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第一話 休憩所と仕事の説明

 お待ちしておりました」


「え、ここ……どこだ?」


「説明いたします。当社は“情報搬送業”を営んでおります『日本セキュリティ運輸』です。あなたにお願いするのは、情報入力、整理、そして---モンスター討伐業務です」


「も、モンスター!?」


 男は涼しい顔で続ける。

「ここは現実と仮想を繋ぐ中間空間。従業員は皆、身体ごと【ログイン】し業務に従事しています。報酬は即座に現実口座へ振り込まれる仕組みです」


 呆然とする龍也を、小屋の外へ案内する。広場に出た龍也は、思わず足を止めた。

 そこには「休憩所」と呼ぶには立派すぎる施設が並んでいた。

 木造風の大きな建物の中は、さながらスポーツジム兼リゾートホテル。


 筋力トレーニング用の器具が並ぶルームがあり、奥の部屋には大浴場や温水ジャグジーが気泡を立てている。

 更にふかふかのソファが置かれた休憩室、薄暗い照明の『リラクゼーションルーム』まであった。


「……なんだよここ、俺が昔バイトで掃除してたホテルよりよっぽど快適じゃねえか」

 思わず呟いた。


「快適に働いていただくための福利厚生です」

 背広の男は当たり前のように言った。


「ただし休みすぎれば、その分稼ぎは減りますよ」

 スーツやジャージ姿、果ては寝間着姿の人々がちらほら。


 掲示板に貼られた依頼書を剥がしては、森へ向かっていく。


 掲示板を見た龍也は目を疑った。


 スライム退治 報酬:二十円

 コウモリ退治 報酬:四十円

 ゴブリン中型討伐 報酬:百円

 大型トロール討伐 報酬:三千円(危険度:高)


「……安っ!」


 男は淡々と告げる。


「弱い敵は報酬も安い。強敵を倒せば高額ですが、そのぶん危険。

 ---ただし、“成果報酬+アルファ”とは、倒した後に得られる素材や情報によって大きく差が出る、という意味です」


 突然、休憩所の扉が勢いよく開いた。

 二十代くらいの青年が仲間に担がれて戻ってきたのだ。

 胸を裂かれたように血まみれで、呻き声をあげている。


「うわっ……!」

 思わずのけぞった。


「安心してください」

 男は落ち着いた声で言い、担ぎ込まれた青年を指差す。


「彼は大型トロールに挑んで返り討ちにあったようですね。しかし――」


 ほどなくして青年は診療所へと運ばれた。


 木造の外観に似合わず、中は白い光に包まれた清潔な部屋だ。

 そこで出迎えたのは、恰幅のよい白衣の医師と、看護師だった。


 医師は名医として知られているらしく、魔法と医術を組み合わせて処置を施す。


 そして看護師は飛び切りの美人。

 長い黒髪をポニーテールにまとめ、笑顔を浮かべながらも、針を打つときは容赦がない。


「痛い? 我慢なさい、男でしょ?」

 甘い声で言いながら、注射をズブリ。


 だが注射痕に手を当てると、温かな光が広がり、傷がみるみる塞がっていった。


「三日も休めば大概治るわよ。ほら、泣き顔はみっともない」

 女は優しく、しかしSっ気たっぷりに笑う。


 唖然としていた。


「……なんだ、この現実感のなさは」


 広場の向こう、若者たちが巨大な剣を担ぎ、笑いながら「トロール討伐」の依頼を受けて街を出て行く。

 ため息をついた。


「俺みたいなオッサンに、トロールなんて無理だろ……」


 男は小さく笑った。


「大丈夫です。まずは弱い敵を攻撃できますし、観察眼がモノを言います。コツコツ積み上げれば、道は開けますよ」


 タブレットを一台、手渡された


「こちらのNマークのアプリから収集されたデータを報告していただきます。はい、こちらです」

「これは頂けるのですか?」

「いえ、レンタルです、電波はどこにいても繋がります、はい、何処にいてもです。例えば、洞窟や山の上、只、結界の張られた場所のみ届きません。ご了承ください」


「結界って?、そんな所があるんですか!?……」

「よほどの所に行かないと存在しないみたいです、まだ私が入ってから聞いたことありませんし、先輩が言ってただけです」

(なんつう所だ)


