第十六話 それぞれの約束、そして旅立ち
出発の準備は、着々と進んでいた。新宿で揃えられる装備を買い込み、薬や食料も十分に蓄えた。
あとは、シンジの心の準備が整うのを待つだけだった。
旅立ちを二日後に控えた、ある日の昼下がり。シンジは、なつみを喫茶店に呼び出していた。
「出発する前に、ちゃんとなつみさんと、話をしておきたいんだ」
シンジの真剣な眼差しに、なつみは不安そうな顔で、ただ黙って頷いた。
シンジは、自分の正直な気持ちを、一つ一つ、丁寧に言葉にした。
まだ、亡き恋人である結子のことを、完全に吹っ切れたわけではないこと。
しかし、間違いなく、なつみに対して、新たな気持ちが芽生え始めていること。
「だけど、すぐには、何も答えは出せない。これから始まる旅は、何年かかるか、分からないから……」シンジは、なつみの目をまっすぐに見つめた。
「だから、待たなくてもいい。でも……もし、待っていてくれるなら、俺は、必ず、この場所に帰ってくる」
その言葉を聞いた、なつみの顔に、ぱあっと喜びの光が差した。
「……待ちます。私、いつまでも、シンジさんのことを、待ってますから」
「……ありがとう」これで、心の準備はできた。
シンジは、仲間たちが待つ場所へと、迷いのない足取りで向かった。そして、旅立ちの朝。
新宿の巨大な門の前には、龍也、じんた、ヨウコ、シンジの四人が、全ての準備を整え、並び立っていた。
その後ろには、彼らを見送るために、多くの仲間たちが集まってくれていた。
ローズ、リリィ、バイオレットをはじめとするオネエ様たちは、皆、化粧が崩れるのも構わずに、号泣している。
「死なないで帰ってくるのよぉ!」
ミミィは、愛弟子であるヨウコに向かって、
「あんたが足を引っ張るんじゃないわよ!」
と、いつもの調子で、しかし、その目には確かな愛情を浮かべて、声援を送っていた。
そして、ママは、シンジの肩を強く抱きしめた。
「あんたなら、大丈夫。行ってらっしゃい」
「「「「行ってきます!!」」」」
四人の声が、新宿の空に響き渡る。
仲間たちの声援を背に受け、一行は、まだ見ぬ次のステージへと、力強く歩き出した。
その姿が、遠く、小さくなっていくのを、ママは、いつまでも見送っていた。
そして、一行の姿が完全に見えなくなった頃、彼女は、隣で静かに涙ぐんでいたなつみに、ふと尋ねた。
「で、あなた。これから、どうするの?」
「……待ちます。彼が、帰ってくるのを」
「そう。あなた、何か仕事はしてるの?」
「いえ、今は無職です。シンジさんのお嫁さんになるつもりで、会社、辞めちゃいました」
その、あまりにも大胆な答えに、ママは一瞬、呆気に取られた。
しかし、次の瞬間、彼女は、からからと笑い出した。
「あなた、なかなか強引で、面白い子ね!気に入ったわ!」
ママは、なつみの肩を、バンと叩いた。
「よかったら、うちで働かない?料理、できる?」
「はい、得意です!」
「じゃあ、決まりね。未来の旦那様のために、嫁入り修行がてら、うちの厨房で腕を振るいなさいな!」
こうして、新たなるパーティが旅立った後のバー『HEAVEN』には、未来の花嫁という、新たな看板娘が、誕生することになるのだった。