第百七十四話 広島道中記 ー 闇の支配 その四 ー
翌日。
各々、職場に行った。龍也は、食堂へと、向かった。
彼の新たな、役割である、フードコーディネーターとしての、仕事が、始まる。
厨房に立ち、献立の、打ち合わせや、仕込みを行う。
ゆうこは、朝から、「ゆうこ先生の相談窓口」へと、出勤だ。
医者としての診察。そして人生相談。
今日も多くの、人々が彼女の、助けを求めて、やってくるだろう。
そして、残りの、じんた、かすみ、シンジ、レンの四人も、街の復興作業へと、向かった。
まさか、富山の街で、こんなにも、忙しくなるとは、誰も思わなかった。
じんたは、その手先の器用さを、買われ街の、「鍵救急」に、スカウトされた。
鍵の修理や、開錠、扉の修理など、臨時で、雇われている。
「……じんたさん!助かったよ!」
「へへっ。……お任せ、だべ!」
じんたは、得意げに、作業を、こなす。
かすみは、魔法使いとしての、能力を活かし、建設業の、現場へ。
付与魔法で、重い資材を、浮かせて、運んだり、氷魔法で、冷たいおしぼりを、作ったりと、その可愛らしい、魔法は、作業員たちから、大人気だ。
「かすみちゃん!今日も、可愛いねえ!」
「きゃあ!……ありがとうございますぅ~!」
彼女は、建設業の、「マスコットキャラ兼従業員」として、臨時で雇われた。
シンジとレンは、その、鍛え上げられた、肉体と、戦闘経験を、買われ、街の、「レスキュー隊」に、臨時で、配属された。
瓦礫の撤去。遭難者の救助。魔物の襲撃に、備えての警備。
「……シンジさん!レンさん!頼みます!」
「……承知」「はい!」
二人は、黙々と任務を、こなしていく。
なぜか一行は、街に深く、溶け込み、人々から愛され、慕われていた。
特に、ゆうこは、その、人並み外れた、コミュニケーション能力で、街の人々と、あっという間に、打ち解けていた。
そうして、富山の街での、多忙な、日々が、二、三日、過ぎた昼下がり。
街の中心部の広場で、事件は、再び起こった。
「感じる、来るぞ、レン!」、シンジが叫んだ。
空が、ぐにゃりと、歪み始めた、その瞬間。
レンは、言われたと同時に、自分も感じていた為、すでに走っていた。
周りの異変に、気付いた龍也も、厨房から、飛び出し、ヤリを、構える。
街の、あちこちに、点在していた、仲間たちが、一斉に、集結できた。
龍也が、広場に、駆けつけた、頃には、すでに、シンジと、レンが、現れた、魔物に、切りかかっていた。
かすみが、咄嗟に、「ルーセント!」を、放つ。
その、光の波動が、皆を、包み込み、魔物の、幻覚や、精神攻撃から、守る。
二人の、攻撃は、早く的確だった、彼らは、足を、切り落とし、傷を負わしてた。
驚いたのは、エンブリオの方だった、現れたと同時に、斬られ、刻まれた、咄嗟に回避すべく、空間を、歪ませ、逃げようとするが、じんたが、その、隙を、見逃さなかった。
彼は、影から、飛び出し、エンブリオの背中に、妖刀雪定を、深々と、突き刺す。
「……ゆうこ!今だべ!」
じんたが、叫ぶと、その、瞬間。
「フルグル!!」
ゆうこの、極大の、雷撃が、エンブリオに容赦なく、叩き込まれる。
悲鳴を、上げたのと、同時に、空間に、吸い込まれていった。
龍也は、その、あまりの、速さに、ただ、呆然と、眺めているしかなかった。
被害は、最小限に、抑えられた。
そして、残されたエンブリオの足が、ジタバタ、動いてるのを、レンが、斬龍剣を、突き立て、逃げられないように、していた。
「……動いている、ってことは、死んでねえってことだんべ」
じんたが、呟く。
「……まあ、そうですね」
「……ちょっと、あゆみちゃん!サンプル、採っといてぇや!」
ゆうこが、看護師に、声をかける。
そして、「……もう、いいじゃろう」と、ゆうこが、合図を出すと、レンが、斬龍剣を、抜いた。
その、瞬間、足が、空間に消えた。