 しばし巡回した後、掲示板から「スライム退治・二十円」の依頼書を恐る恐る剥がした。


「じゃあ真田さん、まずはイメージトレーニングから」


  広場の片隅、木の棒と丸石が無造作に置かれていた。


 男が「選んでください」と言うが、どちらも武器とは呼べない代物。


「枝か……小石か……。どっちも中学生のケンカじゃねえかよ」

 ぶつぶつ言いながら枝を取った。


  さらに防具を探したが、支給されたのは新聞紙一枚。


「……おい、これどうすりゃいいんだ」

「胸に巻けば、多少の打撃は防げます」

「多少って……!」


 その後、広場に現れたのは“シャドー”と呼ばれる黒い人影。

 攻撃してこないが、こちらの動きに合わせて軽く動く練習用モンスターらしい。


「はい、素振り! 回避! ガード!」


「……おい、休憩は!?」

「ダメです、まだ十回目ですよ!」


 息を切らし、腰に手を当てて荒い呼吸を繰り返す。

 気づけば夕暮れ、二時間以上もみっちりと叩き込まれていた。


「はぁ……死ぬ、もう死ぬ……」

「お疲れさまでした。本日はここまでです」


 ぼやきながらも、休憩所のジャグジーに身を沈めた。

 ブクブクと泡が立ち、疲れ切った体に沁みる。


「……なんだかんだで極楽じゃねえか」


 湯から上がれば『わんぱく飯』と名付けられた食堂の定食。

 唐揚げ山盛りにハンバーグ、味噌汁にカレーまでついた豪快な一品だ。


「初日だけは会社のおごりです」

 と言われ、むさぼるように平らげた。


 その夜はぐっすり眠り、翌朝七時に食堂で朝食。

 軽いトーストにベーコンエッグ、コーヒーもある


 だが食事票に『本日分:借金二十円』と書かれているのを見て、青ざめる。


「……これ、タダ飯じゃなかったのか!?」

「初日のおごりは夕食だけです」


 男はさらりと告げた。


 朝九時、いよいよスライム討伐に向かうことになった。


 片道一時間、広場から石畳を歩き、やっと『SAFETYエリア』の境界を越える。


 さらに草むらを二十分進んだ先で――。


「いた……!」


 ぷるぷると揺れる水色の塊。まさしく教科書通りのスライムが一匹、のんびり跳ねていた。


「よし、行くぞ!」


 勇気を振り絞り突っ込む、が、スライムは意外に素早い。

 横にぴょん、と跳ねるだけで、枝は空を切った。


「ちょ、待てコラ! 走れねぇ!」

 ぜぇぜぇ息を切らす間もなく、スライムが飛びかかり、腹にドンと体当たり。


「ぐぉぉ……! けっこう痛ぇじゃねぇか!」

 新聞紙防具はほとんど役に立たない。うずくまり、涙目になる。

 追い詰められた、ふと気づいた。


「……待てよ。動きが単純だ。なら……」

 小枝を何本か草むらに並べ、石で土を掘って即席の穴を作る。


 わざと背を向けて挑発すると、スライムは跳ねながらまっすぐ突っ込んできた。


 次の瞬間――ズボッ、と穴に嵌る。


「今だ!」

 枝で何度も叩き、最後は尖った先を突き刺した。


 ぷるん、と震えたスライムは力尽き、地面に溶けるように消える。


 残されたのは、小さな銀貨のようなコイン一枚。


「……マジで金が出た」

 震える手で拾い上げる。だが腹の痛みは強烈だ。


「もうムリ……帰る……」

 半ベソをかきながら休憩所に戻り、診療所へ駆け込んだ。


「また新入りさんね?」

 美人看護師がくすっと笑い、容赦なく注射を突き刺す。


「いってぇぇぇ!」

 だが温かな光が広がり、腹の痛みはすぐに引いていった。


「はい、一件落着。治療費は……そうね、軽傷だから一円」

「……一円!?、安っ!」


「でも積もれば山となるのよ?あんまり怪我ばっかしてたら赤字になるわよ、おっさん♡」

 Sっ気たっぷりの笑顔に、頭を抱えるしかなかった。


 翌朝、あの男を探し、始まりの小屋に来た。誰もいない、中を見回すと電話が一台壁に付いていた。


【御用の方はお掛けください内線〇番】とあった。


 恐る恐る受話器取って掛けてみた。


(はい、NSU転送課です)


「あの〜、真田と申しますが、昨日こちらにいた背広の方は?」

(背広?ですか、こちらの社員は皆背広でして)


「一昨日から昨日の朝までこちらにいた人なのですが」

(一昨日から…ちょっと確認してみますね♬♩【保留音】~♬、お待たせしました、

 一昨日の担当は小畑ですね、本日はお休みです)


「休み⁉…そうですか、…あの!ちょっと質問がありまして」

(はい、なんでございますか?)


