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第十四話 新宿の鮫は仕事が早い

 新宿に到着した一行は、その足で、懐かしのバー『HEAVEN』へと向かった。

 ドアを開けると、ママであるマダム・ロゼが、驚いたような、しかし嬉しそうな顔で一行を迎えた。


「あら!たつやんにじんたん!生きてたのね、あんたたち!」

 ママにこれまでの経緯を話し、再びこの街を拠点として活動する間、またここで働かせてもらえないかとお願いした。


「いいわよん。ちょうど、厨房も人手が足りてなかったところだし」

 厨房に入ると、そこには見慣れない若者が一人、軽快な手つきでフライパンを振っていた。


 年の頃は二十代半ば。髪を金髪に染め、ピアスを開けた、チャラい感じだ。


「お、新しい人っすか?俺、ケンジって言います。よろしくッス!」

 チャラい見た目とは裏腹に、その青年は人懐っこい笑顔で挨拶をしてきた。

 性格は、悪くないらしい。

 しばらくの間、このケンジの補助として厨房に立つことになった。


 さて、仕事の目処は立ったが、次は住む場所だ。いつまでも「東横」で野宿というわけにはいかない。

 街の不動産屋を巡り、なんとか格安の古いアパートを見つけ出した。

 六畳一間の、風呂もない部屋だったが、雨風をしのげるだけで、二人にとっては十分すぎる城だった。


 なぜ、すぐに次のエリアへ出発しないのか。それには、師匠である哲からの、厳しい忠告があったからだ。


「いいか、二人とも。この新宿から先のエリアは、今までの場所とは次元が違う。魔法を使ってくる魔物、口から火を吹く魔物、強力な毒を持つ魔物。そんな奴らが、うようよいる世界だ。今の二人だけで行けば、間違いなく死ぬ」


