第三二話 嵐のような電話と初クエスト
『ジリリリリン』
時計の、ベルが鳴り龍也は、目を覚ました。窓の外は、すっかり明るい。
時間を見ると、もう、午前の十一時を回っていた。
皆、深夜の初バイト。そのため、早朝の日課は、今日はお休みだ。
顔を洗い、眠い目をこすりながら、リビングに集まってくる仲間たち。
「……おはよう」
「……おはようさん」
お世辞にも、爽やかな朝の挨拶とは言えない。
飯を食べる気分でもない。龍也は、とりあえず、コーヒーを淹れ、皆で一息つくことにした。
「……で、どうだった?」
じんたが、口火を切るとおのおの、昨夜のバイトの報告を話し始めた。
まず、ゆうこ。
「いやー、大変じゃったわい。当直におった医者が、まだぺーぺーの研修医でのぉ。患者の前でオロオロしっぱなしじゃし、看護師にこっぴどう叱咤されとったわ。しまいには、わしが指示出す始末じゃけぇ、完全に下僕と化しとったで。」
次に、シンジ。
「俺のところは、酔っ払いが、警備している建物に、無理やり入ろうとしてきてな。それを、追い返すのに、一苦労だった。手が出せない分、討伐より、よっぽど大変かもしれん」
そして、龍也。
「俺のところは、まあ、面接の時にいたあのおっさんたちが、ちゃんと営業中はオネエ様になってたのが、さすがだな、と。あと、ママはやっぱり、チャラい感じの若い男が好みみたいだ、新宿のママと気が合うんだろうな」
三者三様の、初日の夜だった。
今夜は、龍也だけが仕事だ。他の三人は、ギルドへ飲みに……いや、仲間探しに行く、と言い出した。
(チラシも貼ったし、誰か、声がかかればいいんだがな)
龍也は、そう思った。
昼になり、支度を整え、さあ出かけようか、というその時だった。
家のドアを、ドンドン、と、叩く音がした。
「真田さーん!真田龍也さーん!」
誰だ?苗字で、呼ぶのは……?
ドアを開けると、そこにいたのは役所の使いの者だった。
「梅ばあ様から、至急、お電話が入っております!」
なんだろう?
皆、顔を見合わせる。とりあえず気になるから、電話をしてから討伐に行こう。
一行は、そのままの格好で、ぞろぞろと役所へと向かい、電話をかけた。
「あ、梅さん、どうしたの?」
『おお、タツさんかいな。いや、なに、あんたんとこの、家の、番地は何番かな、と思ってな。荷物を送るのに、知りたくてのう。か、か、か』
家の番地を教えると、用件はそれだけだったらしい。
そして、電話を切り際に、梅さんは、ぽつりとこう付け加えた。
『ああ、そういえば、板橋の、咲さんがな。今度、薬でも持って、そっちへ行こうかな、なんちゅうことを言っておったぞ』
それだけ言うと、電話は、一方的に切れた。
あまりにも、嵐のような、電話だった。
拍子抜けしてしまい、なんだかもう、今日の討伐は、やめにしようという空気になった。
「……咲さん、来るのかな?」
じんたが、少し、嬉しそうに呟いた。
ゆうこも、
「おお、そりゃあ、ええのう!」と、再会を、心待ちにしているようだ。
(……梅さん、薬でも、届けてくれるのかな)
龍也は、その、あまりにもタイミングの良い、梅さんからの謎の電話に、何か別の意図が、隠されているような気がしてならないのだった。
昼間、暇になった一行は、家の中を見渡してあることに気づいた。
いまだに、テーブルも、椅子もない。食事は段ボールの上だ。
「……やっぱり、買うわけにはいかねえな」
龍也が呟く。木材でもあれば簡単なものは作れるのだが。
そこで一行は、街を散策しながら、何かいい材料がないか探してみることにした。
ついでに、夕飯の材料も買ってしまおう。
日頃、あまり行かない街外れの工業地帯。鉄くずや木っ端のようなものは、確かにある。
しかし、しっかりとした板や角材のようなものは、そう簡単には転がっていなかった。
一行が、裏通りを歩いていると、煙突からもくもくと煙が上がっている、大きな建物を見つけた。
『ゴミ処理場』だ。
「あそこなら、何かあるかもしれん!」
ゆうこが、小走りに、そちらへと向かう。じんたも、それに続いた。
そして、あった。そこにあったのは、もはや、ただの木片ではない。
