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第二〇話 飽くなき探求

 まずは、火傷対策からだ。ゆうこは、咲に馬油の詳しい調合方法を聞き、自分でそれを大量生産した。これで、あの子ドラゴンの炎による軽度の火傷には、何とかなるだろう。


 問題は、やはり『混乱』だ。


「サンプルが、絶対的に足らんのう……」

 ゆうこが、うんうんと唸っていると、隣で咲が、可愛らしい笑顔のまま、


「でしたら、橋の向こう側で、積極的にサンプルを採取するのは、どうでしょう?具体的には、他の討伐者の方が混乱にかかったら、即座に取り押さえて、採血したり、試作品のお薬を与えてみたり……」


 その、天使のような笑顔で悪魔のような、とんでもないことを言い出した。

 要するに、治験と称した、人体実験である。一歩間違えば、死者が出かねない。


「さ、咲ちゃん。それは、さすがにまずいかな……」

 ゆうこがやんわりと諭すと、彼女は


「そうですか?残念です」

 と、心底がっかりしたような顔をした。人は、見かけによらないものだ。


 そうこうしている間に、街では、とんでもない速さで、『梅ばあちゃんの薬局二号店』が完成していた。


 ばあさんが、工務店に、莫大な資金を前渡ししていたらしく、その設備は、最新鋭そのものだった。

 研究施設には、遠心分離機や数値を計測する機器やコンピュータでなんと、梅さんと、いつでもリモート通話が可能な、巨大なモニターまで設置されている。


「ぶちぇぇぇぇ設備じゃな〜!」

 ゆうこは、子供のようにはしゃいでいる。


 しかし、肝心の問題は、まだ解決していない。

 ゆうこは、早速、その最新設備を使い、モニターの向こうの梅さんと、リモート会話を試みた。


「梅さん!混乱に効く薬、何か知らんか!」

 すると、モニターの向こうで、茶をすすっていたばあさんは、少しだけ考えるそぶりを見せると、あっさりと答えた。


(ああ、聞いたことがあるような、ないような……。確か、川に生えとる、特別な藻をすりつぶしてな。それに、月見草と、高麗の枝とかいう漢方を、混ぜ合わせたものじゃったような……)


「配合は!?」

 ゆうこが、身を乗り出して尋ねる。


(……まあ、適当に、ええ塩梅で)

 その答えは、やはり、いつも通りだった。しかし、これで、また一つ、大きな手がかりが得られた。

 一行は、早速、『川に生えている特別な藻』を探すため、再び、荒川のほとりへと、向かうのだった。


 ひとえに『川の藻』と言っても、その種類は様々だ。ましてや、目の前に広がる荒川は、どこまでも続く大河である。川底にあるという、その特別な藻にたどり着くには、水中に潜る必要がある。


 しかも、あの巨大魚がうようよいる危険な川に、だ。


「……情報が、あまりにも足らなすぎるわい」

 ゆうこが、川岸で腕を組む。


「じんた」

 彼女の鋭い視線が、じんたを捉えた。


「あんた、そのシーフの技で、この藻に関する情報を、街で集めてきてくれんか」

「ええっ!?お、おらが、ですか……?」

 人見知りのじんたは、当然、その役目を拒んだ。


 すると、ゆうこは、にっこりと微笑んだ。


「……なら、もう一回、混乱してみるかい?」

 その脅し文句は、効果てきめんだった。


 じんたは、涙目で首をぶんぶんと横に振り、渋々、街へと情報収集に向かった。


 その間、ゆうこと咲は、開店準備の整った『梅ばあちゃんの薬局 板橋支店』

 の運営を始めていた。


 『所沢』の本店から、毎日、大量の薬草が転送されてくる。

 それを、ゆうこと咲が、門外不出である『マル秘・極秘・社外秘』と書かれた、梅ばあさん直筆の(しかし、内容はほとんど「適当」としか書かれていない)配合表を見ながら、製造していく。


 その薬の効能は絶大で、開店二日目にして、店の前には、討伐者たちの長蛇の列ができていた。


「ぶちぇぇ人気じゃなぁ!」

 モニターの向こうで、梅ばあさんは、相変わらず、ただ笑ってお茶を飲んでいるだけだった。


 一方、龍也とシンジは、パーティの装備を少しでも充実させるため、露店巡りをしていた。

 掘り出し物を探して、埃っぽい商品を、一つ一つ、丁寧に見て回る。その日の夕方。


 三組は、宿でそれぞれの成果を報告し合った。まず、じんたが、非常に有力な情報を持ち帰ってきた。


「例の藻はな、比較的、綺麗な川にしか生えないらしぃんだ。荒川みだいな大河じゃなぐて、ここから一番近ぐて、手前にある、『新河岸川』って、支流の方にある川だって、酒場の親父が言ってたど」

