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第十章 伝説のシーフ「怪盗哲」と始まりの街

 こうして、龍也の初めての仲間として、秋田訛りの泥棒、じんたが加わった。

 しかし、二人の冒険がすぐに始まるわけではなかった。

 まずは、龍也自身の身体を療養させ、安定した生活基盤を築くことが最優先事項だ。


「いいか、じんた。俺の身体が治るまで、そして、二人で旅に出る資金が貯まるまで、絶対に人間相手の盗みはするな。これは命令だ」

「へば、おら、何すればいいんだ?」

「魔物から、だ。お前のその技、きっとモンスター相手にも通用するはずだ。危険な奴らから、金目の物を音もなく盗み出す。その練習をしておけ」

 じんたに「盗賊」ではなく、モンスター専門の「シーフ」としての道を歩むよう促した。

 じんたも、その提案に素直に従った。


 それから、二人の新たな日常が始まった。

 龍也は、昼間はミミィのいる診療所に通い、夜はバーの厨房に立つ。

 じんたは、龍也の言いつけを守り、日中は新宿近郊の討伐エリアで、ゴブリンなどを相手に、その気配を消してアイテムを盗む練習に明け暮れた。


 しかし、じんたにはもう一つ、大きな目的があった。それは、ある人物を探し出すこと。

 彼の父であり、師匠でもある泥棒が、生涯唯一ライバルと認めた男。

 伝説の大シーフ、「怪盗 てつ」。


 怪盗哲は、稀代の大泥棒として、裏の世界ではその名を知らぬ者はいないほどの存在だった。

 彼の技は、もはや魔法の域に達しているとさえ言われている。

 何もしていないように見えて、いつの間にか懐の財布が消えている。

 背後に立ったはずなのに、その気配を全く感じさせない。

 そして、どんなに巨大なものであろうと、彼に盗めない物はないとまで噂されていた。


 かつて、巨大な金庫のある屋敷を、家ごと誰にも気づかれずに目の前から消し去ったという伝説は、あまりにも有名だ。

 彼は、決してマジシャンではない。純粋な盗みの技術だけで、それをやってのけるのだ。


 じんたは、その伝説の怪盗哲が、今、この新宿にいるという噂を聞きつけ、再びこの街に戻ってきたのだった。

 父を超え、一流のシーフとなるために、彼の技を学びたい。それが、じんたのもう一つの夢だった。


 だが、哲の手がかりは、全く掴めなかった。

 じんたは、ここに来てから一ヶ月もの間、新宿の裏社会を嗅ぎ回った。

 しかし、誰もが『そんな名前は聞いたことがない』と首を振るばかり。

 伝説は、あまりにも霧に包まれていた。


 夜、バーでその話をしても、常連の討伐者たちは誰も知らなかった。


「怪盗哲?なんだそりゃ、漫画の読みすぎじゃねえのか?」

「家一軒盗むだあ?ハッ、景気のいい話だなあ」

 皆が口々に笑い飛ばす中、龍也だけが、何かを考えるように、静かにその話を聞いていた。

 そして、カウンターの隅で、いつも通り静かに酒を飲んでいたママが、ふと、面白そうに口を挟んだ。


「へえ、怪盗哲ねえ……。なんだか、懐かしい名前を聞いた気がするわねぇ……」

 その言葉に、じんたと龍也の視線が、同時にママへと注がれた。


 しかし、ママはそれ以上何も語ろうとはせず、「気のせいかしらねん」と嘯くだけだった。

 伝説のシーフへの手がかりは、まだ、深い霧の中に隠されたままだった。


 ママの意味深な言葉を、龍也とじんたは聞き逃さなかった。

 ママさん!何か知ってるんですか!?」

 じんたがカウンターに乗り出すようにして詰め寄る。

 ママは、やれやれといった表情でため息をつくと、重い口を開いた。


「何年か前にね、そんな名前を耳にしたことがあるのよ。確か、ふらりとこの店にやってきた客が、『自分は哲という男を探している』って言ってたの。でも、その客自身が、周りから『あんたが哲じゃないのか』って言われててね。本人は『違う』って一点張りで、それっきり、もうここには来てないわ」