 そこで、二人は決めていた。この新宿で、新たに二人、信頼できる仲間を探し出す。

 その四人パーティで、万全の態勢を整えてから、出発するのだ。


 まず、一人目。それは、純粋な「戦闘力」を持つ者。龍也も、この一年でそれなりに力はつけた。

 しかし、彼は戦士でもなければ、格闘家でもない。ただの、料理をやってきた中年のおっさんだ。

 これから現れるであろう強大な敵と渡り合うには、戦闘に特化した、パーティの「剣」となる存在が、どうしても必要だった。


 そして、二人目。それは、怪我や病気の治療に長けている者。梅ばあさんの万能薬は確かに強力だが、数に限りがある。

 毒や麻痺といった、特殊な状態異常に対応できるかも分からない。

 専門的な知識と技術を持つ、「医者」か、それに準ずる医術に詳しい者がいなければ、パーティの生存率は格段に下がってしまうだろう。


「最低でも、この四人が揃わなければ、道中、本当に死ぬかもしれん……」

 龍也は、アパートの窓から、眠らない街・新宿のネオンを眺めながら、これからの長く、そして困難になるであろう仲間探しの道のりに、思いを馳せるのだった。


 バーの補助として働き始めて三日目、早くも問題が発生した。

 できる料理人が来たことで、ママの愛情が、全てケンジへと注がれ始めたのだ。


「ケンちゃん、味見してあげるわん」「ケンちゃん、疲れたでしょ?アタシが肩もんであげる」

 その結果、厨房の仕事は、ほぼ龍也が一人で賄うことになった。


 仕事自体は大したことではないが、ママのケンジへの溺愛ぶりは、日を追うごとにエスカレートしていく。その様子は、傍から見ていても、少しおぞましいほどだった。


 そして、その三日後。ケンジは、置き手紙一つ残さず、店から逃げ出した。

 ママはひどく落ち込み、店の常連たちが総出で慰める、という奇妙な光景が繰り広げられた。


 そんな騒動の最中、龍也の仲間探しに進展があった。

 西新宿で闇医者として、裏社会の人間たちの治療を一手に引き受けていた凄腕の男がいる、

 という情報を掴んだのだ。しかし、その男のバックについていたヤクザの組が摘発され、崩壊。

 彼も関連で逮捕され、医師免許を剥奪され、路頭に迷っているらしい。


「その人に、会ってみたい」

 龍也は、バーの常連客である探偵の鮫島に、その男の捜索を依頼した。

 鮫島とは、以前から龍也も面識があった。ケンジがいなくなってから、わずか二日。

 仕事の早い鮫島は、すぐにその男を見つけ出した。だが、その報告内容は、絶望的なものだった。

 男は、もはや廃人同然になっている、と。


 とりあえず、会いに行ってみる。

 そこにいたのは、酒に溺れ、薬にまで手を出しているのか、市販の「バファリン」の瓶を大事そうに握りしめ、ろれつも回らない男だった。

 見た目はホームレスそのもので、年齢すら分からないほどに荒れ果てている。


「……こりゃ、ダメだ」

 更生させるまでに、どれだけの時間がかかるか分からない。

 諦めるしかなかった。


 しかし、探偵の鮫島は、もう一つの情報をもたらしてくれた。

「広島弁を喋る、凄腕の女医が、仕事を探しとるらしい」

 その女医は、白い巨塔の在り方に嫌気がさして、戦場の野戦病院にいたが、先月、この新宿に帰ってきている、というのだ。

 早速その女医に会いに行った。彼女は、いた。東横、つまり野宿エリアで、名をゆうこと名乗った。


「んで?わしになんか用かいな?」

 ものすごい広島弁。気の強そうな瞳。

 しかし、その奥には、医師としての確かな正義感が宿っているように見えた。

 龍也は、彼女をバーへ連れて行き、詳しい話をしようとした。

 だが、ゆうこは店に着いた瞬間、まるで水を得た魚のように、その場の空気に溶け込んだ。


「おー!あんたら、ええ飲みっぷりじゃのう!」

 まるで昔からいたかのように、常連客たちと酒を酌み交わし、ドンチャン騒ぎを始めてしまったのだ。

 その日は、とても真面目な話ができるような状況ではなかった。


 翌朝。店で雑魚寝していた龍也が起き出すと、簡単な朝食をこしらえた。

 床では、ママがまだ爆睡している。

 その脇で、龍也、じんた、そして二日酔いなど微塵も感じさせないゆうこの三人が、改めて顔を合わせた。

 龍也は、これからの旅に同行してくれないかと、単刀直入に切り出した。

 すると、ゆうこから一つの条件が出された。

[

「わしがの、昔ようけ世話になった人を探しとるんじゃ。その人に会うて、用事すましちゃったら……あんたらの旅に付き合うてもええ思うとる」

 その人は、彼女の「父」なのだという。


「わしにはな、親がおらんのじゃ。けんど、昔、ようけ世話してもろうて、医者にまでならせてもろうたんよ。……ほいで、三年前かのう、野戦の医師団に志願して出ていってから、そっから先は、どこへ行ったんか分からんようになってしもうたんじゃ」


