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第二三話 いざ川口へ

 特効薬が街に出回ってから、三日が過ぎた。

 『板橋』の街からは、あの原因不明の熱病で苦しむ人の姿は、すっかり消えていた。討伐者たちは、もう橋の向こう側へ行くことを恐れなくなり、街には以前以上の活気が戻ってきたような気がした。


 ゆうこも、すっかり元気を取り戻し、再び討伐にも参加できるようになった。


「さて、そろそろ、この街を出ようかのう」

 ゆうこのその一言で、一行は、次の目的地である『川口』へ向けて、出発の相談を始めた。

 皆、それに反対はいない。しかし、現実的な問題が、一つだけあった。金だ。


 未知の病を解決したとはいえ、その過程で、医者への報酬や、盛大な宴などで、かなりの出費をしていた。この宿代を払ってしまえば、残りはかなり心細い。装備も、対炎仕様にはしたが、まだ中途半端なままだった。


「……あと、二、三日は、ここで討伐して、稼がないとな」

 龍也の言葉に、一同は頷くしかなかった。


 それから、三日間。一行は、ひたすら討伐に明け暮れた。

 そして、なんとか、当面の食料を買い溜めできるだけの金を稼ぐと、咲の薬局へと向かった。

 旅立ちの餞別として、薬を少し安く分けてもらおうと考えたのだ。


 薬局の前には、以前のような長蛇の列はなかったが、それでも、客足が途絶えることなく、繁盛している様子がうかがえた。

 咲に、もうすぐ旅立つことを告げ、ついでに、リモートモニターで梅さんにも報告をしようと、回線を繋げてもらう。

 すると、モニターの向こうの梅さんから、とんでもない知らせがもたらされた。


『おお、そうかい。こっちでも、あの特効薬……「抗辛菌丹こうしんきんたん」これがスマッシュヒットしてのう。臨時ボーナスとして、あんたたちの銀行口座に、売上の一部を振り込んでおいたよ』


 嬉しい知らせに、色めき立つ一行。いざ、銀行へ!

 残高を確認した龍也は、その数字を見て、震えた。


「……さ、三十万……!」

 もう、梅さんの経営能力は、疑いようもなく本物だ。


 潤沢な資金を得た一行は、その足で、露店へと向かった。

 そして、前回は手も足も出なかった、対魔法用の防具と、ゆうこ用に防具を一式購入。


 それでも、残高はまだ一万円以上ある。この先の旅を考えると、少しはゆとりがないと、心許ない。


 支度は、整った。

 一行は、世話になった宿の主人に挨拶をし、咲に、必ずまた会いに来ると約束をして、別れを告げた。

 多くの経験と、新たな仲間との絆を育んだ、旅立ちの街、『板橋』。

 その門を、一行は、今度こそ、万全の態勢で、後にする。


 目指すは、荒川の向こう岸、最初の宿場町『川口』だ。

 新たな街、新たな出会い、そして、まだ見ぬ強敵たち。彼らの本当の旅が、今、ここから始まる。

 一行は、期待と、少しの興奮を胸に、まだ見ぬ大地へと、力強く、踏み出していった。


  巨大な橋を渡り、一行は荒川の向こう岸へと、再び足を踏み入れた。

 これまでの激戦地を脇目に、地図を頼りに、『川口』へと続く新たな道を進んでいく。

 しばらくは、新たな敵に遭遇することはなかった。

 そして、たまに出現する子ドラゴンや魔法使いも、万全の装備を整えた今のパーティにとっては、もはや脅威ではなかった。


「なんだか、拍子抜けだな」

 シンジがそう呟くほど、道中は順調だった。


 しかし、その油断が、新たな恐怖を呼び込むことになる。

 夕方から夜にかけて、ようやく前方に、『川口』の街の灯りが見えてきた頃だった。

 地面から、にょきりと、青白い腕が突き出てきた。

 そして、一体、また一体と、土の中から、腐りかけた死体が這い出してくる。

 夜行性の魔物、ゾンビの群れだった。


「ひぃいいいいいぃぃぃ!」

「ぶちすげぇ!おばけじゃ!」


 それまで、どんな強敵にも勇敢に立ち向かってきたはずの、じんたとゆうこが、情けない絶叫を上げた。二人は、理屈の通じない、生理的な恐怖には、全く耐性がないらしい。戦闘どころか、その場から逃げ惑う始末だ。


