第一〇九話 新章 孤島の遠吠え、潮騒の詩 その壱
翌朝。
龍也は、いつものように、日課を、終え、軽く身体を、伸ばしていた。
シンジとレンも、ランニングを、終え、帰って来た。
いつもの、穏やかな、朝の風景のはずだった。
三人は、部屋に戻り、汗も流さずに、相談し始めた。
それは遡る事、三〇分前、龍也が起きて、日課をしに、外に出た時だった。
近くの港で、何か、騒がしい声が、聞こえてきた。
「……なんだ?」
龍也が、港の方を見ると、漁師たちが、集まり、口々に、何かを、叫んでいる。
シンジとレンも、出てきたので、その声に、近づき、聞いていた。
漁師たちが、港の関係者に、大声で、話している。
「……沖合で、漁を、していたらよぉ!……突如、空が、真っ黒に、曇っちまって!」
「……そんで、一瞬、台風みてえに、風が、渦を、巻きやがって、沖合の、あの、島を、一つ、取り囲んじまったんだ!」
「……やがて、風も、雲も、なくなったがよぉ!……明らかに、あの、島で、何かが、起こってやがるんだ!」
その、話を聞いた、龍也の顔が、険しくなる。
シンジも、レンも、同じ表情を、していた。
漁師たちの、話は、明らかに、自分たちに、関わっている、と、彼らは、直感した。
「……どう思う?」、龍也が、小声でシンジに、尋ねる。
「……間違いなく、魔物だろう。……しかも、俺たちが、ここに来て、すぐにだ」
シンジの、声も、低い。
「……そうですね。……おそらく、僕たち、狙いでしょう」
レンが、破城剣の柄を、強く握る。
「……島の人たちが、心配だな」、龍也が、呟く。
「ああ。……あまり、時間は、なさそうだな」、シンジが、頷く。
「……だが、何も、情報がないままは、無謀でしょう」、レンが、冷静に、付け加える。
「……何、朝っぱらから、こそこそと、話とんじゃ!」
その時、背後から、声がした。
ゆうこだった。じんたも、かすみも、もう、起きてきていた。
龍也は、観念したように、皆に状況を、話し始めた。
無人島に、現れた謎の、魔物。
それは、ゼノスの新たな、手先なのか。
それとも、この海を、支配する、新たな脅威なのか。
柏崎の、朝は、新たな謎と、そして、巨大な陰謀の、気配に、包まれていた。
「……まずは、情報だ」
龍也の、その言葉に、皆が、頷いた。
目の前の、未知の脅威に、何の、情報も、持たずに、突っ込むのは、あまりにも、無謀だ。
「……二手に、分かれよう」
龍也が、指示を、出す。
「……シンジ、レン、かすみ。お前たちは、港の、漁師たちから、話を聞いてくれ。……実際に、あの現象を、目撃したんだ。具体的な、魔物の、特徴や、現象の、詳細が、得られるかもしれない」
「承知」「分かりました」「はい」
三人は、漁師たちが、集まっている、方へと、足早に、向かった。
「……俺と、ゆうこ、じんた。この三人で、漁港の、関係者から、話を聞こう。……島に、何人くらい、いるのか。……島の、地形は、どうなっているのか。……地図が、あれば、もらっておきたい」
「そうじゃな」「わかったべ!」
龍也が、そう言うと、残りの三人は、漁港の、事務所へと、向かった。
龍也の、脳裏には、野沢の一件が、蘇る。
謎のローブの男。そして、闇の王ゼノスの、影。
この、島の事件も、また、その、巨大な、陰謀の、一端なのか。
その、確かな、予感に、龍也の、心は、ざわめいた。
【漁師班】
港で、漁を終えたばかりの、漁師たちに、話を聞いていた。
「……あんたたち、あの、島のことで、何か、知っていることは、ないか」
シンジの、問いに、漁師たちは、顔色を、悪くしながら、語り始めた。
「……あれは、ついさっきのことだ。いつもは、穏やかな、空がよぉ……突如、あの島を、覆い隠すように、真っ黒な雲が、渦を巻いて、現れたんだ」
「……そんでよぉ、凄まじい、勢いで、風が島を、取り巻きやがってな。……一瞬、台風みてえな、猛烈な、暴風が、吹き荒れたんだ!」
「……やがて、風も、雲も、なくなったがよぉ…………明らかに、あの島は、なんか、異様な、空気に、なった気が、するんだ……」
一人の、漁師が、震える声で、付け加えた。
「……雲が出た時、雷も、鳴ってた気がするぜ……あれは、ただ事じゃねえ」
漁師たちの、証言から、魔物が、空を操り、嵐のような、現象を、引き起こしたことが、示唆された。
【漁港関係者班】
漁港の、事務所へ、向かい、港の関係者から、話を聞いた。
「……あの、沖合の島、ですか?……あれは、佐渡ですよ。昔から、炭鉱で、栄えた、島です」
港の責任者が、答える。
「……島には、現在、分かっているだけで、五十人ほどの、住民が、住んでいます。……観光客も、合わせれば、もっと、いるでしょうな」
そして、龍也の、問いに、港の責任者は、一枚の、簡易的な、地図を、差し出した。
「……この、地図が、お役に立つかどうか」
地図を見ると、佐渡は、決して、広くはない。
しかし、ここから、島へ行くにも、そして、島から、帰るにも、船でなくては、無理だ。
「……万が一、海上で、魔物に、襲われたら、終わりじゃな」
ゆうこが、呟く。
「……ただ、一つだけ、おかしなことが、あります」
港の責任者が、声を、潜めた。
「……海の中には、魔物はいないんです。……どうやら、海には、ある、特殊な、成分が、含まれていて、魔物を、弱らせる、らしいんです。……だから、魔物は、近寄らない、と、言われています」
【情報の共有と龍也の分析】
両班が、宿に戻り、集めてきた、情報を、共有する。
龍也は、それらを、一つ一つ、頭の中で、整理していく。
まず、佐渡。その島が今回の、事件の舞台だ。
島には、多くの住民が、取り残されている。
そして、魔物が、空を操り、嵐のような、現象を、引き起こした。雷も鳴っていた。
(……空を操る、魔物……そして、雷……これは、ヤマタノゴモラの、側近とタイプか……)
龍也の、脳裏に、新たな強敵の、イメージが、浮かび上がる。
しかし、最大の、収穫は海に、関する、情報だった。
海の中には、魔物がいない。海に、ある特殊な成分が、魔物を、弱らせる。
(……これだ!)