 その条件を了承した。


 まずは、彼女の父親探しからだ。その夜、龍也は再び探偵の鮫島に依頼をした。

 ゆうこも、その場に同席していた。

 依頼が終わると、彼女はまたしても、バーの喧騒の中に飛び込み、騒ぎ始めた。


「……陽気すぎるのも、困ったもんだな」

 そのパワフルすぎる新たな仲間候補に、少しだけ頭を抱えるのだった。


 ゆうこの父親探しに協力してから、わずか二日。

 探偵の鮫島は、驚くべき速さで、父親であるデンスケの消息を突き止めた。

 しかし、その報は、悲しいものだった。

 デンスケは、去年の冬、心不全で亡くなっていたという。


 鮫島に案内され、ゆうこは街外れの小さな墓地へと向かった。

 墓石に刻まれた「デンスケ」の名を、彼女はただ黙って見つめていた。

 そして、ぽつりと、これまでの事を報告する。持参した酒を墓石にかけ、静かに献杯した。


 龍也とじんたは、少し離れた場所で、彼女が一人になる時間を作った。

 その間、龍也は探偵の鮫島に、彼の素性について聞いてみた。

 鮫島は、四十四歳、バツイチの独身。

 二十九歳からこの新宿で一人探偵を始め、このバーが事実上の営業所になっているという。

 仕事が早い秘訣は、「企業秘密だ」と、はぐらかされてしまった。


 やがて、ゆうこが落ち着いた様子で戻ってきた。

 彼女は腕の袖で乱暴に涙を拭うと、吹っ切れたような笑顔で言った。


「よし!約束通り、あんたらの仲間になったるわ!」

 こうして、パーティの三人目の仲間、医療担当のゆうこが正式に加わった。


 バーに戻り、今後の計画を話し合いながら、四人目の仲間を探す日々が始まった。

 その間、ゆうこは近くの町医者に臨時で雇ってもらえることになった。

 なんと、その院長はバーの常連で、あの屈強なオネエ様、バイオレットの彼氏だという。

 年の頃は六十半ば。人は、見かけによらないものだ。


 そんなある日のこと。

 街で、一人のサラリーマンが、複数のチンピラ風の男たちに因縁をつけられ、絡まれていた。

 たまたま近くを通りかかったじんたは、物陰からその様子を伺っていた。

 特訓のおかげで、恐怖心はない。

 しかし、自分が強いわけではないし、面倒に巻き込まれるのはご免だった。


 警察に連絡しようか、そう思っていた、その時だった。一人の男が、その間に割って入った。

 大きなボストンバッグを一つだけ持った、精悍な顔つきの男だ。


「やめな」「あ?なんだテメエ、邪魔すんな!」チンピラたちが、男に襲いかかる。

 しかし、男の動きには一切の無駄がなかった。

 最小限の動きで攻撃を捌き、一人、また一人と的確に急所を打ち込み、倒していく。

 一人がナイフを抜くが、男は臆することなくその腕を払い、あっさりと無力化した。

 残党は、恐れをなして逃げ出していく。


 男は、怯えるサラリーマンを逃がすと、何事もなかったかのようにその場を後にした。

 じんたは、気になってその男の後をつけた。さすがはシーフ、男に全く気づかれることはない。

 しかし、先ほど逃げたチンピラたちが、仲間を大勢連れて、男を追ってきた。

 中には、どこぞのヤクザらしく、拳銃をちらつかせている者までいる。


「さすがの、あの人もヤバいべ……」

 そう判断したじんたは、本領を発揮した。音もなく男に近づくと、その腕を掴む。


「こっちだ!」

 驚く男を連れ、じんたは街を縫うように走った。

 建物の中を通り抜け、裏路地を駆け、時には民家の庭を拝借しながら、追っ手を撒くと、そのままバー『HEAVEN』へと連れ込んだ。


 連れてこられた男は何が何だか分からず、この妖怪屋敷のような店で困惑している。

 じんたが、ママと龍也に事の経緯を説明し、彼自身にも、彼が銃で殺されかねなかったことを伝えた。

 ようやく事情を飲み込んだ男は、自分のことを話し始めた。


 名はシンジ、三〇歳になったばかりの元自衛官。

 特殊な部隊にいたが、ある事件で恋人を亡くし、その犯人を捜すために除隊した。

 今回は、その犯人が新宿にいるかもしれないと、捜索に来ていたところ、持ち前の正義感から、先ほどの騒動に首を突っ込んでしまったのだという。


 じんたは、シンジの武術の腕を、目を輝かせながら熱く語った。


「タツさん!この人、すげえど!無駄な動きなく、敵を倒してく・・・」

 シンジは武道を一通り学び、戦場で活かせるように日々訓練に明け暮れ、今もストイックに犯人をミンチにするために鍛えていると。


 その悲痛な覚悟を聞いていたママは、いつの間にか泣き崩れ、ゆうこも「で〜れ〜…」と、方言丸出しで涙ぐんでいた。

 この男こそ、自分たちが探していた戦闘のスペシャリストではないかと思い、仲間に誘った。

 しかし、答えは「ノー」だった。犯人を見つけ出し、この手で殺し、自首する。

 その覚悟は、揺るぎなかった。


 そこで、一つの提案をした。まず、その犯人を、探偵の鮫島に探してもらうのだ。

 事件は、二年前、神奈川の『茅ヶ崎』で起きた、通り魔的な殺人事件。

「湘南通り魔事件」として、未だ未解決のままだという。


 この世界にも、物騒な事件は起こるらしい。

 現実の『茅ヶ崎』を思い浮かべたが、おそらく、この世界の『茅ヶ崎』は、森と林と海だけの、栄えてはいない場所なのだろう。


 そして、またしても二日後。

 鮫島は、犯人を特定した。


「居場所は、今探してる。明日には判る」

(なぜだ?、警察ですら未解決の事件を、こんなにも早く……。)