 その川は、荒川に比べて水深も浅く、あの恐ろしい巨大魚もいないらしい。

 なんと、危険を冒さずして、目的のものが手に入りそうだ。


 そして、龍也とシンジも、一つの掘り出し物を見つけていた。

 それは、ほとんど新品同様の、『盗人の靴』だった。

 足音を消し、素早さを少しだけ上昇させる効果がある、シーフにとっては最高の装備だ。


 本来なら、ショッピングモールで何万ゴールドもする品だが、露店では、その十分の一の値段で手に入れることができた。


「よくやった、じんた!」

「龍也さんたちも、すごいでないべか!」

 パーティの雰囲気は、一気に明るくなった。


 薬局の運営も順調で、資金も潤沢に貯まり始めている。

 目標達成への道筋が、はっきりと見えてきた。


 一行は、明日、その『新河岸川』へと、向かうことを決めた。


 『新河岸川』に到着した。川岸から水中を観察すると、確かに、荒川のような巨大魚は見当たらない。

 しかし、時折、魚影がよぎるのが見えた。


「……おらが、先に行ってみるべ」

 じんたが、新しい『盗人の靴』の性能を試すように、そっと水に足を入れた、その時だった。


「いでっ!」

 短い悲鳴と共に、じんたは急いで川岸へと戻った。


 見れば、足首から、わずかに血が流れている。

 シンジが、懐のナイフを構えながら、じんたが足を入れたあたりを、そっと覗き込む。

 すると、水中で、真っ赤なザリガニが、巨大なハサミを振り上げ、こちらを威嚇していた。


 その大きさは、高級レストランで出てくる、ロブスター並みだ。


「こりゃ、迂闊には入れねえな……」

 藻は、川底の石ごと採取しなければ、意味がない。


 薬を飲んで止血したじんたは、珍しく、怒りに打ち震えていた。


「……おらに、まかせてけろ!」

 そう言うと、彼は水面から突き出ている、頭ほどの大きさの岩に近くにあった、大きな石を、力いっぱい、打ち付けた。

 ガンッ!という、鈍い衝撃音と共に、水中に衝撃波が走る。


 すると、水の中にいた魚たちが、次々と、白目を剥いて浮かんできた。気絶しているのだ。

 水中を覗くと、あの巨大ザリガニも、ひっくり返って、足をピクピクさせていた。


「でかしたぞ、じんた!」

 ゆうこが、その見事な漁法(?)を褒め称える。


 一行は、今のうちに、と急いで川に入り、目的の藻を、石ごとごっそりと採取し、急いで持ち帰った。薬局に戻り、採取した藻を調べてみると、それは、微妙に異なる三つの種類に分けられた。


 その日から、再び、ゆうこと咲の、地道な研究が始まった。

 三種類の藻を、月見草や高麗の枝と、何通りもの組み合わせで調合し、試作品を作っていく。


 そして三日目。ついに、いくつかの効果がありそうな試作品が、完成した。


「……ただ、こっから先は、実際に試してみるしかないのう」

 ゆうこの言葉は、重かった。結局、咲が最初に言った通り、誰かに治験するしかないのだ。


 龍也たちは、その不穏な事実には、あえて触れないようにした。数日後。

 炎対策も、混乱対策の試作品も万全に整え、一行は、再び、荒川の向こう岸へと渡った。


 もはや、子ドラゴンの炎は、怖くなかった。

 じんたも、新しい靴のおかげで、気配を消してドラゴンの足をロープで縛って転ばせたり、懐から宝を盗んだりと、大健闘を見せる。


 そして、一行は、運良く、一体の『混乱』している魔物に出くわした。

 その魔物は、近くの木に何度も頭をぶつけたり、関係のない別の魔物に襲いかかったりと、明らかに、正気ではない。


「……じんた」

 ゆうこは、注射器に試作品の薬を仕込むと、それを、じんたに手渡した。


「あの魔物に、これを打ってきな」

「いやです!」

 当然、じんたは拒んだ。


 しかし、ゆうこの

「なら、お前がかかるか?」

 という、いつもの脅し文句には、逆らえない。


 じんたは、半泣きになりながらも、シーフの技で混乱した魔物に忍び寄り、一本、また一本と、試作品を打ち込んでいく。


 そして、四本目の注射を打った、その時だった。魔物の動きが、ぴたりと止まった。

 そして、まるで悪夢から覚めたかのように、正気を取り戻したのだ。


 しかし、その魔物が、最初に認識したのは、目の前にいる、怪しい帽子の男。

 魔物は、雄叫びを上げて、じんたに襲いかかった。


 その瞬間、シンジのナイフが、魔物の喉を切り裂いていた。


「うわーん!タツさーん!」

 じんたは、泣きながら龍也にすがりついた。


 一方、ゆうこは、


「ふむ、四本目が効いた、ということじゃな」

 と、冷静にデータを分析し、満足げに頷くと、


「目的は達した!帰るぞ!」

 と、意気揚々と帰還を提案した。


 宿に着き、一休みすると、ゆうこは、すぐに研究室へと向かった。

 彼女の頭の中は、今や、混乱治癒薬の完成という、大きな目標で、いっぱいだった。

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