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第十八話 新品と中古

 宿場町『『板橋』』は、『新宿』とは全く異なる雰囲気を持つ街だった。

 『新宿』が、一攫千金を夢見る者たちが集い、娯楽と歓楽に満ちた、眠らない大都会であるならば、

 ここ『板橋』は、まさしく「旅人たちのための拠点」と呼ぶにふさわしい場所だった。

 街の規模こそ『新宿』に劣るものの、その活気は、ある意味、『新宿』以上かもしれない。


 通りには、様々な人種の討伐者たちが行き交い、その顔つきは、『新宿』の若者たちのような浮ついたものではなく、歴戦の猛者であることをうかがわせる、引き締まったものだった。


 最も目を引くのは、道の両脇にずらりと並んだ、露店の数々だ。

 そこでは、討伐者たちが自ら狩ってきた魔物の素材や、ダンジョンで手に入れたという武具、そして、旅に役立つ様々な道具が、所狭しと並べられている。


 龍也たちの持つ竿竹や鍋の蓋とは比べ物にならない、本格的な剣や鎧、魔法の杖などが、当たり前のように売買されていた。そして、街の中心にそびえ立つ、ひときわ大きな建物。

 それが、この街の『役所』だった。


 中に入ると、その規模に圧倒される。討伐依頼の斡旋を行う『紹介所』、旅の資金を管理する『銀行』、各地方への転送ゲートを管理する部署など、旅に必要な、ありとあらゆる行政サービスが、ここに集約されているようだった。


 情報量も、『新宿』の比ではない。


 宿に関しても、高級なホテルなどはなく、その代わりに、旅人が安価で長期滞在できるような、素泊まりの民宿が、アパートのように何棟も連なっていた。


 そして、そんな実利一辺倒の街の中で、ひときわ異彩を放っていたのが、街の郊外に建てられた、巨大なショッピングモールだった。その中には、様々な店はもちろんのこと、なんと、天然温泉が湧き出るという、巨大なスーパー銭湯まで隣接している。


