第二五話 浦和への道
夕刻。その日の討伐を終え、一行は宿へと帰還した。四人での討伐という、絶対的な安心感。
それにすっかり気を良くしたじんたとゆうこは、昼間の情けない姿など、どこ吹く風と、すっかり上機嫌だった。
ゆったりと風呂に浸かり、夕食を終える。明日は、朝のうちに最後の買い出しを済ませ、昼前には、この『川口』を出発する。一路、『浦和』へ。
翌日。『川口』から『浦和』までの道のりは、思ったよりも、距離はなかった。夕刻には、着くだろう。
道中、魔物は出るものの、板橋で揃えた装備のおかげで、なんとか凌ぐことができる。
徐々に、街道を歩く人通りも増え始め、目的の街が近いことを感じさせた。
「もうすぐ『浦和』だべか!」
じんたが、小躍りしながら、浮かれている。その時だった。遠くに、何やら不思議な建物が見えてきた。
「なんじゃ、ありゃ?」
ゆうこが、不思議そうに首を傾げる。街や、人の住処とは、明らかに違う、奇妙な形をした、巨大な建造物。そこには、大勢の人が、ひっきりなしに出入りしており、中からは、地鳴りのような、ものすごい歓声が聞こえてくる。
好奇心に駆られた一行が、その建物の入口まで行ってみると、『浦和競技レース場』と書かれた、大きな看板が掲げられていた。
受付で話を聞いてみると、ここでは、手懐けた魔物たちを競争させ、その順位を賭ける、モンスターレースが開催されているらしい。
しかも、レースの途中で、他の魔物を攻撃しても構わないという、何でもアリの、過激なルールだという。
「面白そうだべ!」
「こりゃ、一丁、賭けてみるかのう!」
じんたとゆうこは、目を輝かせ、すぐに入りたがった。
しかし、シンジが、冷たくそれを制する。
「今は、それどころではないだろう。まずは、街に入って、拠点を確保するのが先だ」
またしても止められたゆうこは、
「真面目すぎて、面白ゅうもないわい!」
と、くだを巻き始めた。
じんたも、その後ろから、
「そうだそうだ!」
と、ちゃちゃを入れている。
シンジは、そんな二人を、知らん顔でやり過ごし、さっさと先へと進んでいった。
龍也は、その後ろを、深いため息をつきながら、ついていく。
レース場から、二十分ほど進んだ、その時だった。
不意に、びゅん、という風切り音と共に、何かが、じんたの顔の横を、猛スピードで掠めていった。
俊敏なじんただからこそ、咄嗟に避けることができたが、他の者であれば、一撃で致命傷になっていたかもしれない、恐ろしく鋭い一撃。
全員の間に、緊張が走った。
しかし、敵の姿が見えない。飛んでいるらしいが、そのスピードは、あまりにも速く、目で追うことすら、ままならない。
「くそっ、どこだ!」
気配と、風を切る音。かろうじて、それだけを頼りに、一行は攻撃を避け続ける。
その時、シンジが、ぴたりと足を止め、すっと、目を閉じた。そして、全神経を、研ぎ澄ます。
龍也たちは、彼の邪魔をしないよう、そっと間合いを取り、離れた。
じんたが、身をかがめ、ゆうこが、地面に伏せた、まさにその瞬間。
シンジのナイフが、目の前の、何もない空間を、閃光のように切り裂いた。
ドサッ、という鈍い音と共に、足元に、一体の魔物が落ちてきた。
カマキリのような姿をしているが、その身体は、まるで金属のような光沢を放っている。
「……こいつが」
ゆうこが、棒で、まだバタバタともがいている、その魔物をつつきながら、言った。
龍也が、ヤリでとどめを刺す。後に残されたのは、百円だった。
「……羽らしきものも、ない。どうして、あんなに速く飛べるのか、構造が、まるで分からないな」
シンジが、警戒を解かずに、呟いた。捕獲して、じっくり調べてみたいところだが、そんな余裕はない。
これから、ますます、常識の通用しない、強敵が現れるだろう。
一行は、気を引き締め直すと、ようやく見えてきた、大都市『浦和』の門へと、最後の歩みを進めるのだった。
大都市『浦和』。
その威容は、一行がこれまで訪れた、どの街よりも、巨大だった。
一つ一つの建物の高さこそ、新宿のビル群には及ばない。
しかし、その街区は、どこまでも広く、どこまでも続いているように見える。
主要な建物は、役所にしろ、銀行にしろ、そのどれもが、威容を誇るように、大きくそびえ立っていた。
そして、何よりも一行を驚かせたのは、街の中を行き交う、「乗り物」の存在だった。
それは、現実世界で言うところの、馬車によく似ていた。
しかし、その車を引いているのは、馬ではない。石でできた、人型の魔物――ゴーレムだったのだ。
ゴーレムは、その巨体に似合わず、実に静かで、おとなしく、黙々と客を乗せた車を引いている。
人々も、それを当たり前の光景として、受け入れているようだった。
「な、なんじゃ、ありゃあ……!」
ゆうこが、目を丸くして、その光景に見入っている。
「なんで、魔物が、あんなに人の言うこと聞いとるんじゃ……?」
「すげえ!おらも、ほしい!」
じんたは、子供のように、目を輝かせている。
シンジも、さすがに、その驚きを隠せない様子で、黙って、その不思議な光景を眺めていた。
そして、龍也は、誰よりも真剣に、考えていた。
(……どうすれば、魔物を、手懐けることができるんだ?)
もし、それが可能なのであれば、今後の旅のあり方が、根本から変わってくるかもしれない。
戦闘だけでなく、荷物運びや、移動手段としても、魔物を活用できるかもしれないのだ。
最初の街「所沢」。旅人の拠点「板橋」。歓楽の街「『川口』」
そして、この、魔物と人が共存する、大都市「『浦和』」
街を一つ越えるごとに、この世界の常識は、覆されていく。
次元が違う。最初の、ほんの一歩を踏み出しただけで、これほどの衝撃を受けるとは。
これから、この街で、一体、何が待ち受けているのだろうか。
龍也は、期待と、そして、少しばかりの畏怖を、その胸に抱きながら、この、底知れない大都市の、雑踏の中へと、足を踏み入れていくのだった。