 だが、聞いても「企業秘密」の一点張りだ。


 その報を聞いたシンジは、興奮を抑えきれない様子で、店の表でストレッチを始めた。

 この分だと、本当に犯人を殺しかねない。

 なんとかして、彼をなだめ、仲間に引き入れたい。頭を抱えた。

 翌日、昼過ぎに探偵の鮫島の案内で、犯人に会いにいく事になり、バーの屋上でシンジは精神統一を始めた。

 新宿の片隅、初台のアパートへと向かった。道中、小川や鬱蒼と茂る草っ原を通り過ぎる。

 その、現実離れした光景に、やはりここは仮想空間なのだと、龍也は改めて認識した。

 犯人に逃げられないよう、手分けしてアパートを包囲する。

 鮫島が、新聞の勧誘員に扮して、玄関のドアをノックした。

 男が出てきた瞬間、鮫島が取り押さえようとするが、男はそれを振りほどき、部屋の窓から飛び降りて逃げ出した。しかし、その下では、龍也が待ち構えていた。


 飛んできた男の足を、持っていた竿竹で払い、転倒させる。

 すかさず、じんたがその上に乗りかかり、確保した。

 男の胸ぐらを掴んだシンジの拳が、怒りに震える。


「言え!お前がやったんだろう!結子を……俺の結子を殺したのは、お前なんだろう!」

 男は、恐怖に顔を引きつらせながらも、必死にしらを切り続ける。


「し、知らねえ!人違いだ!」

 その嘘が、シンジの最後の理性の糸を、ぷつりと断ち切った。

 振り上げられた拳に、殺意がこもる。誰もが息を飲んだ、その時だった。


「おやめなさい、シンジ」

 凛とした、しかし、どこまでも深い慈愛に満ちた声が、その場に響いた。

 ママだった。

 彼女は、静かにシンジの腕に手を添えると、ゆっくりと、しかし、決して抗うことのできない力で、その拳を下ろさせた。


「仮に、こいつが、あんたの愛した人を奪った、万死に値する憎むべき犯人だとしても……あんたの手を、血で汚してはダメよ」

 シンジの目を、まっすぐに見つめた。

 その瞳は、夜の世界で、数え切れないほどの男たちの、喜びも、悲しみも、絶望も、全てを映してきた、海のように深い瞳だった。


「アタシはね、これまで、あんたみたいな男を、たくさん見てきたわ。復讐のために、全てを捨てて、鬼になった男たちをね。でもね、シンジ。鬼になって、憎しみを果たした先に、何が残ると思う?」「……」シンジは、何も答えられない。


「何にも、残らないのよ。残るのは、ただ、虚しさだけ。そして、あんたの心に残った、その虚しい空っぽの穴は、もう、二度と埋まることはないの」

 シンジの頬を、そっと包み込んだ。

 それは、まるで母親が、傷ついた我が子を慈しむような、優しい手つきだった。


「あんたの恋人……結子さん、彼女が、本当に見たかったものは、何だったと思う?鬼になったあんたの姿かしら?違うわよね。彼女は、あんたの笑顔が見たかったはずよ。あんたが、幸せに生きてくれること。それが、彼女の、たった一つの願いだったはずよ」

「……っ!」シンジの目から、こらえていた涙が、一筋、こぼれ落ちた。


「復讐は、何も生まないわ。でもね、愛は、憎しみさえも、乗り越えることができるの。シンジ。あんたは、独りじゃない。ここには、あんたの痛みを、一緒に背負ってくれる仲間がいる。アタシたちがいる、あんたのその拳は、憎しみのためにあるんじゃない。誰かを、守るためにあるのよ。結子さんが、あんたに残してくれた、その優しさと、強さで……今度は、誰かを幸せにしてあげなさいな、それが天国にいる彼女への、何よりの供養になるんじゃないかしら」