「……あっ!おらの、雪定、持ってかれだぁ!うぅ……おらの、愛刀がぁ……」
じんたが、嘆いた。彼の、手の中には、妖刀雪定の、鞘だけが、残されていた。
ようやく、落ち着いて、周りを見たら、そこには、大勢の街の人が、集まっていた。
そして、彼らは、一斉に、「うわ〜!」と、大歓声を上げ、ゆうこたちを、称えた。
もう、皆、富山の街の、英雄になっていた。龍也以外は。
彼は、喧騒の中で、、そして、自分の、心の中の、安堵のため息を、聞いていた。
数日後。
富山の街は、平和を取り戻し、復興作業も、順調に、進んでいた。
ゆうこたちは、広場で、街の長から、感謝状と共に、表彰された。
街の人々は、彼らを、英雄と呼び、その活躍を、称えた。
そして、皆は街の、「レンジャー部隊」の、マスコットキャラクター兼レンジャーへと、任命された。
じんたが、なぜか、キャラクターデザインを、受け持ち、いつの間にか、彼のデザインした、グッズが、街で、売られていた。
驚いたのは、いつ、嗅ぎ付けたのか、梅ホールディングスが、その、スポンサーに、なっていたことだ。
龍也は、その、賑やかな、輪の外に、いたが、それで、よかった。
目立ちたくはない。
(……あれで、終わったとは、思えない。……いつ、また、やってくるか、分からない。……精神支配。……恐るべし、魔法だ。……今回は、最小限で済んだが、今度こそ……)
龍也は、心の中で、深く、息を、吐いた。
「ふ〜」「おわっ!
突然、耳元に、息を、吹きかけられ、龍也は、飛び跳ねた。
ゆうこだった。彼女は、龍也の、隣に、ぴったりと寄り添い、にやり、と、笑っている。
「……何、念仏、唱えとんじゃ」
「……いや。死んだら、ほっぺに、愛をくれ、いつか、死ぬ」
「……何、分からんこと、言いよんじゃ。……終わったぞい」
「ああ。……お疲れさん」
「……タツヤも、出れば、ええに。……一人だけは、寂しゅうないんか?」
「いや、気楽で、いい。……目立つのは、あまり、好きじゃないからな」
「ほう。……でも、もう、十分、目立ってるけどな」
龍也が、周りを見た。大勢の人が、取り囲んでいた。
今や、富山の英雄。しかも、街の長と、肩を並べて酒を、酌み交わすほどの、マブダチである、
ゆうこに、腕を回され、幸せそうな、顔で話している、おっさん。
「……あの、おっさん、誰だ!?」
「……あの、ゆうこ先生の、隣にいる、男は……!?」
たちまち、メディアが、龍也を、取り囲んだ。
質問攻め。写真撮影。報道番組の取材。
記者たちが、殺到し、フラッシュが、龍也の顔を、容赦なく、照らし出す。
龍也は、その、あまりの、状況に、ただ、呆然と、立ち尽くすしかなかった。
富山の、街の、平和の、代償は、彼の、平穏な、日常だった。
翌日。
富山の、ローカル紙の、一面には、龍也の、写真が、大きく、載っていた。
『謎の男、一夜にして、街の英雄、ゆうこ先生の、マブダチ!?』
メディアも、龍也の、話題で、持ち切りだ。
彼の店、には、客以外にも、マスコミが、殺到する。
龍也は、困り果て、店に、独自の、ルールを、設けた。
「一人、三品頼めば、中に入れ。五品頼んだら、質問一つ。八品で、写真一枚」
その、あまりにも、斬新な、ルールに、マスコミは、戸惑いながらも、それに、従った。
その日の、売り上げは、通常の、五倍になった。
しかし、龍也は、「これ以上、店に、迷惑は、掛けられない」と、その日で、フードコーディネーターの、仕事を、辞めた。
翌日になっても、マスコミの、騒ぎは、収まらない。
龍也は、皆と相談し、記者会見を、開くことにした。
会場は、街の広場。
龍也と、ゆうこが、並んで、立つ、その姿は、まるで、結婚記者会見のようだった。
「……本日、お越しくださいまして、ありがとうございます。……この会見が、終わりましたら、もう、我々に、構わないと、約束してください」
龍也は、そう、切り出すと、周囲を、見回した。
