第百四十三話 広島道中記 ー 討伐再始動準備、発明家健在 ー
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おっさんたちのドタバタ冒険、ぜひお風呂上がりのお供にどうぞ!
夕方の喧騒が静まり始めた頃、レンとかすみは、部屋へと屋やってきた。
部屋の扉が開く音に、龍也たちが顔を上げる。
「遅くなりました」
レンが静かに部屋に入ってくる。
その顔は、鍛錬の疲れよりも、どこか満たされたような、落ち着いた表情をしていた。
その隣の彼女の顔は、洗い立てのようにつややかに、そして晴れやかだった。
「ああ、おつかれさん」
「……なんじゃ、かすみ、随分とええ顔しとるのう」
ゆうこが、早速からかうように言う。
かすみは、ゆうこの指摘に、顔を真っ赤にする。
「もう!からかわないでください!」
「何とか、なったみたいだな、レン」
「はい。有意義な時間になりました」
「そうか、良かった。……ゆっくり……育んだ方がいいぞ」、そっと、囁いた。
「何、コソコソ話しとんじゃ?」
龍也は、苦笑いを、レンに見せた。
「よし、風呂入りに行くか!」龍也が、話題を変えつつ、皆を温泉へと誘った。
『山形・米沢の大地に湧く、米沢温泉。
泉質はナトリウム塩化物泉。
やわらかな湯は、切り傷ややけど、慢性の皮膚炎、虚弱な児童、慢性婦人病など、
幅広く体をいたわります。
さらに、筋肉痛や関節痛、五十肩、運動麻痺、関節のこわばり、
打ち身や捻挫、慢性消化器病、痔疾、冷え性、病後の回復期、疲労回復、健康増進、
体と心のさまざまな不調を、やさしく癒してくれる温泉です。
訪れる人々は、湯に浸かることで、日々の疲れを忘れ、
体の奥から温まる安らぎを感じます、それが、米沢温泉の恵みです』
「だれじゃ、湯船で、しゃべっとんのは?」
「は~極楽、ごくらく~」
かすみは、浴槽の縁に軽く寄りかかり、目を閉じて浸かっている。
隣で、ゆうこが、彼女の幸せそうな顔を見て、いたずらっぽく声をかけた。
「どうじゃった、かすみ。二人きりの旅は?」
「はい、とても、楽しかったですぅ。レンが、私の歩調に合わせて、ゆっくり歩いてくれて……色々な話もできました」
「ほうじゃろ、ほうじゃろ。手ぇ繋いだりしてな。ゆっくり歩くのは、ええもんじゃろ」
ゆうこは、心底楽しそうに、からかいの言葉を放つ。
かすみは、その言葉に慌てて顔を上げ、ムキになって抗議した。
「もう、子供みたいに、からかわないでくださいっ!そういう、ゆうこさんこそ、龍也さんと手を繋いで出かけているんじゃないですか?お二人の影、見ましたよ!」
ゆうこは、不意打ちを食らった形になり、口ごもる。
「そ、そりゃあ……そん、ぐらい……の事は……!大石田の道中、少し迷っただけじゃ!それに、タツヤの体調が万全じゃなかったから、付き添いとして……そうする事も……あるんじゃ!」
二人の会話は、まさしく、恋心を自覚し始めた少女たちが交わす、乙女チックなやり取りそのものだった。
湯の熱も相まって、二人の顔は美しく紅潮している。
やがて、湯から上がった二人が部屋に戻ってくると、龍也が顔を上げた。
「おお、二人とも。上がったか」
龍也は、かすみとゆうこの顔を見て、思わず声を上げた。
「どうした、二人とも?顔が赤いぞ。湯当たりでもしたのか?」
ゆうこは、龍也の指摘に、さらに顔を赤くし、乾いた咳払いをした。
「な、なんでもないわぃ!この温泉が、やけに効きすぎたんじゃ!」
二人は、顔の火照りを隠そうとするが、その様子が逆に、湯あたりしたかのように、見えてしまうのである。
夕食、目星を付けていた、近くの焼肉屋に入った。
じんたが、もう、匂いだけで、ご飯、一杯行けそうなほどの、旨い匂いが漂っていた。
「なんだべ、このかぐわしい匂いはぁ……おら、もう腹へってまったぁ〜」
「ほんま、たまらんわ〜!はよ頼もうや、タツヤ!」
「慌てんな。今頼むから」
やがて、女将さんが運んできたのは、米沢の誇りそのものだった。
米沢牛のすき焼き鍋と、焼き肉の盛り合わせ。
「山形・置賜の地で育まれる“米沢牛”。
三十三か月以上、じっくりと愛情をかけて育てられた黒毛和種の雌牛だけが、
その名を名乗ることを許されています。
口に運べば、とろけるような柔らかさと、深く澄んだ旨み。
その味わいは、長い年月、受け継がれてきた努力と誇りの結晶です。
明治のはじめ、米沢に初めて牛肉店ができてから百五十年あまり。
“おもてなしの肉”として、祝いの席を彩り、
旅人を迎える一皿として愛されてきました。
今もなお、米沢を訪れる人々は、
この地のぬくもりとともに、その味を心に刻んでいきます」
「ん?また、だれじゃ、説明しとんのは?」
「細かい事は、気にすんな……これ、美味しいぞ!」
「めっちゃ、ジューシーじゃのう、ご飯おかわり!」
上質な霜降り肉を口に運び、目を閉じた。とろける肉汁と、たれの旨味が口中に広がる。
皆、お腹がはち切れんばかりに、堪能した。
食後、部屋で明日に備えていると、龍也が切り出した。
「満腹の所、すまんが、明日、買い出しをして、明後日、出発したい。次の宿場は喜多方、十時間かかるだろう」
皆の顔を見渡して、
「そして、途中で、山形は終わる。この言ってる意味、わかるか、じんた」
