第二七話 新居と団欒
家は、何とかなった。
築百二十年の古民家だが、雨風をしのげ、何よりも、自分たちだけの空間がある。
その事実に、一行の士気は、大いに上がっていた。
「お、おらの、部屋……!」
じんたは、自分に割り当てられた四畳半の和室で、畳の匂いを嗅ぎながら、感涙にむせんでいる。
ゆうこも、やはり女性だ。
これまでは、宿で雑魚寝だったが、ようやくプライバシーが確保できることに、心から喜んでいるようだった。
皆、おのおの、これから始まる、この家での生活に、胸を膨らませ、部屋の想像図を描き始めている。
しかし、感傷に浸ってばかりもいられない。落ち着いたら、すぐに買い出しに行かなければ。
今日から、自炊だ。なるべく浪費は防ぎ、日々の討伐で稼いだ金は、まず、借金の返済に充てなければならない。
そう、龍也は、布団や調理器具といった、生活必需品を購入するための資金も、梅ばあさんから、「トイチ」で借りていたのだ。
返済額を考えると、気が遠くなる。致し方ない。討伐で、何とか、しのがなければ。
(……やはり、夜は、どこかでバイトを探そう)
改めて、そう心に決めた。
一行は、早速、買い出しへと繰り出した。
街を散策しながら、生活に必要なものを、リストアップしていく。
その途中、雑貨屋などで、おのおの、自分の部屋に飾る、小物などに、ついつい目が行ってしまう。
「このカーテン、可愛いべな……」
「この花瓶も、ええ感じじゃのぉ!」
そんな、少し浮かれた空気を、ぴしゃりと断ち切ったのは、シンジだった。
「我々は、ここに、何ヶ月もいるわけではない。無駄な装飾品は、一切不要だ。購入を、禁止する」
その、あまりにも正論で、そして、有無を言わせぬ迫力に、さすがに、ぶうたれる者はいなかった。
龍也も、思わず手に取っていた、渋い柄の「のれん」を、そっと、元の場所に戻した。
まずは、生きるための、最低限のものを。
一行は、気持ちを切り替え、質素倹約を胸に、スーパーマーケットへと、足を向けるのだった。
この、『浦和』での新たな生活は、甘いものではない。そのことを、誰もが、改めて、肝に銘じていた。
一行は、「ニブタ」という、巨大なホームインテリアショップにやってきた。
おのおの、最低限の寝具である、布団と枕を選ぶ。それだけでも、四人分となれば、かなりの大荷物だ。一度、その荷物を置きに、家へと帰ることにした。
そして、再び、買い出しへ。今度は、効率を考え、「食材購入班」と、「調理器具・食器購入班」に、二手に分かれることにした。
龍也は、シンジと共に、調理器具班として、再び街の中心部へと向かった。
その道中、龍也の目に、一つの、不思議な建物が留まった。
それは、中心街の、少し奥まった場所に、まるで天を突くように、そびえ立っていた。
神殿のようにも、城のようにも見える、荘厳な造り。
そして、その入り口は、かなりの段数がある、長い長い階段の上にあり、そこには、大勢の人が、行列を作っている。
「……なんだ、ありゃ」
興味は湧いたが、これから、鍋やフライパンといった、かさばる荷物を持つ身だ。
あの人ごみの中に、突っ込んでいくのは、さすがに憚られる。
夕刻も近づいてきていたため、龍也は、その日は、後ろ髪を引かれる思いで、その場を後にした。
夜。買い出しを終えた一行は、自分たちの『我が家』で、初めての夕食の準備を始めた。
調理を担当するのは、もちろん、龍也だ。しかし、他の三人も、ただ待っているだけではない。
シンジが、黙々と野菜を洗い、ゆうこが、慣れない手つきで、材料を切る。
じんたは、その周りをうろちょろしながら、洗い物を片付けていく。
そのチームワークは、戦闘の時と同じように、なかなか、様になっていた。
まだ、テーブルも、椅子もない。
買い出しで使った段ボールを、即席の食卓にして、四人は、それを車座になって囲んだ。
メニューは、特売の豚肉と野菜を、豪快に炒めただけの、簡単なものだ。
しかし、その味は、さすがの料理人、絶品である。
仲間たちと、自分たちの家で、自分たちで作った飯を、笑い合いながら、一緒に食べる。
その、あまりにも温かく、そして、当たり前の光景。
龍也の心に、これまで感じたことのない、穏やかで、満たされた感情が、じんわりと、広がっていった。
(……ああ、俺の居場所は、もう、ここなんだな)
もう、あの、冷え切った、現実の家庭に、帰る必要はない。帰りたいとも、思わない。
この、何にも代えがたい、ささやかな団欒こそが、とっての、本当の『家族』の姿なのだと、心の底から、理解したのだった。