表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

22/124

第二一話 見えない敵

 「でけた……!でけたで、しかも!ぶちぇぇ効き目の薬が、でけたわい!」

 ゆうこは、広島弁全開で、完成したばかりの『混乱治癒薬』の小瓶を、高々と掲げた。

 彼女の数日間にわたる研究が、ついに実を結んだ瞬間だった。

 隣で手伝っていた咲も、


「よかったですね!」

 と、心から喜んでいる。そして、


「早速、どなたかでお試しに……」

 と物騒なことを言い出したが、それは丁重にゆうこに止められていた。


 宿に戻り、一行は、早速、明日の討伐の準備を始めた。

 これで、ようやく、あの忌々しい魔法使いに、一矢報いることができる。


 翌日。意気揚々と、荒川の向こう岸へと渡る。道中の魔物は、もはや敵ではなかった。

 子ドラゴンの炎で負った、軽い火傷に馬油を塗りながら、順調に森の奥へと進んでいく。


 そして、ついに、あの黒いマントの魔法使いが、再び姿を現した。

 魔法使いは、詠唱と共に、シンジに向かって魔法を放つ。

 しかし、シンジは、それを驚異的な反射神経でひらりとかわした。


「そこか!」

 じんたが、背後に回り込み、攻撃を仕掛けるが、魔法使いは、まるで予測していたかのように、それをひらりと身をかわす。


 そして、二発目の魔法。その狙いは、じんただった。

 魔法は、じんたの背中越しに、確かに彼を捉えた。


「ぐっ……!」

 じんたの目つきが、再び、虚ろになる。彼は、近くにいたゆうこに、殴りかかり始めた。


「じんた!これ飲みんさい!」

 ゆうこが、慌てて解毒薬を飲ませようとするが、混乱して暴れるじんたの口に、うまく薬を流し込めない。


 その間にも、龍也とシンジは、魔法使いと対峙しており、助けに行くことができなかった。

 ゆうこが苦戦している、魔法使いは、三発目の魔法を放とうと、詠唱を始めた。


 龍也たちが、身構える。

 しかし、何も起こらなかった。不発?もう一度詠唱を唱え始めたので身を低く構え除ける態勢に入った。だが、やはり、何も起こらない。


「……どうやら、二回で、魔力が尽きるみたいだな」

 龍也が、冷静に分析する。


 その言葉を合図に、シンジは渾身の力で踏み込み、魔法使いに、必殺の一撃を叩き込んだ。

 魔法使いを倒し、龍也はすぐにゆうこの助けに向かう。

 暴れるじんたの足を払い、転ばせると、馬乗りになって、無理やり治癒薬を飲ませた。


 すると、数秒後、じんたの目の光が、ゆっくりと正気を取り戻していく。


「……はっ!お、おらは、何を……?」

 ようやく落ち着き、一行は、ひとまず安堵のため息をついた。


「効果は、バッチリじゃな!」

 ゆうこは、薬の効果が実証されたことに、大喜びだ。


 一旦休憩した後、一行は、その日、さらに二体の魔法使いを討伐することに成功した。

 多少の傷は負ったものの、もはや、混乱は脅威ではなかった。


 さすがに疲労困憊になった一行は、早々に帰還すると、街のスーパー銭湯で、ゆっくりと汗を流した。そして、夕飯を腹一杯食べると、全員、ベッドに倒れ込むようにして、爆睡した。