 ゾンビの動きは、異常なまでに遅い。

 しかし、その腐臭と、うめき声、そして、生気のない目が、じわじわと一行の精神を蝕んでいく。


「くそっ、気味が悪い!」

 龍也も、竿竹を振るいながら、背筋に冷たいものが走るのを感じていた。

 シンジが、ゾンビの頭をナイフで突き刺しても、その動きは止まらない。

 対処法も、攻略の仕方も、全く分からなかった。


「……一旦、引くぞ!街へ走れ!」

 龍也のその一喝で、一行は、蜘蛛の子を散らすように、一目散に『川口』の街へと向かって走り出した。


 閉門、五分前。

 一行は、文字通り、滑り込むようにして、『川口』の門をくぐった。生きた心地がしなかった。

 門が閉まる音を聞きながら、その場にへたり込む。

 珍しく、ゆうこは半べそをかいており、じんたに至っては、子供のように、声を上げて号泣していた。


 その夜、一行は、街で一番安い宿を取り、ただひたすらに、休息することしかできなかった。

 肉体的な疲労よりも、精神的な消耗が、あまりにも激しすぎた。

 新たな街、『川口』。その最初の夜は、悪夢のような恐怖と共に、静かに更けていくのだった。


 翌朝。龍也は、一人早く目を覚ますと、日課である太極拳がてら、『川口』の街を散歩してみることにした。

 早朝ということもあり、街はまだ静かだったが、少しずつ、街が起き出し、活動を始める気配がする。


 『川口』は、中規模の、しかし、必要なものは一通り揃っている街だった。

『板橋』ほどの巨大な施設はないものの、役所、銀行、病院といったインフラは整っている。

 そして、この街の最大の特徴は、街の中心に、巨大なギャンブルの『レース場』があることだった。

 そのためか、街の規模の割には、夜の繁華街も大きく、歓楽的な要素が強い気がした。


 宿に戻ると、じんたとゆうこが、凄い剣幕で龍也に詰め寄ってきた。

「タツヤさん!こんな気味の悪い街、一刻も早ぐ、出ましょう!」

「ほうじゃ!あがなおばけが出るとこ、二度とごめんじゃけぇのぉ!」


 昨夜の恐怖が、よほど堪えたらしい。シンジが、冷静に諭す。

「だが、ここから先、さらに強い敵や、もっと恐ろしい魔物が出てくる可能性は高い。その度に、逃げ出すわけにもいかないだろう」

 その言葉に、二人は、ぶるりと恐怖に慄いた。

 じんたは、「新宿に帰る……」と、再び泣き出しそうになっている。


 龍也はシンジと、ゾンビとの戦い方を話し合いたかったが、まずは腹ごしらえだ。

 一行は、開き始めた、近くの食堂へと向かった。

 食事をしながら、店員に、昨夜遭遇したゾンビの話をしてみる。


「ああ、あれねえ。昔っから、夜になると、街の外をうろついてるらしいよ。詳しいことは知らねえけどね。そういう話なら、レース場に行ってみな。あそこには、いろんな情報が集まってくるから」


 腹ごしらえの後は、情報収集だ。一行は、その足で、街のレース場へと向かった。

 入場料の十円を払って中に入ると、そこは、熱気と喧騒に包まれていた。

 巨大な亀の背中に乗った騎手が、観客に手を振りながら、トラックを回っている。

 客層も、屈強な討伐者風の男たちから、暇を持て余したような爺さんまで、実に様々だった。


 龍也たちは、手分けして、討伐者らしき人々に、ゾンビや、この先の魔物について、片っ端から話を聞いて回った。

 十人くらいに話を聞いた頃には、かなり有益な情報が掴めてきていた。


 まず、ゾンビについて。彼らは、やはり紫外線に極端に弱く、夜の間しか活動できない。

 そして、弱点は「火」。炎で燃やせば、包帯に引火し完全に活動を停止させることができるらしい。

 ただし、絶対に噛まれてはならない。

 噛まれた者もまた、ゾンビになってしまう、という恐ろしい情報も手に入れた。


 次に、この先の街、『浦和』へ向かう道中の魔物について。

 そこでは、巨大な怪鳥や、泥のような体を持つ、不定形の魔物など、今までとは全く異なる種類のモンスターが出現するらしい。


 そして、最も重要な情報。

 次の街『浦和』は、『板橋』以上の大都市であり、『秋田』へ向かうための、大きな分岐点になるということ。

 そこで、太平洋側を進むルートと、日本海側を進むルートに、道が分かれるのだ。

 そして、浦和を出てしまえば、どちらのルートを進んでも、大きな街は、あと一つしかない。

 つまり、本格的な武器や防具は、その浦和で、全て揃えておかなければならない、ということだった。

 浦和では、新たな仲間を探すこともできるらしい。


 具体的な情報と、明確な目標が見えたことで、ようやく、じんたとゆうこも、落ち着きを取り戻してきたようだった。

 恐怖の対象も、その正体と対処法が分かれば、ただの『討伐対象』に変わる。


 一行は、新たな目標地点である『浦和』を目指すため、そして、忌々しいゾンビにリベンジを果たすため、気持ちを新たにするのだった。

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