「……隣にいます、ゆうこさんは、私にとって、命より、大事な人です。……なので、誰にも、譲りません」
その、突然の告白に、会場がざわめく。ゆうこは、顔を、真っ赤にしている。
「……話は、変わるのですが。……皆さんが、今、この、のほほんとした、会見を、している間にも、魔物は、存在します。……私たちは、まだ、魔物を、倒した、わけではありません。……また、いつ、奴らが、襲って来るか、分かりません」
龍也の、声が広場に、響き渡る。
「……私なんかに、構っているより、自分の身を、案じてください。……以上です」
その、会見は街に、大きな、パニックを、引き起こした。
後日、龍也は、街の、ヒーローから、一転、悪者になった。
新聞の、一面には、龍也を、バッシングする、記事が、踊り、メディアも、酷かった。
「『ヒーロー、暴言』『住民を、パニックに陥れる』」
しかし、その翌日。事態は、もっと、深刻になった。
街の人々が、シンジを、罵り、攻め立てていたのだ。
「……あんたが、ちゃんと、魔物を、倒さないから、また、出てくるんだろうが!」
その、あまりにも、理不尽な、言葉に、シンジは、黙って、その場に、立ち尽くしている。
流石に、この、件は、黙ってられなかった、とうとう、ゆうこが、表に出た。
ローカルメディアで、生放送して、訴えた。
「……あんたら、ようもうちの、大事な、仲間に、牙、むいてくれたね、そこまで、ひどい態度、取るんなら、もう、勝手に、しんさい。……うちらは、次の、旅に、出るけぇ……以上じゃ」
彼女は、マイクを、手に、ローカルメディアの、生放送で、訴えていた。
その、言葉に、街中が、狼狽えた。
どの世界も、当事者以外は、無責任。いざ、自分の身に、降りかかって来てから、狼狽える。
メディアは、一斉に、謝罪し始め、宿の周りも、彼らを、懇願する人で、溢れかえった。
「……アホらしいな、こん人らは。……踊らされ、自分、という物が、ないんかい」
ゆうこが、そう、呟くと、龍也が、優しく、語りかけた。
「……そう言うな。……皆、不安なんだよ。……助けてくれる人は、正義。警告、忠告する人は、悪。……他力本願なんだよ」
「……あんたが、攻められてんじゃのに、呑気じゃな、ほんま」
「……嫌いになったか?」
「アホ。……なっとったら、メディアに、出るかい」と、笑った。
「……しかし、どう、収めるかな?」
龍也が、困ったように、呟いた、その時。
「いっそ、魔法で、記憶、なくしましょうかぁ〜?」、かすみが、そう、言った。
「……かすみ。……そんただこと、できんだか?」
「……出来ないですぅ〜。……でも、何か、しますぅ〜?」
「いや、かすみ。……そうしちゃうと、な。……俺らが、ゼノスと、同じになっちゃうんだよな。……止めておこうかな」
「……困ったな」
龍也が、そう、呟いた、その時だった。
街の、広場で、レンジャー隊の隊長、鍵の救急、あゆみ、食堂のシェフが、街の長と、共に、会見を、開いていた。
「……彼らは、何も、悪くない。……皆さん、分かっているでしょう?」
「……彼らが、助けてくれなきゃ、今、こうして、いられたのですか?」
彼らの、真摯な訴えは、人々の、心に届いた。
会見の、おかげで、ようやく、街は、落ち着きを、取り戻した。
龍也たちが、会場に、駆けつけ、彼らと、硬い握手をかわし、この騒動は、ようやく、終結した。
英雄は、いつも影にいる。そして、その英雄を、支える、真の英雄が、いる。
富山の、街は、改めて、そのことを、知ったのだった。
いつもお読みいただき、誠にありがとうございます。
物語をお楽しみいただけましたら、
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これからも、龍也たちの奮闘を、どうぞごゆっくりご覧ください。
※次回の更新は、毎週【水・日曜 21:30ごろ】を予定しております。