「その~……業務の件なのですが…」

(はい)


「情報入力と整理は具体的に何をするのでしょうか」

(はい、主にモンスターと対峙した時の経緯、その時の描写、特徴、鳴き方、威圧の仕方、戦闘においての技、特性、弱点、攻撃力、パターン、倒した時の状態、獲得できる金額、落とした物等、を入力して頂き、種類が増えたら、種類別や技別などの分類に整理して頂きます。その時に獲得したお金や物は報告された後、給与としてお使いください)


「…はあ…そうですか・・・あ!、あとですね、この魔物退治、終わりはあったりするんですか?例えば、魔王みたいな方を倒したり・・・」

(はい、魔王というのは存在致します、ただ…相当お強いですし、かなり遠く恐ろしい所にいらっしゃるみたいでして、当社もその存在を知っているのは社長とそのお父様の会長のみと噂されてまして、ほぼ、都市伝説に近いかと、ですので、情報収集できる範囲でよろしいかと思います。魔王を倒して世の中を…とかは大丈夫だと思います)


「なる、ほど…分かりました」


 なにか狐につままれたような気持ち、とはこう言う事なのかと何故か冷静に思っていた。


「さてと」


 働かないと飯代も払えないから、再び戦場に出向いて行った

 三匹やっつけて、その夜は倒れるように眠った。


  翌朝全身の筋肉痛で目を覚ました。


 昨日までの怠惰な生活が嘘のような、心地よい疲労感と、それ以上に現実的な空腹感。


 食堂へ向かうと、昨日と同じ「モーニング」が並んでいたが、今日はその横に小さな黒いパンと水だけの質素なメニューが追加されていた。


「こっちが無料の朝食だ。わんぱく飯は借金になるから気をつけな」

 隣に座った、いかにも古株といった風情の猫背の男が、ぶっきらぼうに教えてくれた。


 男は『田中』と名乗り、この世界で五年生き抜いているという。


「あんた、昨日スライム相手に半べそかいてた新人だろ。まあ、最初はそんなもんだ」

 田中の言葉に、決まり悪く頭を掻いた。


 田中の話によると、この世界では経験を積むことで少しずつ体力があがり身体能力が向上するらしい。

 若者たちはその成長速度を活かして危険な討伐に挑むが、多くの者は大怪我を負ってリタイアしていくという。


「俺みたいな中年組は、知恵で稼ぐしかねえのさ」

 そう言うと、田中は黒いパンを水で流し込み、静かに席を立った。


 龍也は再び依頼掲示板の前にいた。スライム討伐の報酬はわずか二十円。

 治療費を差し引けば七十九円、さらに昨日の借金を返済して五十九円の儲けだ。

 これでは生活が成り立たない。しかし、ゴブリンやトロールに挑む勇気はまだなかった。


「……ん?」


 ふと、掲示板の隅に追いやられたような、小さな依頼が目に留まった。


「薬草『月見草』の採取十株で十円」


 モンスター討伐に比べれば遥かに安全そうだ。これだと直感し、依頼書を剥がした。


 受付で詳細を聞くと、月見草はエリアの境界付近、西の森に自生しているという。

 ただし、毒を持つ「擬態草」と酷似しているため、採取には注意が必要とのことだった。


「これなら、俺にもできるかもしれん」


 居酒屋での長年の経験で、食材の目利きには自信があった。山菜採りの経験もある。

 受付で無料の採取用プラスチックのナイフと麻袋を借り、西の森へと向かった。


 森は、昨日スライムと戦った草原の先に広がっていた。

 鬱蒼と茂る木々の間から差し込む光が、幻想的な雰囲気を醸し出している。

 慎重に足を進め、地面に目を凝らした。


「あった……!」

 しばらく歩くと、月光を浴びたように淡く光る小さな草を見つけた。


 これが月見草に違いない。


 彼は図鑑で見た特徴---葉の裏にある三つの斑点---を確認し、丁寧にナイフで刈り取っていく。


 作業は順調に進んだ。

 擬態草は、図鑑通り葉の斑点が二つしかなく、見分けるのは容易だった。


 夢中で採取を続けるうち、あっという間に麻袋はずっしりと重くなった。


 帰り道、足取りは軽かった。モンスターと戦うことなく、己の知識と経験だけで稼いだ。


 その事実が、彼に小さな自信を与えていた。


 受付で月見草を換金すると、手元には百五十円の現金が残った。これは大きい。


 彼はその足で購買部へ向かい、一番安い棒、百円を購入した。

 枝とは比べ物にならない安心感だ。


 その夜、久しぶりに「わんぱく飯」を注文した。


 温かい飯を頬張りながら、彼はこの世界で生きていくための、ささやかな光明を見出していた。


 若者のように力で戦うことはできない。だが、長年培ってきた経験と知恵がある。


 それを武器にすれば、きっとこの過酷な世界でもやっていけるはずだ。


 そして、初めて現実の口座に反映された報酬を確認した時の、驚きと喜びは言うまでもない。

 タブレットの画面に表示された「八十九円」の入金履歴。


 それは、彼が失いかけていた社会との繋がりと、男としての尊厳を取り戻すための、確かな第一歩だった。

 隣のテーブルでは、血気盛んな若者たちが大型モンスター討伐の成功を祝して騒いでいる。

 その様子を横目で見ながら、静かに、しかし力強く、自らの道を歩み始めることを誓うのだった。

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