 過酷な旅の疲れを癒し、次の冒険への英気を養う。

 ここは、まさしく、旅人たちのためのリゾート地でもあったのだ。


「すげえ……。なんでも揃ってやがる」

 龍也は、感嘆の声を漏らした。

 ここでなら、あのトロールと渡り合えるような、本格的な武器も手に入るかもしれない。

 そして、この先に待ち受ける、さらなる強敵たちの情報も。


 一行は、まず、一番安い民宿に宿を取ると、早速、この旅人の街の散策へと、繰り出すのだった。


 真っ先に装備を新調するため、巨大なショッピングモールへと向かった。

 しかし、そこに並べられた品々を見て、すぐに現実を思い知らされることになった。


「た、高え……」有名ブランドのロゴが入った、きらびやかな剣や盾、そして防具。

 そのどれもが、安くても十万円以上という、天文学的な値段がつけられている。


 『新宿』で三百円だった「鍋の蓋」ですら、ここではブランド品として扱われ、五、六千円もする始末だ。

 食料品も例外ではない。これまで三円程度で買えていたパンが、一つ百円もする。

 とてもではないが、ここで買い物などできはしない。


 一行は、すごすごとモールを後にし、露店が並ぶ通りへと向かった。

 こちらは、値段も様々だった。一円で売られている「布の服」は、穴だらけでボロボロ。

 剣も、錆びていたり、刃が欠けていたりと、まともに使えそうなものは少ない。

 そして、ちゃんとした状態の剣となると、やはり何万円もする。


 モールよりは安いが、それでも、今の龍也たちには到底、手の出せる金額ではなかった。


「……掘り出し物を、探すしかないな」

 龍也の言葉に、一同は頷く。四人は、埃っぽい露店の商品を、一つ一つ、くまなく見て回った。


 その結果、なんとか、最低限の装備だけは手に入れることができた。

 じんたは、ピッキングツールがセットになった「盗人の手袋」を。

 シンジは、サバイバルナイフを。

 龍也は、投擲もできる、手頃な「やり投げのヤリ」を購入した。

 露店には、汚れた白衣も売っていたが、ゆうこは


「わしが今着とる、国境なき医師団の戦場服の方が、まだ防御力は高いわい」

 と、それを断った。


「この先の敵は、もっと強くなる。装備は、もう少し揃えたいな」

 シンジの言葉に、全員が同意する。

 しばらくは、この『板橋』を拠点に、討伐で金を貯めることに決まった。


 まず役所の中にある銀行へ向かい、パーティ兼用の通帳を作った。

 そして、電話交換サービスを使い、「一〇四」で『所沢』へ繋いでもらう。

 龍也は、梅ばあさんに、預けてあった金を、この『板橋』支店の口座に振り込んでもらうよう、お願いした。


 『所沢』のあの小屋にも、月に一度、簡易銀行が出張してくる。

 こうして、一行の、『板橋』での新たな討伐生活が始まった。


 シンジの武器がナイフに、龍也の武器がヤリになったことで、パーティの攻撃力は、わずかながらもアップしている。


 彼らは、街の北に流れる、大きな川の近くまで足を延ばした。

 川岸には、『荒川』と書かれた看板が立っている。


 その遥か向こうには、巨大な橋と、天を突くほどに高い門が見えた。


「……いずれは、あれを渡ることになるのか」

 龍也は、その壮大な光景に、ごくりと唾を飲んだ。


 このエリアでは、幸い、あのトロールに遭遇することはなかった。

 しかし、初めて見る魔物も多い。地中から突然現れ、木槌を振り回してくる、モグラの魔物。


 触れると、装備が少しずつ溶かされてしまう、酸性の粘液を持つ、緑色のスライム。


 そして、最も厄介だったのが、吸血コウモリの亜種だった。

 こいつに噛まれると、傷は小さいが、全身が痺れ、しばらく動けなくなってしまうのだ。


 その日、先陣を切っていたじんたが、不意を突かれてそのコウモリに噛まれてしまった。

 彼は、その場で硬直し、身動きが取れなくなる。その隙を、他の魔物たちが一斉に見逃さなかった。


「じんた!」

 シンジと龍也が、必死で彼を守りながら応戦する。


 ゆうこが、薬を試すが、効果はない。

 じんたが、ようやく動けるようになったのは、五分後のことだった。


 その間、パーティは防戦一方で、危うく壊滅しかけるところだった。


「うう……怖がった……」

 半べそをかくじんたを、ゆうこが


「しゃんとしなさい!」

 と一喝する。一行は、これ以上の深入りは危険と判断し、その日は一旦、街へと帰還することにした。


 新たな脅威と、装備の重要性を、改めて痛感させられた一日だった。


 『板橋』の安宿に戻った一行の空気は、重かった。

 問題は、あの麻痺攻撃を仕掛けてくる、吸血コウモリの存在だ。