「ん?なんだべか?美味しい飯が、もう食べれなくなるってことけ?」
「結界は、無くなる……ということだ」、龍也は静かに言い放つ。
「んじゃ!、魔物が出てくるってことけ?」、じんたの声が震える。
「そうだ。もう安全ではない。むしろ、今まで以上に、襲って来るかもしれん。向こうだって、俺たちに恨みがあるからな。だから、しっかり買い出しをして、明後日から、気を引き締めていくぞ」
「「「「「おう!」」」」」
皆の間に、再び戦場へ向かう覚悟が共有された。
「んだどもなぁ……とはいっても、おら正直、怖えな。最近ぜんぜん体動かしてねぇがら、足腰ガクガクだべ」
じんたが、本音を漏らす。
シンジが、立ち上がった。
「ちょっと、鍛えに、行ってくる」
「食った後で、大丈夫か?シンジ」龍也が心配する。
「ああ。肉しか食べていないし、満腹にはしていない」
相変わらず、ストイックである。
すると、じんたが意外なことを口にした。
「んだな……そうすっか……シンジ、おらも、ちょっと同行させてけれ」
「え⁉……なんだ?じんた……まさか、俺のメニューこなす気か?」
「いや、ちょっと近ぐでいさせでけれ。おらは、おらで、やることやっから」
皆が驚いた、晴天の霹靂である。二人静かに部屋を出て行った。
今回、レンは、残った。かすみの為ではなく、食い過ぎたからである。
翌朝、龍也は皆を伴い、米沢の市場へと繰り出した。
次の目的地・喜多方までの道のりは。約十時間。
彼らの生命線となる「備え」を整えるため、この買い出しは重要だった。
幸い、薬に関しては、梅さんのおかげ?で、どこに行っても、万能薬や回復薬は、潤沢に手に入った。
買い出しを終え、部屋に戻った頃には、夜中まで、山間へ鍛錬に出かけていた、シンジとじんたが起きていた。
珍しくシンジが、かなり疲れている様子だった。
龍也たちが温泉でリフレッシュしている間、彼らは自分たちなりの、過酷な鍛錬をこなしてきたのだ。
荷物の整理をしている時に
じんたが、持っていた複数の布袋を開け、誇らしげに自作のアイテムを広げ始めた。
彼は、宿での休息や休憩時間の隙を見て、こっそりと作業を進めていたのだ。
「みんな、ちょっと見てけろ。これ、コツコツ作った装備だべ。次の戦いに備えて、使ってくんろ」
じんたは、興奮気味に一覧表を広げ、一人ひとりに手渡していく。
「タツヤ!これ、スカイキャップだべ!頭に被るニット帽風のやつだ。魔物の鱗と毛皮を、特殊な製法で編んでんだ。被ると軽いのに、首への負担が少ねえ!……あと、上からの攻撃に、ちょっとだけ耐性つくべ!」
龍也は、手渡された丸みのあるニット帽を手に取り、感謝した。
「なんだか、普段使いできそうな見た目だな。……ありがとう、じんた。これで、槍を振った後の首の疲れも、少しはマシになるかもしれん」
次に、シンジへ。
「シンジ!これは、ツボグリップだべ!魔物の皮と筋繊維でできててな、指先が開いてるから、滑らないし、手のツボを刺激する加工を施してあるから、握る力は倍増するはずだべ!!」
シンジは、指先が開いた、頑丈そうな革の手袋を受け取る。彼は、早速装着し、拳を握ってみる。
「……確かに、握力が上がる。この滑り止めも、素手での戦闘より有効だ」
レンへは、二つセットで渡される。
「レン!これはマッスルリングだべ!魔物の腱とゴム状の素材で、両腕に装着するんだ。腕力が倍になるうえ、戦闘で固まった筋肉をほぐす効果もつけといたべ!」
レンは、そのリングを両腕に装着すると、静かに腕を曲げ伸ばし、その弾力と、腕の張りが和らぐのを感じた。
「……これは、良い。腕の負担を軽減できるなら、天破斬の連発も可能になるかもしれん」
そして、ゆうこ。
「ゆうこには、これだべ!マナベルト!腰巻タイプで、魔物の柔皮と霊毛を使ってる。腰と腹のツボを刺激して、MPの回復と持続力を高めるはずだべ!」
それを腹巻のように巻きつけ、その感触に満足げだった。
「お、おぉ……!なんか、腹の奥から、ポカポカするわい!これで、ヴォルトも、もっと連発できるかもしれん!」
最後にかすみへ。
「かすみには、アーケインサッシュだべ!魔物の光る鱗と霊毛でできてて、腰巻型だ。シンプルだが、直接的な魔力増強効果があるはずだべ!」
その腰巻を受け取り、光を反射する鱗の美しさに目を奪われる。
「ありがとうございます、じんたさん!これで、精神魔法の詠唱速度も上がりそうです……!」
じんたは、皆が喜んでくれたことに、胸を張った。
「ふふん、どうだべ!おら、ただのシーフじゃねえべ!俺のコツコツが、みんなの命綱になるんだべ!」
龍也は、皆の新しい装備を満足げに見つめた。
「ありがとう、じんた。お前の技術は、俺たちの予想を遥かに超えてきた。これで、次の戦いにも、少しは自信が持てる」
山形最後の街、米沢で、新たなアイテムと共に、仲間への想いも装備して、明日の福島入りを、目指すのであった。
いつもお読みいただき、誠にありがとうございます。
物語をお楽しみいただけましたら、
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これからも、龍也たちの奮闘を、
どうぞごゆっくりご覧くださいませ。
※次回の更新は、毎週【水・金・日曜 21:30ごろ】を予定しております。




