第二九話 新たな仲間探しと職業
龍也の口が、開いた。
「この街で、もう一人、仲間を増やしたいんだ」
この一言に皆が凍りついた。
川口のレース場で、浦和に、仲間を探せる特別な酒場がある、という情報を、掴んでいたのだ。
「そのために、宿ではなく、家を借りた。時間をかけて、ゆっくりと、本当に信頼できる人材を、探したかったんだ」
その言葉に、仲間たちは、ざわめいた。
「これ以上、誰を入れるっていうんですか!」「俺たちだけじゃ、ダメなのか?」
当然の反応だった。今の四人の関係は、最高にうまくいっている。
そこに、新しい風を入れたくない。その不安からくる、拒否反応だ。
「だが、俺は、ずっと考えていた。俺たちに、決定的に足りないものが、ある。それは、『魔法使い』だ」
龍也は、これまでの戦いを、一つ一つ、振り返る。火を吐く子ドラゴン、精神を蝕む混乱魔法。
そして、接近戦が、あまりにも危険な、ゾンビ。
「火を、呪文一つで出せる仲間がいれば、ゾンビなど、もはや脅威ではない。これから先、物理攻撃だけでは、どうにもならない敵が、必ず出てくる。魔法の力は、絶対に、必要になるはずだ」
龍也の、真剣な説得。それは、皆の心に、確かに届いた。頭では、理解できる。
だが、気持ちが、なかなかついていかない。
「……そのための、家なんだ」
龍也は、重ねて言った。
「たくさんの人と、時間をかけて、ゆっくり、じっくりと、会ってみる。そして、この四人全員が、『この人なら』と、納得できる人材に出会うまで、俺は、この街を出る気はない」
その、固い決意に、ついに、仲間たちも、頷いた。
そして、一度、賛同してしまえば、態度がコロッと変わるのが、このパーティの良いところでもあった。
「どんな人が、いいべか!」「男と女、どっちがええかのう!」
じんたとゆうこは、もう、新たな仲間について、あれこれと、想像を膨らませて、忙しそうだ。
とりあえず龍也はほっとした、ずっと考えていたことをやっと口にできたことを。
まずは、その『酒場』が、どこにあるのか、探さなければ、話は始まらない。
その日の昼間、一行は、街を散策しながら、道行く人々に、情報を聞いて回った。
三時間ほど歩き回った頃、ようやく、色々なことが分かってきた。
例の酒場は、街の東の方に、『GUILD』という名前で、存在しているらしい。
そして、あの、街の中心にそびえ立つ、謎の建物。
あれは、なんと、国内に、二箇所しか存在しないという、
『転職の寺院』だというのだ。
そこでは、一度だけ、今の職業から、別の職業へと、変更することができるらしい。
あまりにも情報が少ないため、これは、後日、直接行って、詳しく話を聞いてみよう、ということになった。
まずは、ギルドだ。しかし、酒場である以上、タダで長居はできまい。
四人で行けば、いくらかかるか、分からない。
(……また、新宿の時のように、ここで働けないだろうか)
龍也は、そう考え、開店前のギルドのドアを、四人で叩いた。
しかし、結果は、無情だった。
「悪いな。うちは、もう、料理人は足りてるんだ」
目論見が外れ、一同が、がっくりと肩を落として帰ろうとした、その時だった。
店のマスターが、じっと、じんたを見て、声をかけた。
「……なあ、兄ちゃん。手品とか、できないか?」
やったことはないが、手先の器用さには、絶対の自信がある。
じんたは、マスターに、簡単なコインマジックを教えてもらうと、それを、いとも簡単に、そして、スタイリッシュに、やってみせた。さすがは、シーフだ。
「……合格だ。あんた、今日から、うちのテーブルマジシャンとして、働きな」
狙いは、少し違った。しかし、結果的に、じんたが、そのギルドで働くことになったのだ。
そして、従業員割引のおかげで、龍也たちも、関係者として、格安で、店を利用できるようになった。
これで、仲間を探す拠点と、手段が、手に入った。金も稼げて、仲間も探せる。まさに、一石二鳥だ。
龍也は、ついでに、どこか、料理人を募集している店はないかと、マスターに尋ね、心当たりがあれば、紹介してもらうよう、頼んでから、その日は、我が家へと、帰宅したのだった。