 戦闘中に、誰か一人でも五分間行動不能になるというのは、致命的なリスクだ。


「まずは、あの麻痺をどうにかしないと、話にならんわい」

 腕組みをしながら、ゆうこが唸る。

 彼女の医師としてのプライドが、この問題を放置することを許さなかった。


「麻痺を治す薬自体は、梅ばあさんが、あの洞窟の薬草から作っとるはずじゃ。じゃが、手元にはないし、今さら『所沢』まで取りに戻るわけにもいかん」

 製造するにも、肝心のレシピが分からない。薬草の配合比率や、精製の手順。

 それが分からなければ、どうにもならないのだ。


「……手紙、送ってみるか?」

 龍也が提案するが、『所沢』と『板橋』の間で、手紙が届くのにどれだけの日数がかかるか分からない。

 その間、危険な討伐を続けるわけにもいかなかった。どうしたものか。


「電話かけてみます?」

 じんたが言った、


「この前、お金お願いしたじゃないですか、だから会話でレシピ聞いたら出来ないですかね?」

「…薬の配合はな、中々シビアでのぅ、ちょっとの誤差で効き目が変わってしまうんじゃ」

 悩んでいるゆうこに、


「まあとりあえず、材料とか分量とかでも聞いてみたらどうだ?何も無いよりましだろ?」

 龍也が希望を見出そうとして言った。


「ほうじゃのぅ、聞いてみるか!」

 そんな時、部屋のドアが、コンコン、とノックされた。


「どなたです?」

 龍也がドアを開けると、そこに立っていたのは、宿の主人である、人の良さそうな爺さんだった。


「おお、あんたら、なんじゃ、薬がどうのと大きな声で話とったな。実は、ワシの娘が、薬師をやっておってのう。もし、薬のことで困っとるんなら、相談に乗ってくれるかもしれん。街の東の外れで、小さな店を構えとるんじゃが」

 宿の主人の爺さんから薬師の娘の話を聞いたが、まずは情報の確度を優先することにした。


 再び役所へと向かい、電話交換サービスで『所沢』へと繋いでもらった。

 電話口に出た梅ばあさんに、ゆうこが単刀直入に尋ねる。


「ばあさん!あんたが作った、あの痺れを治す薬!材料と配合を、今すぐ教えてくれんか!」

 電話の向こうから、梅ばあさんの、のんびりとした声が聞こえてくる。


(おお、ゆうこさんかいな。材料はな、「月光草」いうやつと、「陽光苔」いうやつじゃよ。配合はな……)

 そこで、梅ばあさんは、少しだけ口ごもった。

(……まあ、適当に、ええ塩梅になるように、混ぜればええんじゃ)

「て、適当!?」

 ゆうこが絶叫する。


 どうやら、梅ばあさんの薬作りは、長年の勘と経験に頼った、まさに『おばあちゃんの知恵袋』の産物だったらしい。

 レシピが『適当』では、話にならない。


 しかし、少なくとも、主原料が『月光草』と『陽光苔』であることは分かった。大きな一歩だ。


 一行は、宿の主人に教わった、街の東の外れにある薬師の店へと向かった。

 そこは、様々な薬草の匂いが混じり合った、古いが、清潔な店だった。

 そして、店の奥から現れたのは、まだ若いが、芯の強そうな瞳をした女性だった。名を咲と言った。

 ゆうこが、事情を説明する。二つの薬草を主原料とする、麻痺の解毒薬を作りたいこと。

 しかし、正確な配合が分からないこと。その話を聞いた、咲は、静かに頷いた。


「月光草と陽光苔……。どちらも、扱いが非常に難しい薬草です。ですが、私の店の設備で、研究なさいますか?」

 その申し出に、ゆうこは深々と頭を下げた。


「おおきに!あんたは、わしらの命の恩人じゃ!」

 その日から、ゆうこの、解毒薬開発への挑戦が始まった。

 咲の助けを借り、来る日も来る日も、調合と実験を繰り返す。

 失敗の連続だった。


 薬草の比率を間違えればただの毒になり、煮詰める時間を間違えれば、効果が全くなくなってしまう。

 龍也、じんた、シンジの三人は、その間、薬草の材料費と、パーティの生活費を稼ぐため、麻痺コウモリが出現しないエリアを選んで、地道な討伐を続けた。


 そして、五日の月日が流れた、ある日の夕暮れ。

 薬師の店から、ゆうこが、疲れ果てた、しかし、満面の笑みを浮かべて飛び出してきた。

 その手には、淡い光を放つ、小さな小瓶が握られている。


「できた……!できたで、みんな!最強の、麻痺治癒薬じゃあ!」

 それは、四人の知恵と、努力と、そして、人の善意が結実した、希望の光だった。


 これで、ようやく、あの忌々しいコウモリに、リベンジを果たすことができる。

 一行は、完成したばかりの解毒薬を手に、新たな決意を胸に、夜明けを待つのだった。

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