 その言葉は、まるで聖母の子守唄のように、シンジの荒れ狂う心を、ゆっくりと、優しく鎮めていった。


 彼は、その場に崩れ落ち、子供のように、声を上げて泣きじゃくった。

 奪われた恋人の名を、何度も、何度も、呼びながら。

 ママは、そんな彼を、ただ黙って、優しく抱きしめていた。

 その温もりは、シンジが失いかけていた、人としての心を、確かに取り戻させてくれるものだった。


 男は警察に引き渡され、後日、正式に「湘南通り魔事件」の犯人として報道された。

 しかし、シンジの心は晴れなかった。やり場のない感情を抱え、彼は一人、荒れた。


 ある夜、バーではない安酒場で、シンジが一人うなだれていると、じんたがその居場所を見つけてやってきた。


「シンジさん、帰るべ」

 勘定を済ませ、店を出た。その時だった。道端で、一人の女性が、数人の男に絡まれていた。

 じんたが、息を飲む。


「あいつら……この前のヤクザだ……!」

 その言葉を聞いたシンジの目が、変わった。


 彼は、女性を助けるために、ヤクザたちに向かっていく。

 酔っているせいか、男たちの顔はほとんど見ずに、ただ、絡まれていた女性の顔を、ガン見した。

「大丈夫か?」そう問いかけて見た彼女の顔は、殺された恋人に、驚くほどよく似ていた。


「……結子……」シンジが、呆然と恋人の名を呟いた、その瞬間、背後から鈍い衝撃が走った。

 殴られたのだ。だが、酔っていたせいか不思議とあまり痛みは感じなかった。


 酔いが、一気に醒めていく。そして、シンジの反撃が、炸裂した。

 恋人の復讐を果たせなかった鬱憤と、目の前の女性が彼女に酷似していたという事実が、シンジのパワーを、最大限にまで引き上げていた。


 ヤクザたちは、軽傷では済まされなかった。逃げ出した残党を、シンジは追いかけていく。

 なんと、彼はヤクザの事務所まで乗り込み、中で一人、猛威を振るっていた。


 やがて、通報を受けた警察が彼女を保護し、じんたが説明した、他の警官隊が事務所を包囲する。

 中からは、銃声、男たちの叫び声、物が壊れる音。警官たちは一歩も中に入れない。

 しばらくして、中が静かになった、やがて一人の男が、ゆっくりと出てきた。

 少しだけ返り血を浴びているが、怪我はないようだ。


 彼は、警察官たちを見ると、静かに両手を上げた、シンジだった。確保され連行された。


 二日後、シンジは釈放された。じんたと、助けられた女性の証言、たくさんの目撃証言、そして、事務所から大量の武器や薬物などが発見されたことで、彼の行為は正当防衛として認められたのだ。


 龍也が出迎え、バーに着いた。じんたと、あの女性もいた。彼女は、シンジに深々と頭を下げ、

「なつみ」と名乗った。

「本当に、ありがとうございました」「……ああ。無事で、よかった」


 その夜、シンジはアパートで、丸一日以上、泥のように眠り続けた。

 六畳一間のアパートに、男三人は狭かったが、彼の心と体は、ようやく少しだけ、休息を取り戻したようだった。


 翌日、バーの仕込みをしながら、龍也はもう一度、シンジを仲間に誘った。


「……いいだろう。だが、一つだけ、行きたい場所がある。そこに寄って、用事を済ませたら、必ず帰ってくる。そしたら、あんたたちの旅に、付き合わせてもらう」


 その夜、ゆうこに事の顛末を伝えると、テレビでは、例のヤクザ組織が壊滅したというニュースが流れていた。

「もんげ〜強いんじゃのう、シンジは」


 ゆうこも、彼の人柄と、結子とのエピソードを聞いて、彼を仲間として完全に信用していた。


 そこへ、なつみがやってきた。

 明日、シンジが旅立つと言うと、悲しそうな顔をして、一通の手紙を渡して帰っていった。


 手紙には、感謝の気持ちと、亡き恋人への気遣いの言葉が、丁寧に綴られていた。


 翌朝、シンジは、ボストンバッグ一つで、旅立った。

 彼が帰ってくるまでの間、龍也たちは、本格的な旅の準備を始めた。

 パーティに、いくらワイルドな女医とはいえ、女性がいるのだ。

 宿の部屋の割り振りや、その他エチケットなど、いろいろと配慮が必要になるだろう。


 シンジが、新宿の門を出ようとした、その時だった。門の前には、なつみが立っていた。

「どうしたんだ?」「……ついて行きます」

 シンジは、ダメだと言って聞かせようとする。


 しかし、彼女の決意は固かった。観念して本当のことを話す

「これから、死んだ彼女に報告をしに、『茅ヶ崎』へ向かう。危険な場所だ」

「私も、一緒に行って、ご挨拶がしたいんです」

「なんで、そこまで……」

「……あなたに、惚れてしまったんです」

 潤んだ瞳で、まっすぐに見つめられ、シンジは言葉に詰まった。


 悪い気はしない。

 しかし、『茅ヶ崎』までの道中、魔物も決して弱くはない。彼女を守りきれる自信がない。           

 何かあっては、取り返しがつかない。そう説明するが、彼女は諦めなかった。


 そこへ、偶然、オネエ様が、新宿の門へと入ってきたバイオレットだ。

 隣の宿場町『蒲田』に行ってきた帰りだという。


 事情を説明すると、彼女は「あら、素敵じゃないの!」と、快く、護衛を引き受けてくれた。

『茅ヶ崎』までは半日で着く、こうして、シンジと、なつみ、そして、護衛として加わったオネエ様のバイオレットの旅が始まる。

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