ようやく、胸の内にあった、これからの計画を、仲間たちに話すことができた。
その安堵感からか龍也の包丁さばきは、いつも以上に、軽快だった。
晩飯は、今朝、仕込んだ、ブリの照り焼き。
そして、大根と人参を、ブリのアラで、じっくりと煮込んだ、ブリ大根。
今夜は大根と人参のみ、ブリは、明日、最高の状態で食べられるよう、大切に保存しておく。
冷蔵庫などという、便利なものはない。
龍也は、近所の人から分けてもらった氷を、発泡スチロールの箱に詰め込み、それを、床下の、ひんやりとした格納庫に入れることで、簡易的な冷蔵庫にしていた。
アラ汁も、まだ、たっぷりある。二日にかけて、この極上のブリを、味わい尽くすのだ。
夕飯を済ませ、風呂に入り汗を流す、それぞれの部屋で、思い思いの時間を過ごす。
この、古民家での生活も、だんだんと、板についてきた。
その夜、龍也は、久しぶりに、ぐっすりと、深い眠りにつくことができた。
翌朝。
日課の太極拳を終え、台所に立って、朝飯の準備をしていると、じんたが、血相を変えて、台所へと転がり込んできた。
「どうした、朝っぱらから」
「ご、ご、ゴキぃぃぃ!」
じんたは、涙目で、自分の部屋の方を、ガタガタと震えながら、指さしている。
その、ただならぬ騒ぎに、ゆうことシンジも、何事かと、起きてきた。
ひーひーと、情けない悲鳴を上げているじんたを尻目に、龍也は、「やれやれ」といった表情で、じんたの部屋へと、見に行く。
そこにいたのは、体長二センチほどの、黒光りする、小さな訪問者だった。
(……まあ、築百二十年だからな。これくらいは、出るだろう)
龍也は、近くにあった新聞紙を丸めると、すかさず、その訪問者を、一撃で仕留めた。そして、何事もなかったかのように、台所へと戻り、朝飯の準備を、再開した。
じんたは、まだ、半べそをかいている。
その隣で、ゆうこは、眉一つ動かさず、平然とした顔で、あくびをしていた。
その様子を、シンジが、静かに、観察していた。
(……怖くないんだな)
やはり、戦場で、医療に従事していただけのことはある。
ゾンビのような、非現実的なものは怖くても、こういう、実在する、ただの「虫」に対しては、彼女は、全く、動じないのだろう。
龍也は、そんな、個性豊かな仲間たちの、それぞれの反応に、思わず、小さく、笑みをこぼすのだった。
我が家での、騒がしくも、穏やかな朝が、また、始まろうとしていた。
その日の朝食後、龍也は、皆に告げた。
「今日、買い出しに行ったら、明日からは、本格的に、討伐を再開する」
一行は、討伐用の保存食や、薬の材料となる薬草などを買い込むため、再び、浦和の市場へと向かった。市場の一角には、武器や防具を扱う露店も並んでおり、ショッピングモールよりは、はるかに安い値段で、様々な品が売られている。まだ、何も買えるほどの金はないが、めぼしいものを探しておくのは、悪くない。
そして、昼過ぎ。
一行は、ついにあの、街の中心にそびえ立つ謎の建物――『転職の寺院』へと、足を踏み入れた。
中の案内所で、詳しく話を聞いてみると、転職ができるのは、生涯に、一度だけ。
ある程度のレベルに達していなければ、転職することはできない。
転職すると、レベルは一からやり直しになるが、以前、覚えていた特技や呪文は、そのまま引き継がれる。
まさに、お決まりのアレだった。
ただし、一つだけ、重要な情報があった。
「勇者」という職業は、誰しもがなれるわけではない。
「勇者」はどんな職業へも、転職することが可能というのだ。
要するに、勇者が皆転職したら、勇者がいなくなるという事になりかねない。
「……まあ、今の俺たちには、まだ、関係のない話か」
自分たちが、まだ、転職できるほどのレベルではないことを悟り、一行は、その話を、今は、話半分に聞いておくことにした。
しかし、その時、ふと、龍也の頭に、一つの疑問がよぎった。
(シンジは、格闘家。じんたは、シーフ。ゆうこは、医者……か。そのうち、ヒールとかの、回復魔法でも、覚えるのかな?)