 それだけの情報だった。しかし、ママはもう一つ、重要なことを付け加えた。


「ただ、その後で風の噂に聞いたわね。あんたが来た、『始まりの街・所沢』……あそこに、似たような雰囲気のじいさんがいるとか、いないとか」


「始まりの街……」

 龍也は、自分が最初に送り込まれた、あの何もない小屋と、豪華な休憩所を思い出した。


「あそこって、『所沢』っていう名前だったんですか」

「ええ、そうよ」

 現実世界の所沢は、それなりに栄えた都市だ。だが、この世界では、辺鄙な田舎町でしかなかった。


 その話を聞き、二人の目的は定まった。怪盗哲を探すため、一度、始まりの街『所沢』へ戻るのだ。

 しかし、問題は山積みだった。

 所沢へ戻るには、あの危険な森を再び二日間かけて踏破しなければならない。

 今の龍也の身体では、到底無理な相談だった。


「準備が必要だな。金も、俺の身体も、まだ全然足りない」

 二人は、出発を「一ヶ月後」に設定した。

 それまでの間、じんたはシーフとしての腕を磨きながら、魔物から金目の物を盗んで資金を稼ぐ。

 龍也は、治療に専念しつつ、バーの仕事で金を貯める。役割分担は決まった。


 だが、この一ヶ月は、二人にとって我慢と試練の時となった。

 じんたは、まだ慣れないシーフ稼業で、時折モンスターの反撃を食らって怪我をした。

 そのたびに診療所に運び込まれ、ミミィの手厚い(そして、お触りの多い)治療を受ける羽目になる。

 一方の龍也は、バーの仕事で、常連客の酒盛りに付き合う機会が増えてしまった。

 客商売だ、無碍にもできない。

 毎晩のように高カロリーな食事と酒を摂取し続けた結果、彼の身体は、せっかく鍛え上げた筋肉が再び脂肪に変わり始め、見る影もなく太ってしまったのだ。


  自覚はあった。しかし、アバラの怪我で、ゴードンのような激しい運動はできない。

 動けないから、太る。太るから、ますます動きたくなくなる。完全な悪循環に陥っていた。


 出発予定日が一週間後に迫った夜、龍也はカウンターで一人、頭を抱えていた。


「どうしたものか……」

 所沢までの二日間の旅路。その間、敵を倒しながら進まなければならない。

 夜には、野宿のために、今度は二人分の穴を掘らなければならないのだ。

 この、なまりきった身体で、それが可能なのだろうか。


 考えれば考えるほど、心配事は尽きなかった。

 自分の身体のこと、じんたのこと、そして、まだ見ぬ伝説のシーフのこと。

 龍也の心は重い不安に沈んでいくばかりだった。


 出発予定日が数日後に迫り、龍也の悩みはピークに達していた。

 このなまりきった身体で、どうやってあの危険な森を越えればいいのか。

 カウンターで一人、深いため息をついていると、その様子を見かねた店の常連たちが声をかけてきた。

 それは、いつもカウンターでプロテインを飲みながら、互いの筋肉を褒め合っている、屈強なオネエ様たち三人組だった。


 リーダー格である、スキンヘッドに逞しい髭をたくわえた『ローズ』

 小柄だが、鋼のような筋肉を持つ『リリィ』

 そして、長身でモデルのような体躯の『バイオレット』

 彼女たちは、このバーに集う討伐者の中でも、指折りの実力者たちだった。


「あら、たつやん。そんなに思い詰めて、どうしたのよ。アタシたちに話してごらんなさいな」

 ローズが、異常に太い腕で肩を叩く。事情を話すと、三人は顔を見合わせ、そしてニヤリと笑った。


「なーんだ、そんなこと。アタシたちが、あんたたちを所沢までエスコートしてあげるわよ」

「えっ、本当ですか!?」

「ただし、タダじゃあないわよん。護衛代として、片道一人五百円。三人で二千円、ってところかしらね」

「値上がってますけど」

 希望の光が見えたのも束の間、龍也はその金額に再び絶望した。

 どう頑張っても、今の龍也とじんたが用意できるのは、二人合わせても千円がやっとだ。


「……すみません。そんな大金、俺たちには……」

 困り果て、再びうなだれる龍也。その時だった。

 ずっと黙って話を聞いていたママが、すっと煙草の煙を吐き出した。


「……そういえば、あんた、始まりの街にいた頃、『梅ばあさんの薬局』って店と付き合いがあったわよね?」

「え?ええ、まあ……」

「その薬局、今じゃ討伐者の間じゃ、ちょっとした有名店よ。うちの広告を、その薬局に置かせてもらうのよ。始まりの街から来る新規顧客の開拓。いい考えじゃない?」

 ママは、にやりと笑う。


「その広告契約の仲介手数料として、足りない分の千円、この店が出してあげるわ。その代わり、しっかり契約取ってくるのよ。いいわね?」

 それは、渡りに船とはまさにこのことだった。

 龍也は、ママと、そして屈強なオネエ様たちに、何度も何度も頭を下げた。


 こうして、最強の護衛を雇う資金を得た龍也とじんた。


 翌日、彼らはローズ、リリィ、バイオレットという、頼もしすぎる三人のオネエ様たちと共に、始まりの街『所沢』を目指して、新宿の門を後にするのだった。

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