龍也は、地図を広げ、佐渡の周辺の、海域を指差した。
「……つまり、海の中は、安全地帯だ。……もし、魔物が、襲ってきても、海に飛び込めば、安全を、確保できる、というわけか」
「いや、それでは、駄目だ、海に入って大丈夫なのは、海の中の部分だけになる。上から、攻撃されれば、出てる部分はどうしようもない、つまり、魔物は、海の成分に触れなければ、関係ないってことさ」
シンジが、冷静に、分析して言った。
「なるほど、危うく死ぬところだったかもな、ありがとう、シンジ」
その通りだ。海の成分が、魔物を弱らせる、というのなら、完全に、海の中に、潜らなければ、意味がない。
「……じゃあ、どうすんだ?タツヤ」
じんたが、不安そうに、問いかける。
「……まさか、泳いで、島まで、行くわけにも、いかんじゃろうし」
ゆうこも、心配そうな、顔をしている。
龍也は、地図を、見つめた。
(……海の成分が、魔物を弱らせる。……そして、海中には、魔物は、いない……)
彼の、脳裏に、一つの、新たな、アイデアが、閃いた。
「……だが、海の成分が、魔物を弱らせる、というのなら、……その、海の力を、利用できないか?」
地図を、見つめたまま、呟いた。
「……どういう、こっただ、タツヤ」
じんたが、尋ねる。
「……もし、俺たちが、海に直接、触れることで、魔物への、耐性を、得られるとしたら……」
龍也の、その言葉に、ゆうこが、ハッとしたように、顔を上げた。
「……なるほどのう!……あの、源泉の草が、源泉の成分を、栄養素にしとるように、わしらの、身体が、海の成分を、吸収すれば……」
「……ああ。……魔物への耐性が、得られるかもしれない」
しかし、問題は、海に触れることだけではない。
「……船で、海を渡る、必要がある。……そして、その船が、魔物に、襲われたら、どうする」
シンジが、冷静に現実を、突きつける。
「……もし、海に、飛び込んでも、船が、壊されれば、戻る術が、なくなる」
レンも、真剣な顔だ。
その時、龍也の、脳裏に、また一つの、アイデアが、閃いた。
「……漁師だ……この港には、漁師がいる。……彼らなら、海のことを、知り尽くしている。そして、船も持ってる」
「……まさか、タツヤ。漁師に、頼むっちゅうんか?」ゆうこが、驚く。
「ああ。……交渉してみる価値はある……それに、海中の魔物がいない、というなら、漁師たちも、あの島に、近づくこと自体は、恐れていないはずだ」
翌朝。
一行は、漁港へと、向かった。
龍也は、昨日、話を聞いた、ベテランの、漁師に、声をかけた。
「……実は、お願いが、あるんですが……」
龍也が、佐渡の状況と、自分たちが、魔物を討伐しに行く、という、事情を説明した。
漁師は、龍也の、話を聞くと、最初は、渋っていた。
「……魔物相手に、船を、出すなんて、とんでもねえ……それにあの、嵐のような、現象を見たら、怖くて、行けねえよ」
しかし、龍也は、諦めなかった。
「……俺たちは、必ず、あの魔物を、倒します……そしてこの、柏崎の海を、平和にします……どうか、俺たちに力を、貸してください」
その、龍也の、真摯な眼差しと、リーダーとしての、覚悟に、漁師は、心を動かされた。
「……分かった。……協力しよう。……ただし、一つだけ、条件がある」
漁師は、そう言うと、沖合を、指差した。
「……あの、沖合の岩場に、最近棲み着いた、巨大な、カニの魔物が、いるんだ……そいつが、網を破ったり、船を壊したりして、困っとる……あれを、退治してくれたら、あんたたちを、島まで送ってやる」
新たな試練。
しかし、それは、彼らにとって、佐渡への道しるべ。
龍也は、深々と頭を、下げた。
「……ありがとうございます!……必ず、退治して、みせます!」
こうして、一行は、佐渡へと、向かうための船を、手に入れる条件として、カニの魔物の討伐を、請け負うことになった。
柏崎の、海が、彼らを新たな、戦いへと誘っている。