第一〇七話 越後の海と、豊穣の道
宿に戻り、龍也は、ふと、テーブルに広げた、地図に、目を落とした。
明日の、目的地は、ここから、約七時間の道のりにある、小千谷。
しかし、その先の、ルートを、見ているうちに、彼の心に、一つの、思いつきが、生まれた。
さあ、そろそろ、皆で、寝ようか、という、その時に。
龍也は、皆に、声をかけた。
「……なあ、皆……ちょっとだけ、遠回りしないか?」
「なんだべ、急に」
「なんじゃ、どっか、行きたいとこでも、あるん?」
「……この先、もう、山沿いでは、ないんだが、少し、方向を、変えて、海沿い、行かないか?」
龍也の、その言葉に、じんたの、目が、パッと、輝いた。
「うみ!海け!おら、行きてえ!行きてえべ!」
「私も、行きたいですぅ~!」
かすみも、目を、キラキラさせている。
「それええねぇ、なんかもう、山はええわぁ。飽きたけぇねぇ」
ゆうこも、それに、続く。シンジも、レンも、特に、異論はないようだ。
「よし。じゃあ、決まりだ。明日は『柏崎』に、進路変更しよう」
柏崎は、十日町から、海沿いを、進んだ先に、ある港町。
「柏崎までは、九時間くらい、かかるから、朝は、早いぞ」
龍也の、言葉に、皆が力強く、頷いた。
翌朝。
一行は、日の出と共に、十日町の宿を、出発した。
山道から、海沿いの道へ。新たな景色が、彼らを待っている。
進路を変えて、しばらく歩くと、景色は、これまでとは、全く、違っていた。
荒々しい、山間から、まるで絵画のような、美しい風景が、点在する景色へと、移り変わっていく。
何か、古くからあるのだろうか。
手入れの行き届いた、庭園の美しさに、一行の足は、自然と止まった。
その庭園に、足を踏み入れた。
まず、目に飛び込んできたのは、池の穏やかな、水面。
錦鯉が、優雅に泳ぎ、映り込む、紅葉や桜の枝が、水面に揺れる。
その、息をのむような、美しさに、心まで柔らかく、揺さぶられるようだ。
石橋の上に立つと、まるで時間が、止まったかのような、静けさに包まれる。
松の緑や、苔むした、石灯籠を目にすると、自然の中に、自分が、溶け込んでいくような、感覚になる。足元の、砂利を踏む、音さえも、静寂の中で、心地よい、リズムに、感じられた。
遠くから、聞こえてくる、滝の音。
岩に、ぶつかる、水しぶきの、涼しさが、肌に触れ、思わず、深呼吸してしまう。
心が、じんわりと、温かくなるようで、ただ、眺めているだけで、満たされる。
「うわあ……!すげえべ!こんな、綺麗な場所、初めて見たど!」
じんたが、感極まって、声を上げる。
「ぶち、美しいわい……!これは、まるで、夢の世界じゃのう!」
ゆうこも、その美しさに、感動している。
「はい……!私の、魔法でも、こんな、景色は、作り出せません……!」
かすみも、目を、潤ませていた。
それは、つかの間の、休息だった。
心を、癒された、一行は、再び旅路を、進む。
道は、なだらかな、坂道に、変わっていた。
しばらく、歩いていると、何やら、金属の、擦れるような、不快な音が、聞こえてきた。
そして、茂みの中から、見たこともない、魔物が、姿を、現した。
鋭い、ハサミのような、角を持つ、馬のような、生物。
体は、金属光沢を帯び、足は、蹄ではなく、鋭い刃状になっている「ハサマロ」。
「……来るぞ!」、龍也の警告が、飛ぶ。
ハサマロは、そのハサミ角を、こちらへ向け、地面を、切り裂くように、猛然と、突進してきた。
龍也は、咄嗟に、ヤリを構え、それを受け止めるが、その衝撃は、凄まじい。
「ぐっ……!」、ヤリが、大きく、しなり、龍也の腕に、激痛が走る。
「シンジ!」
龍也の、指示に、シンジが、ハサマロの、側面へと、回り込む。
鈎を、振り下ろすが、ハサマロの、金属光沢の、身体は、それを弾き返す。
「くそっ!硬え!」
その間にも、ハサマロは、その、ハサミ角で、地面を切り裂き、ライン状に、地割れを、作り出していく。
「……これは、移動を、制限される!」
そして、ハサマロが、身を、震わせる。その、全身から、淡い、光が、放たれた。
ハサマロの、周囲に、防御バリアが、展開される。
シンジの、渾身の一撃も、バリアに、阻まれ、跳ね返される。
「くそっ!これでは、攻撃が、効かない!」
シンジが、歯ぎしりする。
龍也も、ハサミ角の、攻撃を、かわしきれず、腕を軽く、切られてしまった。
その時、レンが、動いた。
彼は、シンジと龍也の、苦戦する姿を、見て、その瞳に、強い光を、宿した。
(……俺が、守る!)
彼は、破城剣を構え、ハサマロへと、一気に、駆け出した。
「天破斬!」
レンが、その剣を、高く掲げ、一閃。
天をも、裂くかのような、一撃が、ハサマロの、防御バリアを、叩き割った。
そして、その、勢いを使って、ハサマロの、本体へと深々と、斬り込む。
「グオオォォォ!」
ハサマロが、苦悶の、咆哮を、上げる。
その、巨大な、身体が、ぐらりと、揺れた、その隙を、かすみは、見逃さなかった。
「アルドゥル!」
かすみの、炎魔法が、ハサマロの、傷口を狙い、一点集中で、炸裂する。
炎に包まれ、その場で、もがき苦しむ、ハサマロ。
シンジが、すかさず、その懐に、飛び込み「双牙」を、叩き込む。
そして、ゆうこの「ヴォルト」が、トドメとばかりに、ハサマロの、頭上へと、降り注いだ。
ハサマロは、断末魔の、悲鳴を上げ、その巨体を、地面に叩きつけ、動かなくなった。
戦いは、終わった。
一行は、息を、弾ませながら、互いの、無事を、確認する。
龍也と、シンジは、軽傷で済んだ。
新たな、脅威。そして、新たな、連携。
道は、なだらかに、そして、広くなっていく。
しばらく、進むと、空気の匂いが、変わったのを、龍也たちは、感じ取った。
潮の、匂いだ。微かに、磯の香りが、鼻腔を、くすぐる。
周りの景色も、空が広く、遠くの地平線が、赤紫に、染まり始めている。
「……もうすぐ、海だべか!」、じんたが、嬉しそうに、叫ぶ。
その、言葉と同時に、遠くの空と、地平線の境目に、一つの影が、見えてきた。
それは、街の門。
「……ようやく、着いたな」、龍也がそう、呟いた。
一行は、その門へと、向かって、歩みを進める。
門をくぐると、そこは、潮風が心地よく、吹き抜ける、港町だった。
漁船が、いくつも、停泊し、港からは、魚の匂いが、漂ってくる。
柏崎。新たな、目的地。
遠回りをしてまで、来たかった、海沿いの街。
龍也は、その潮風を、全身に受けながら、皆の顔を、見渡した。
長旅の、疲れは、あるだろうが、皆の瞳は、新たな出会いと、冒険への期待に、輝いている。
宿をとり、まずは、ゆっくりと、休もう。
そして、明日から、この港町で、どんな物語が、始まるのか。
龍也は、その胸の、高鳴りを、感じていた。