 翌日。ゆうこは、一人、研究室にこもっていた。昨日の戦いで、新たな課題が見つかったのだ。

 それは、混乱して暴れる相手に、どうやって安全に薬を飲ませるか、ということ。


 彼女は、試行錯誤の末、二つの方法を考案した。


 一つは、薬を、水に溶けやすいオブラートに包んで、投げつけるようにして飲ませる方法。

 もう一つは、より携帯しやすく、飲ませやすいように、カプセルに詰める方法。


「よし。次回は、これを試してみるかのう」

 ゆうこの、探究心と、薬学への情熱は、とどまることを知らなかった。


 混乱治癒薬の完成。それは、一行にとって大きな勝利だった。

 しかし、その勝利は、あまりにも大きな代償を伴っていた。


 薬が完成した日の夜、ゆうこは、まるで糸が切れたかのように、その場に崩れ落ちた。

 彼女の身体は、触れるのがためらわれるほど、激しい熱を発している。


「ゆうこ!」

 龍也たちが慌ててベッドに運ぶが、彼女はうなされるばかりだった。


 最初は、ただの疲労だと思われた。

 しかし、問題は、その熱が、どんな薬を飲んでも、一向に下がらないことだった。

 咲が、自分の知識を総動員して薬を処方し、龍也が懐の万能薬を飲ませても、全く効果がない。

 体温計が示す数字は、常に三十九度台。それが、三日経っても、全く変わらなかった。

 幸い、ゆうこの意識はあり、問いかけには弱々しく頷くため、命に別条はなさそうだが、このまま高熱が続くのは、あまりにも危険だった。


「どうすりゃいいんだ……」

 龍也は、藁にもすがる思いで、リモートモニターで梅ばあさんに相談した。

 しかし、画面越しでは、ゆうこの詳しい様子までは分からない。


「……こりゃ、ただの風邪じゃなさそうじゃのう」

 ばあさんの言葉が、重く響いた。


「採血ができれば……!血液を調べれば、何か分かるかもしれません!」

 咲が、そう提案する。医者か、腕の立つ看護師を、どこかから呼べないか。

 龍也たちは、病院や診療所を片っ端から回った。しかし、反応は、奇妙なほどに冷たかった。


 ゆうこの症状を話しただけで、どの医者も、首を横に振って断ってくる。

 無理やり往診に来てくれた町医者も、ベッドで苦しむゆうこの様子を一目見るなり、顔を青くして、そそくさと帰ってしまうのだ。


「おかしい……。何かが、おかしいぞ」

 最後に断った医者の腕を、龍也は、思わず掴んでいた。


「待ってください!どうして誰も、診てくれないんですか!理由を教えてください!」

 医者は、目を泳がせ、中々答えようとはしない。

 そこで、龍也は懐から、なけなしの三千円を取り出し、その医者の目の前に突きつけた。


「これを、差し上げます。だから、知っていることを、全て話してください」

 金を見た瞬間、医者の態度は、コロッと変わった。

 彼は、周りを窺うように声を潜め、震える声で語り始めた。


「……最近、この街で、同じ症状の患者が、ちらほら出てるんだ。俺も、二人診た。どんな薬も効かず、原因すら分からないまま、高熱が続いて……そして、三週間後、死んじまった」

 その言葉に、龍也は息を飲んだ。


「しかもだ……。その患者の一人を看病していた看護師が、一週間は何もなかったのに、二週間経った頃、同じ病にかかっちまったんだ。マスクを、していなかったらしい……。今も、高熱で苦しんでいる」

 医者の話は、さらに衝撃的な事実を告げた。


「発症した患者に、唯一つだけ、共通点があった。全員、あんたたちと同じように、荒川の橋を渡った土地で、討伐をして帰ってきた、討伐者だったんだ……!」

 大変なことになった。

 このままでは、ゆうこも……。いや、マスクもせずに看病していた、自分たち全員が、感染している可能性がある。

 龍也は、すぐさま宿に戻ると、咲に事情を話し、全員分のマスクを用意させた。

 そして、再び、研究室のモニターの前に立つ。


「梅さん!頼みがある!ゴードンさんに、そっちの診療所にいる、エミリさんを、すぐにここまで連れてきてもらうよう、お願いしてくれ!」


 龍也は、矢継ぎ早に叫んだ。

「その時、必ず、採血セットと、その他、考えられる限りの医療器具を持たせてくれ!頼む!」

 モニターの向こうで、事の重大さを察した梅さんが、静かに、しかし、力強く頷いた。

 一行は、今や、たった一つの希望に、全てを託すしかなかった。


 筋肉の悪魔が引く人力車に乗って、サディスティックな天使が、この地にやってくるのを、ただひたすらに、待つしかなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