言い争いが、家の中に響き渡っていた。


 夜。

 それぞれの、バイト先へと向かう。

 バーの厨房で、ママに明日の休みを申し出た。

「あら、新しい子が来るの?そりゃあ、めでたいじゃないの!分かったわ。明日は、特別に休ませてあげる。その代わり、今夜は倍働いてもらうわよん!」


 ギルドで、マスターに休みを告げる。

「おう、そうか。そりゃあよかったな。明日は、思いっきり歓迎してやれよ。その代わり、今夜は客全員を笑わせるまで帰さんからな!」


 病院で、院長に頭を下げた。

「先生、明日休ませてつかぁさい!」

「うむ。分かった。仲間が増えるのはいいことだ。その代わり、今日の夜勤、何かあっても、全部、一人で対処しろよ」


 警備室で、隊長に報告する。

「隊長。明日、休暇をいただきたく」

「……そうか。……分かった。その代わり、今夜はいつも以上に、目をかっぴらいて、警備に当たれ。蟻一匹通すなよ」


 それぞれの上司から、愛のある檄を受け、四人はその夜の仕事を、いつも以上に気合を入れてこなした。


 そして、明けて昼前。

 いよいよかすみが、この家にやってくる日だ。

 一行は、朝からそわそわと落ち着きがない。


 龍也は厨房で、腕によりをかけて、歓迎の宴のための、仕込みをしている。

 シンジは、庭の雑草を、一本残らずむしり取っている。

 そして、やはり、じんたとゆうこは、かすみの部屋で、最後の飾り付けの仕上げをしていた。


「だから!この、可愛いクマさんのぬいぐるみを、枕元に置くんだべ!」

 じんたが、どこからか持ってきた、ぬいぐるみをベッドの上に置く。

「アホか!こんなもん置かれたら、逆に気味悪がられるわい!」

 ゆうこが、そのぬいぐるみをひったくり、窓から放り投げようとする。

「あーっ!やめるんだべ!」


 その、あまりにも子供じみた言い争い。

 龍也は厨房から、その様子を眺めながら、思わず笑みをこぼした。

(……本当に、いい家族になったもんだ)


 ピンポーン。

 家の玄関のチャイムが鳴った。


 全員の動きが、ぴたりと止まる。

 そして、互いに顔を見合わせ、一つ頷くと、龍也が代表して、玄関のドアへと向かった。


 ドアを開けるとそこには、少しだけ緊張した面持ちで、しかし希望に満ちた笑顔を浮かべたかすみが、立っていた。

 その手には一つの、小さなボストンバッグが握られている。


「……ようこそ。我が家へ」

 龍也のその言葉に、かすみは深々と頭を下げた。


「……はい。……今日からよろしくお願いします」

 その背後で、じんたとゆうこがクラッカーを、パーン!と鳴らす。

 シンジが、少しだけ照れくさそうに微笑んだ。


 新しい仲間。新しい生活。

 この五人の本当の物語が、いよいよ、この浦和の小さな古民家から始まろうとしていた。

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