テーブルと、椅子、そのものだった。壊れているものもあるが、中には、少し手入れをすれば、十分に使えるものも、混じっている。
一行は、職員に事情を説明し、これを譲ってもらえないかと、お願いしてみた。
すると、職員は、困ったような顔で、一つの条件を出してきた。
「……実は、裏の焼却炉に、魔物が住み着いちまってな。そいつに、燃やすためのゴミを与えないと、暴れ出して、襲ってくるんだ。怖くて、言うことを聞くしかないんだよ。もし、あんたたちが、そいつを退治してくれるんなら、ここの家具は、全部、持っていってくれて構わん」
(なるほど。・・・ようやく、ゲームのような、クエストが発生したか)
龍也は、心の中で、そう思った。
一行は、その依頼を、引き受けることにした。
そして、その魔物について、得られる限りの情報を聞き出した。
まとめると、こうだ。
魔物は、全身が炎に包まれた、人型の魔物。常に、自身の体を燃やし続けている。
そして、燃やすための「燃料」がなくなると暴れ出すらしい。
炎は、対炎用の防具で、遮ることができる。だが、問題は、攻撃方法だ。
近づくことはできず、物を投げても、そのほとんどは、燃えてしまう。
対抗するには、水か、氷。しかし、そんな攻撃手段は、誰も持っていない。
「……一旦、装備を整えてきます。テーブル類、それまで、取っておいてください」
龍也は、職員にそう告げた。
『早く来ないと燃やされてしまう』と告げられ、後にする、一行は一度家へと帰ることにした。
家に戻り、身支度を整えながら、対炎用攻撃の事を一行は話し合った。
水、氷、水、氷……。皆が、呪文のように、その言葉を、頭の中で繰り返す。
火。・・・・・・コンロに火を点け消す、また、点け、消す
手鍋に水を入れて、コーヒーでも入れるかと火をつけた、鍋についた水滴きが落ち、一瞬だけ、火が揺らぎ、消える場所ができた。
(……水だと、その程度の効果しかないか)
(そもそも、あいつは、自分で、発火している。つまり、体内に、エネルギー源があるはずだ。……濡れたら、火は弱まるが、すぐには、消えない……)
よそ見して、沸騰したお湯がこぼれ、火が消えた、慌ててコンロを拭き、再び火をつけた。
が、一度や二度ではすぐ付かない。
(ガスが出てるのに濡れていて付かない、火はガスと空気で乾いた状態で着く、ガス、空気、乾き・・・・体内からガス、火を点け空気が燃やす、濡れたら火が弱るが消えない・・・)
研究者並みの発想である
(空気がなくなれば?逆の多かったら?)何となく出来そうな事が見つかった気がした。
龍也の頭に、一つの、奇抜な作戦が、ひらめいた。
「なあ、みんな。あいつに、空気を、たくさん、送り込み続けたら、どうなると思う?」
「あいつは、自分自身を、燃料にして、燃えている。だったら、必要以上に、酸素を送り込み続けて、一気に、燃やし尽くしてしまえば、案外、早く、寿命が来るんじゃないか?」
その、あまりにも、大胆な発想に、皆が、賛同した。
問題は、どうやって、大量の空気を、送り続けるか、だ。
「ゴミ処理場なら、何か、使えるものがあるんでないべか?」
確かに、家にあるものなど、たかがしれている、まして購入などできない、
物はやはり集まる場所でないと、一行は防御を重きに考えた、対炎用防御装備で出発した。
じんたには、まだ、専用の盾がないため、家の、鍋の蓋を持たせた。
「おらだけ、不安だ……」と、彼は、しょぼくれている。
説明して職員総出で空気大量発動装置の材料を探してもらう。
簡単にすると、みんなで、空気を送る大きい蛇腹状のポンプを稼働させホースで炎に大量のい空気を浴びせるのだ。
材料は揃った。組み立てて、途中で空気がもれないようにしっかり、固定しホースが着いた。
完成である、が、誰が先端をもって近づくのか、・・・大問題である、近づけば、怒って、炎を投げられでもしたら、流石に水でも浴びないと死んでしまう。
しかもゴムホースである、溶けてしまう。
ゆうこが片隅にあった、鉄パイプを持ってきた、これなら溶けないし、少しは離れても大丈夫だろう。
ゴムホースの先にパイプを装着した。
龍也が「俺が行く」といった。シンジが「いや俺が行く」といったが、龍也は譲らなかった。
心に固く誓った想いが、頑なに譲れなかった。