(……そして、俺は、一体、何なんだ?料理人?ただのおっさん?最初の、怪しげな在宅ワークの求人から、この世界に飛ばされてきて……まさか、自分が、勇者?いや、そんなことは、とても考えられない。確か、ゲームの勇者は、魔法も使えたはずだが、自分は、そんなもの、全く使えない)
自分の、本当の「職業」が、知りたくなってきた。
龍也が、きょろきょろと、寺院の中を見渡すと、一つのブースが目に留まった。
『転職斡旋、ハローワーク浦和』と書かれた、看板。
そして、その横に、『あなたの職業、調べます』と、まるで探偵事務所のような、怪しげな文句が書かれた、小さなブースがあった。
「なあ、ゆうこ。ちょっと、あそこ、行ってみないか?」
龍也の提案に、ゆうこも、興味を示した。
「ほう、面白そうじゃのう」
鑑定料は、一回百円。決して安くはないが、好奇心には、勝てなかった。
ブースの中にいた、占い師のような男は、得体のしれない、奇妙な踊りを踊り始めると、まず、ゆうこのことを、当て始めた。
「……ほう。あんたは、医者じゃな。血と硝煙の匂いがする……。戦場にいた、風景が見えるわい」
そして、男は、こう続けた。
「あんたは、あと、レベルが二つ上がれば、医療系の呪文を、覚えるじゃろう。職業は、そのまま、医者。レベル次第では、いずれ、『賢者』にさえ、成りうる器じゃ」
さあ、問題は、龍也だ。
占い師は、龍也の顔を、じっと見つめると、また、奇妙な踊りを始めた。
「……ううむ。見える、見えるぞ……。鍋を、かき混ぜておる……。巨大な魚を、見事な手つきで、捌いておるのが、見えるわい……」
そして、占い師は、困ったような顔で、こう言った。
「……あんた、この世界には、『料理人』という、戦闘職は、存在せんのじゃ。じゃが、あんたからは、それ以外のものは、何も見えん。……しいて、言うならば……」
少しだけ、勿体ぶるように、間を置いた。そして、どこか同情するような、しかし、含みを持たせたような、複雑な表情で、龍也に告げた。
「……あんたの、今の職業は、『一般人』じゃな」
「…………は?」
龍也は、思わず、間の抜けた声を上げた。
(一般人。それが、自分の職業だというのか)
あまりにも、お粗末な鑑定結果に、隣で聞いていたゆうこが、腹を抱えて、笑い転げている。
「ぶっ!ははは!一般人!タツヤ、あんた、ただのおっさんじゃったんか!」
占い師は、笑い続けるゆうこを尻目に、諭すように、龍也に続けた。
「まあ、落ち込むな。あんたには、他の者にはない、二つの、特殊なスキルが、備わっておる。『鑑定』と、『統率』じゃ」
「鑑定……と、統率……?」
「うむ。『鑑定』は、食材や、アイテムの、本来の価値や、隠された効果を、見抜く力。あんたが、市場で、極上のブリを、一目で見抜けたのも、その力のおかげじゃろう。そして、『統率』。それは、仲間たちの能力を、最大限に引き出し、パーティ全体の力を、底上げする、指揮官としての、才能じゃ」
料理人としての、長年の経験が、この世界では、そんな特殊なスキルとして、発現していたというのか。
「今は、まだ、ただの『おっさん』かもしれん。じゃが……」
占い師は、龍也の目を、じっと見つめ、意味深に、こう付け加えた。
「あんたのそのスキルは、本来、王や、将軍が持つもの。もし、あんたが、これから、さらにレベルを上げ、徳を積んでいけば……その職業は、やがて、『ロード(主君)』へと、変化するやもしれんぞ」
ロード。仲間たちを導き、その結束を、力へと変える、天性の指導者。
その、あまりにも、大それた可能性。
龍也は、なんだか、狐につままれたような気分だった。
職業、一般人。しかし、その先には、「ロード」への道が、続いている、かもしれない。
それが、強いのか、弱いのか、今の彼にはまだよく分からなかった。
しかし、ただ一つ、確かなことがあった。
それは、この、しがない「おっさん」の冒険は、まだ始まったばかりなのだということだ。
「……悪く、ないな」
龍也は、まだ笑い転げているゆうこの頭を、ぽかりと一つ軽く叩くと、ほんの少しだけ未来への希望を胸に、その怪しげなブースを後にするのだった。